日常会話の中で、期せずして使うと、
密かに得意になってしまうことばがあります。
その多くは、哲学用語やある種の専門用語、
あるいは、カタカナ表記される外来語などで、
アカデミックな会話以外では、なかなか使わないものばかりです。
だからこそ、ひょんなことからその機会を得ると、
さりげなく言い放つも、内心ほくそ笑むわけです。
もちろん、その根底には、エスプリを発揮し、
聞き手を始め周囲の人々から、
賢く見られたいという品のない願望が脈々とあるのも事実です。
しかし、あくまでも自分自身がどれだけの語彙力を備えているか、
言語に携わる者としてのポテンシャルの問題なのです。
いうまでもなく、これにはア・プリオリではなく、
ア・ポステリオリが重要となるので、
飽くなき知識欲とたゆまぬ努力によってのみ達成されるのです。
つまり、本当にゆとりのある人生を送るためには、
いくらかのゆとりを犠牲にしなければならなくなるという
パラドックスに直面するわけで、
ここに人生のペーソスを感じずにはいられないのです。
いやいや、さりげなく使ってみました。
どこまでもなにげなく…
ちょっぴりいい気分です。
賢くないね。
by スグル