黒歴史にされたニッサンのアノ車 愛車のミニカーは欲しいものだが
昨日のブログで、スカイラインRSターボ・スーパーシルエットのミニカーの背景に使用したステッカーは、叔父貴から貰ったものだ。叔父貴が日産車に乗っていたのでディーラーで貰ってきてくれたのだ。
「日産プリンス・ディーラーズ・クラブ」や「ポール・ニューマン」のロゴが入っている。スカイライン・シルエットの上に描かれている赤い車は「ポールとポーラのラングレー」だ。
スカイラインの弟分として発売された2代目日産ラングレー(N12型)。ステッカーではスカイラインよりも上に置かれていることから販売の力の入れようが分かる。
ドルフィンの2代目の愛車がこの日産ラングレーGTだった。日産ディーラーと中が良かった友人が中古車を見つけてきてくれたのだ。
スカイラインのミニ型、ハッチバックのスタイルが気に入って購入した。ガゼール・ハッチバックを見て以来、セダンよりもハッチバック型の方がレーシングっぽく感じて好きなのだ。荷物の出し入れもし易いので“泊まりでレース観戦”するのには都合が良い。
マニュアル車は問題ないし、むしろ好都合。鉄っチン、重ステなのは目をつぶるところだ。
この車に乗って'88年のF1日本GPを―初めてF1開催3日間を車中泊で観戦に出かけた。思い出の愛車。
木曜日の晩に鈴鹿に着いたが、サーキット駐車場事情が良く分かっておらず、少し離れた青少年センター駐車場に入れたのだった。ここは宿泊施設があったので、シャワー(水のみ)を使わせてもらえたのも良かった。まだクアガーデンができていなかった頃だ。
良く走ってくれた車だったが「あの事件」の犯人が乗っていた(3代目ラングレー?)事がクローズアップされた。その影響もあって生産中止にもなった。
ドルフィンの会社にも一人だけだが“しつこく”言って来る男がいたため、嫌気がさして手放してしまった。きっと全国にはドルフィンと同じ思いをした方がいたことだろう。
後味は悪かったが思い出のある愛車である。ミニカーがあれば欲しいと思ったが“黒歴史”化してしまった車のミニカーは存在しない。
「国産名車コレクション」や「日産名車コレクション」でも悲しいかな抹殺されている。