けだるい空気が流れるカフェ・誇大妄想。

見慣れないカップルがやってきた。

 

男:あ、ここだここだ。やっと来れた~

女:あーおなかすいたー!

たまみマフラー巻きたかお冬服

マスター:ご注文はお決まりですか?

男:Aサンドランチを。

女:スペシャルカレーと、食後にコーヒーお願いします。

マスター:かしこまりました。お客様コーヒーは?

男:…あ、大丈夫です。

マスター:確認します。Aサンドランチと、スペシャルカレーと、食後にコーヒーをおひとつですね。承りました。

女:たかおちゃんもコーヒー頼めばいいのに。

たかお:あのイベントでちょっと買いすぎちゃって…

女:講演は聞けた?

たかお:うん。今回は「アンモナイトと人間のかかわり」とか「石材に入ってるアンモナイトの楽しみ方」というテーマも追加されてね。床や壁に使われている黄色とか赤の石がねらい目らしい。でもアンモナイトを見せるためじゃないからいろんな断面が出てる。渦巻きだったり断面だったり斜め断面でゼリービーンズみたいだったり。目の前にあっても説明されないとアンモナイトだってわかる気がしない。こーゆーのだったらともかく…

石材シリーズはもっと時間が必要だよ。もうちょっと素人向けにして。

たまみ:これ見たことある気がするけど…

たかお:おれが撮ったの。下の大きなアンモナイトはどっちの側から見ても時計回りに巻いてる。多分FRPの作り物だ。

たまみ:異常巻きアンモナイトは?

たかお:いちおうイベントのテーマだからちょっとだけニッポニテスに触れて、最近発見された新種紹介して。

でもイベントの出展者はみんないつも通りの作品を持ってくるからわざわざニッポニテス作って持ってくる人ほとんどいないよ。

講演のほうは講師がスライドを作りすぎてて超特急だった。楽しいんだろうな、スライドづくり。

たまみ:今年発見の新種?

たかお:残念ながらじっくり紹介してはくれなかった。内容盛り込みすぎ…

たまみ:あたし思うんだけど、異常巻きアンモナイトって宇宙人のペットだと思うんだ

たかお:え?どういうこと?

普通さ、進化の話に宇宙人が出てくるときって、鳥とか昆虫とか形状の飛躍が大きすぎて「進化」では説明がつかなそうな時だよ。冷静になって考えるとやっぱり地球で普通に進化してたんだっていう…

らせんを描いている生き物が巻くのをやめたぐらいで「宇宙人が作った」って言うのは陳腐すぎる。

たまみ:違う違う。その逆。生存競争を生き抜けるかどうかわからないように見える生き物だから、宇宙人が関係してるのかもしれないって思ったの。中生代の地球に宇宙人のアンモナイト愛好家がいて育種を楽しんでたの。きっと。

たかお:は?

たまみ:マニアックなペットの愛好家って土佐金みたいな野生でとうてい生きていけない生き物が好きでしょ?

たかお:宇宙人が水槽やいけすを持ってたなんて聞いたことないぞ。あれは野生で…

たまみ:狂い咲き朝顔とか…

たかお:おいおい。

たまみ:北海道の蝦夷層群でアンモナイトが出るところでも、ニッポニテスが見つからないところがあるのよね。

たかお:まだ見つかってないだけかもしれないぞ。

たまみ:地球のあちこちに宇宙人が住んでいて、地区ごとに土地を管理してて、宇宙人は余暇を利用して中生代の生き物を飼っているの。映画「オブリビオン」みたいに。

たかお:トム・クルーズが出ていたやつ?あれは地区の担当者が現地の人や物に関心を持たないように高い塔に住まわされてたんだよ。現地の生き物を飼うほどの宇宙人なら地上で暮らしてない?

たまみ:そうだね。各地区に分かれて住んでるって感じで…

たかお:そんなふうに宇宙人がたくさん暮らしていたら、その痕跡も生物化石同様残ってしまうんじゃないかな。

たまみ:アンモナイトマニアが大勢いて珍しいアンモナイトを競い合ってたの。ニッポニテスを持っているオタクがいて、それに反発するオタクもいて…

たかお:宇宙人の人間関係まで推理する気?やっぱり異常巻きアンモナイトは地球の生き物だよ。

たまみ:そうかな~。大体の異常巻きアンモナイトって成長しても殻は伸びるけどあまり太くならないのが多いでしょ。殻を「あの形」にするために成長してるみたいじゃん。成長した殻に対して本体が貧弱じゃん。

速く泳ぐんなら右ぐらい太くなるべきだと思う。

 

ニッポニテスパワフルなニッポニテス

左:うまく書けなかったけどニッポニテス 右:パワフルなニッポニテス

パワフルでないプラビトセラスパワフルなプラビトセラス

左:プラビトセラス 右:パワフルなプラビトセラス

たかお:貧弱って…生きた姿を誰も見たことないのにそんなこと言える?

たかお:中性浮力があれば…

たまみ:楽に動けるかもしれないけど水の抵抗があるじゃん。やっぱり推進装置が強力じゃないと。ろうとで噴射する水をたくさんためるところとか、泳いだり歩いたりするための長い脚とかが入るスペース要るじゃん。こういう図を作ってみたんだけど。

注目してほしいのは一番右。やっぱり殻の太り方が大きいほうがパワフルな中身を想像できるよね。

これつくるの大変だった~。なかなか模様が出せないんだもん。チェッカー貼っても市松が見えてこない。(あ、こっちの話)

たかお:模様を出す方?数式とかじゃないのか?

たまみ:殻を体の外に持ってる生き物には表面装飾は大事だよ。ほんとは棘とか生やしたいんだけど突起を出すのに成功してない。

たかお:模様とか要る?…でも質疑応答のときに異常巻きアンモナイトがどんな生活をしてるか質問する人がいて、相場先生は「横方向には泳げなかったんじゃないかなあ」と答えてた。縦方向には…まだ詰められてはいないんじゃないかな。

たまみ:月夜に浮上するプランクトンを追って浮上、とか?

たかお:そんな感じかな。

 

たかお:そもそも「異常巻き」ってなに、という人のために説明すると、殻が平面渦巻き状に巻いていないアンモナイトのことを指すわけだな。そういう殻の形の種であって、別に病気でも奇形でも進化の袋小路にはまったわけでもない。分類上は異常巻きだけど正常巻きのふりをしてるやつまでいるぞ。

 

 

たまみ:へえ。
たかお:ただ、速く泳ぐのには向いてなさそうなので、その時点で「進化の袋小路」にはまった感はある。だったらヒトも哺乳類のサルから進化したばっかりに何かの袋小路にはまってるとは言えるかもしれない。あるいは知能を発達させたばっかりに…かも。
たまみ:泳ぐのが遅いのって生きるには不向きよね。
たかお:異常巻きではないけど宇宙人のペットかもしれないアンモナイトがいたぞ。殻が細くてぐるぐる巻いた蛇みたいなやつ。

 

蛇のような形のアンモナイト


たまみ:白亜紀の北海道にいないタイプだね。やっぱり泳ぐの遅いのか…
たかお:泳げなかっただろうという人もいる。ロボットによる遊泳実験では結構泳げるみたいだけど、それって「本人」に泳ぐ意思があって泳ぐ筋肉がある場合だろう。…でもこのタイプ、ヨーロッパで「聖女によって石にされた蛇」の伝説ができる程度には繁栄したんだよな。化石をお土産として売ってたらしい。
たまみ:ひょええ…
その聖女は奄美のハブハンター並みに蛇に遭遇してたことにならない?
たかお:ははは…
たまみ:こんなどんくさそうな生き物が繁栄するには、やっぱり宇宙人の庇護があったのかも。
たかお:泳げないとは言ったけど、どんくさいとは言ってないぞ。
たまみ:どんくさくないとは…
たかお:本体は動かないけど触手で素早く獲物を捕らえるとか。
たまみ:うん。
たかお:実は殻の外に大きなヒレがあるとか。
たまみ:うん。
たかお:すごい勢いで海水を吸い込んでプランクトンをろ過していたとか…
たまみ:それだと海水を噴射する方も強力なはずだからそこそこ泳げることにならない?
たかお:問題ない。ええと…迷彩で周囲に溶け込めるとか、毒があるとか、肉がすっげえまずいとか…
たまみ:それならどんくさくても大丈夫か。
たかお:それで、毒があることをアピールするために派手な色をしている。
たまみ:海の底だと派手な色は意味ないよ。
たかお:じゃあ、発光するとか…
たまみ:そのうち「最弱なのに繁栄した生物列伝」でこれを誰かがやってくれることを望みます。
 

ユーボストリコセラス・ジャポニクム

ニッポニテスの祖先はこんなやつ?

 

たかお:たまみは、そもそもニッポニテスが「ほかの異常巻きアンモナイトより泳ぐのがうまい」という説明を信じてないんだよね。
たまみ:うん。それを信じるなら手ごろな大きさで美味でほどほどの素早さの生き物が異常巻きアンモナイトたちの周りに現れて、それを捕まえようとした者たちがニッポニテスの殻の形になったっていう感じにならない?
なんか相場先生に言わされてる感じだけど…
たかお:うーん。
たまみ:その生きものの化石と、ニッポニテスの胃の中からその生きものの痕跡が見つかるまで、「宇宙人のペットだった説」は引っ込めないつもりだよ。
たかお:見つかるかな。難しいな。それは。
たまみ:どうして?
たかお:その生きものは赤ちゃんアンモナイトが食べられるくらい小さいと考えられるだろう。北海道でアンモナイト探している動画がいくつかあるけど、そんな細かいもの、その場でコンクリーション(ノジュール)を割るような人に見つけられると思えない。

たまみツルハシ夏

 

「握りこぶしぐらいの異常巻きアンモナイトが食べそうなもの」の化石を探す人もなかなかいそうもないし。「奇跡の発見」を待つしかないのかも。
たまみ:あやしい石を片っ端から調べるしかないのか。割って見つけられそうにない化石を。21世紀中に見つかるかなあ…
マスター:コーヒーをお持ちしますね。

たまみ:ありがとう。
たかお:ニッポニテスが元の種から分かれるのは、獲物を追うためだけなんだろうか。
たまみ:じゃあ、追われるほう?
たかお:たとえば、魚の中には生まれた場所にずっととどまるものと、回遊して帰ってくるものがあるだろう?陸封型とか降海型のあるやつ。
たまみ:アンモナイトだから最初から海にいるよ。
たかお:川から海なのか、ずっと海の中のA地点からB、C、D…地点をめぐってなのかわからないけど、より強い仲間たちに追われて生まれ故郷を離れ独自の成長を遂げて帰ってくる。
たまみ:却下!
たかお:話は最後まで聞いてよ。
たまみ:鮭類は故郷を離れた者たちのほうが何倍も大きくなって帰ってくるじゃない。アンモナイトもこれぐらいたくましくなって帰ってこないとおかしい!

 

パワフルなニッポニテス

たかお:鮭と違って旅先の食糧事情がよくなかったのかもしれないぞ。
たまみ:え、やだあ。それじゃ旅に出てもつまらない。それになんで自分を追い出した集団に戻ってくるの?
たかお:卵を産める場所が故郷にしかない、とかが考えられるかな。
たまみ:えーっ、新天地で繁栄、とかないの?
たかお:まあ、それもありうるけど。というか詳しいことは分かってない。というか、たまみはいつも本の作者が書かなかったことを読み取って大騒ぎするじゃないか。文献は慎重に読めよ。
たまみ:うん、気をつける…てゆうかさ、たかおのニッポニテス回遊説だって適当な思い付きじゃない。エイプリルフールは適当な思い付きを発表する場だっけ?
たかお:ほかの日よりはいいと思ったんだけど、やっぱダメかなあ?

生地屋さん
あれ、たまみの服の柄のプリントだ


参考文献 相場大祐著『アンモナイト学入門』(誠文堂新光社)
※アンモナイトの胃の内容物については不活発そうな種類のものしか報告されていないらしい(「不活発」とはいっても同種のアンモナイトを食べて粉々にできるらしい)。私見だが、より獰猛そうなタイプのアンモナイトはヒゲワシのように消化力が旺盛で、死因となった出来事の衝撃で内臓が破れると自分を消化してしまうのかもしれない。
※オウドリセラス(異常巻きアンモナイト)は、漏斗制御筋が消失しており、少なくとも漏斗で泳ぐことはないらしい

※4模型の販売ページですが  プラビトセラスの模型 (このページにリンクしてる「ゴードリセラスの模型」と比較してみよう)

土屋健先生の楽しい本に刺激されてか、ニッポニテス柄プリントを大量作成してしまいました。シマエナガ柄もあります。

いつも思うのだが、エイプリールフールに「単なる思い付き」以上のものを投稿したいのだがいつも消化不良……