日本人が初めて目にしたセナ選手とロータス99T/ホンダ 京商セナコレ
1987年に鈴鹿サーキットでF1日本GPが開催された時、まだアイルトン・セナ選手は「音速の貴公子」でもなく「セナ様」でもなかった。単に将来の“チャンピオン候補ドライバー”であり、中嶋選手のチムメイトの“ホンダエンジン・ユーザー”だった。
ロータス99T/ホンダを駆ったセナ選手がシーズン2勝し、旧チーム・ロータスとして最後の勝利となった。
ロータス勢が3位、4位となりイギリスGPでのホンダエンジン・ユーザーによる1-2-3-4フィニッシュは忘れられない。
京商1/64ミニカー「ロータスF1」が発売された時、ロータス99Tは中嶋車を選んで入手した。やはり日本人初のレギュラーF1ドライバーがドライブしたマシンという印象が強いからだ。
それ故に「ロータスF1」の使い回しモデルと分かっていたが「Aセナ コレクション」では欲しい1台だった。
ロータス97Tの初優勝仕様と違って、特に違いがあるようには見えない。
ホイールのリムが実車同様イエローに塗られているくらいだろうか。だが、このイエローが入ることによって足元が締まるのだ。
リアウイングだけが山吹色っぽくなっている。どちらかと言うとボディに使用されているイエローよりもこちらの方が実車の色合いに近い気がする。
日本GPで大半の日本人ファンがセナ選手とロータス99T…いや、F1を初めて目にしたはず。
長年待ち焦がれたF1だっただけにドルフィンは木曜日に行われた1時間の慣熟走行(初開催サーキットのみで行われた)から観戦に出かけた。当時住んでいた名古屋市から毎日バイク=ホンダMVX250Fで往復したものだ。
一般観戦エリアで一番近くで見られるヘアピンに陣取って「まだか?まだか?」と待っていた。午後からの走行なのに朝から待っていたのだ(笑)。
ヘアピンでセナ選手のロータスがストップ。セナ選手はヘルメットを脱いでセッション終了を待っていた。
3年後ならファンが群がって来ただろうが、この年は写真を撮る者はいても群がるほどではなかった。
木曜日の慣熟走行。ヘアピンでストップしたセナ選手。初めて素顔を見た
翌年にマクラーレン/ホンダに移籍。シーズン通して勝ちまくりチヤンピオンに王手をかけて日本にやってきたセナ選手。
遊園地内のレストランで食事をしているとホテルに向かうセナ選手が歩いてきた。後ろにはハーメルンの笛吹き如く多くのファンを引き連れて。押しも押されぬ超人気ドライバーになっていた。
レストランの窓ガラス越し50㌢向こうを歩くセナ選手。これがドルフィンがセナ選手に一番接近した時だった。
にほんブログ村
にほんブログ村
