鈴鹿8耐「1990年の記憶」 熱いバイクの祭典を振り返る 鈴鹿ファン感謝デー
鈴鹿サーキット2013年モータースポーツファン感謝デーの企画で「鈴鹿8耐 1990年の記憶」があった。
『鈴鹿8耐35回の歴史の中で歴代最高の16万人の観客がつめかけた1990年。この1990年に焦点を当て、ダイジェスト映像をバックに、エディ・ローソン、辻本聡、宮崎祥司、塚本昭一が当時の舞台裏を語ります。』(鈴鹿サーキットHPより)
16万人の中の1人だったドルフィン。1984年から観戦を始めた鈴鹿8耐も、この年で最後になってしまった。
'90年は友人と“そろいの8耐用ポロシャツ”を作って着たものだ。
'90年はホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキの国内4大バイクメーカーがワークス参戦。好景気もあってコースサイドの至る所にメーカーやグッズのブースが出展し賑わいを見せた。ステッカーやTシャツもバンバンもらえた。
初観戦の鈴鹿8耐で初めてサインを頂いた日本人ライダーが八代俊二選手だった(2輪ライダーで初めてサインを頂いたのはデビッド・アルダナ選手!)。
モリワキから参戦。サインを頂いたのは予選2番手を獲得した晩だったように記憶する。
外国人ライダーを凌駕する走りと、気さくにサインをして下さったことからファンになり、以降応援し続けていた。
ロスマンズ・ホンダNSR500(ガードナー車)をライディングする八代選手
ファン感謝デーにゲストとして来られることがHPに掲載されていたので、昔撮った写真をプリントして持って行った。今回の目標は「八代選手と宮崎選手にサインを頂く事」だった。
寒さもあって選手がピット周辺をウロウロする事も無く「今回は無理かな?」と半ばあきらめていた。
しかし、走行を終えた八代選手に遭遇。“いつものように”舞い上がってしまい、なかなか写真が取り出せないでいると「慌てなくてもいいですよ」と、足を止めて待っていて下さった。こんな優しいところは昔と全然変わっていない。感謝感謝。
3位表彰台を得た'85年鈴鹿8耐
この年、初参戦したケニー・ロバーツ選手に予選で喰らいついていた走りに心が震えた。
'85年全日本TT-F1
前年に初代全日本TT-F1チャンピオンを得てゼッケン「1」を付ける。
ネガが劣化して新たにプリントすると色が褪せてしまっているのが残念だ。
エディー・ローソン選手のデモラン後に行われた「1990年鈴鹿8耐の記憶」。
このイベントに向かう3人を発見。未だに現役である辻本選手はさておき、宮崎&塚本選手は 太って 恰幅良くなったのと歳をとっているのとで、サインをもらいに行こうにも“本人かどうか自信が無かった”(苦笑)。
辻本聡選手
カワサキの塚本昭一選手(左)とブルーフォックスの宮崎祥司選手(右)
宮崎氏は現在、鈴鹿サーキット近くでラジコンショップを営んでいるそうで、ラジコン雑誌にはよく載っていると友人が教えてくれた。“その道”の方ならすぐに本人と判ったのだろう。
ブルーフォックス・ホンダで全日本TT‐F1チャンピオンを獲得した宮崎選手
金のサインペンでサインを入れて頂いたが、背景に溶けてしまった。この場合「黒ペン」の方が良かったか?
宮崎祥司選手のサイン
塚本昭一選手のサイン
「今年の鈴鹿8耐は面白くなるから観に来てよ」と塚本氏。そう言われたら観に行っちゃおうかな~。
'87年鈴鹿8耐決勝前夜に本多美奈子サンが主演映画の撮影とライブを行った。サーキットでライブを行う先駆けではないだろうか。
この時、スタンドで宮崎祥司選手とHRCの木下恵司選手が一緒に来られているのをいち早く発見。サインを頂いた。

宮崎氏にもお話したのだが、サインを頂いたのはこの時以来。宮崎氏もこの話に懐かしさを覚えて下さった。



