しおれてしまった赤いカーネーション | ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記)

ザ・マシンガンズの必殺技(絶望日記)

 心にうつりゆく よしなしごと

やっと母の日の贈り物を渡すことができました。


先日、「すねかじり」の記事の中に、

ふと思い立って贈り物を購入するに至った顛末を書きましたが、

実はまだ渡せていませんでした。

というのも、しばらく母が体調を崩していたのです。


私の母は、これまで風邪をひくくらいのことはあっても、

これといって病気をしたことがなかったので、

医者にかかって検査を受けたり、投薬されたりしていると聞いたときは、

正直のところ、驚きました。

しかし、一番驚いたのは当の本人だったようで、

それを電話で聞いたとき、

電話越しに聞こえてきたのは蚊が鳴くようなか細い声でした。


ものごとには慣れ不慣れがあるものですが、病気もそのようです。

私のように虚弱体質の人間は、少しでも体調がよくないと、

医者にかかるのも、薬をのむのもはばかりませんが、

母のように病気をし慣れていない人間は、高熱が出ても、

医者にかかるのは愚か、薬すらのみたがらないようです。


ところが、今回ばかりはそういうわけにもいかず、

素直に医者の指示に従っていました。

いまは、ずいぶん回復して、普通の生活に戻っているようです。


私は、他人についても、私自身についても、

年齢や老いへの感覚がほとんどありません。

誰がいくつであろうと、自分がいくつであろうと、

まったく気にならないのです。


ひとの記憶や印象は非常に曖昧なもので、

自分自身も含めて、周囲のひとたちは、

ある時期を境に、誰も年をとっていないような感があります。

しかし、現実にはみな年をとるのです。


すべてのことを、年齢によるものと片づけるのは嫌いです。

しかし、改めて年齢について考えさせられました。


                                     by スグル