歴史を塗り替える

秋の気配がきざし始めたカフェ誇大妄想。とはいえまだまだ暑い。

マスター:やあ小島くんこんばんは。

マスター

先輩:現実逃避でアニメ作ってるの。アンモナイトの。いっぱい勉強したよ。アニメソフトの使い方とか、アンモナイトのこととか。イカやタコのこととか…

今図書館にある本がどれも北海道の白亜紀後期のアンモナイトが中心なんだよな。外国のアンモナイトが見たい。

マスター:アンモナイトってみんな同じに見えるけど…

先輩:全部で1万種類ぐらいあるらしい。フリスビーみたいに投げられそうなやつから漬物石みたいに丸っこいのまであるし、つるつるのも凸凹だったり突起のあるのもあるし、変な形のも…

マスター:小島くんは化石採集に行かないの?

先輩:おれはきれいな3Dデータのほうがいいな。化石採集にはそれなりの装備がいるし、始めたらガラクタが増えそうだし、相手は石だし。ニッポニテス・バッカスの理想的な3Dデータが欲しい。アニメにできたら面白そう。

マスター:面白い?

ニッポニテス・バッカス

先輩:自己満足だけどね。まず、自分が面白いというアニメをつくらなきゃ。

マスター:山とか歩くのは楽しそうだけど。あ、発掘と言えば、関東大震災のときの虐殺された人たちの骨があるの、ないのってSNSで論争していたよな。

先輩:そんなの「論争」というに値しないよ。「嘘も百万回言えば本当になる」。「論争」に持ち込めば嘘も本当の話と同じ価値になる。それこそ「歴史を塗り替える」ってやつだ。もうしばらくは「両論併記」が続くだろうけど、そのうち朝鮮人虐殺があったなんて誰も言えなくなるぞ。

マスター:現実逃避してたんじゃなかったの?

先輩:そうなんだけど、9月1日は墨田区横網町の朝鮮人追悼の式典ずっと見てた。一種の息抜き。

マスター:それが「息抜き?」

先輩:あ、息抜きと言っては失礼だったな。本当は現地に行きたかったんだけどなかなかそうもいかなくて。外出ができたら博物館にアンモナイト見に行きたいし、映画の「福田村事件」見たいし…ああ、そうじゃなくてこれだけは忘れちゃいけないと思ってるから。NoHateTVの中継ずっと見てた。

小池都知事は9月1日の関東大震災の日に朝鮮人への追悼文を今年も出さなかったし、1日の午後にはヘイト団体にあの公園の使用許可を出しちゃったし…あの慰霊碑、建てた人たちが都に寄贈したものだから、所有権は都にあるんだよ。撤去したくなっちゃったらどうするんだよ。

マスター:都がずっと慰霊碑を守ってくれるものと信じて託したものだろう?そうそうなくなってたまるか。

先輩:その通りなんだけど、都とか国の側が虐殺を忘れるべきもの、ないものとしてあちこち外堀を埋めてるからね。まず、社会の時間に現代史を教えない。第二次大戦も対アメリカ戦の話しかしない。下手すると戦争そのものがないことになってしまう。

侵略の歴史はほとんど教えないから、突然国を奪われて、土地とか商売の基盤を奪われて、劣等民族みたいに言われて外国だった国にわたるしかなかった人たちのことなんか誰も話題にしないんだ。

マスターが言ってた「掘ったけど骨は見つからなかった」のは荒川河川敷での虐殺だったと思う。橋があってさ、荒川を渡るにはそこしかなくて「自警団」が検問所を設けて濁音の発音のあやしいやつを殺してたし、あちこちで殺された死体が次々運ばれてきたそうだし、9月2日ともなると軍隊がトラックで朝鮮人を運んできて土手の上から機関銃で撃ち殺したりしたから死体は数百人分あったはずだ。

マスター:軍隊が機関銃で撃ち殺した?トラックで運んできて?

先輩:そもそも殺人に至った「流言飛語」を流したのが官警だったんだ。海軍はできたばかりの通信塔を使って「朝鮮人に警戒せよ」と呼びかけたし。あとで国際社会からの援助を引き出すために「朝鮮人を保護せよ」というポーズをしてみたりしたけど虐殺は始まってしまった。なぜ「流言飛語」のベクトルが同じなのか。なぜ各地の「自警団」は速やかに組織されたのか。

マスター:そりゃ、震災のあとで家が焼けたりして不安が高まったから…

先輩:それだと当たり障りのないことしか言わないNHKと同じレベルだよ。なぜ自警団は結成されたのか、誰が「流言飛語」を流したのか。ある人々には最大限の勇気を必要とされる問題だ。

荒川河川敷の話に戻ると、確かにあそこに埋めたんだ、おれが軍隊に指示されて穴を掘ったという人の記録をもとに河川敷を「試掘」ということで掘り返すことになった。1980年代のことだから当時虐殺を見聞きした人がいっぱいいた。年寄りがいっぱい集まってきて、当時のことを話し合ったりしていた。若い人たちは初めて聞くことばかりだった。重いタブーだからね。

結局その試掘抗から人骨は出なかった。「虐殺はなかった」派がそれ見ろって言ってるけど試掘場所を指定したのは警察だからね。虐殺を誘導した警察だよ。広い河川敷だ。わかるものか。

そこで遺骨を探そうとしていた市民団体「ほうせんかの会」は当時の新聞を徹底的に見返すことにした。そしたら震災のあった1923年に亀戸事件の遺族が…

マスター:労働組合が弾圧された事件だっけ?

先輩:殺された親族の遺体を返してほしいと警察に掛け合った。警察はほかの遺体と一緒に大きな穴に放り込んだから、誰の遺骨かわからないのと一緒に返すことになるけどいいか、って言ってきた。他人の遺骨を受け取るわけにいかないので交渉は決裂し、それでもあきらめきれない遺族がとりあえず河川敷を掘り返す、と言い出したのがその年の11月。ところがその直前、11月12日に警察が穴を掘って遺体を掘り出してどこかに運んだ。11月14日にはトラック3台に遺体を積んでどこかに運び出した…ということを当時の新聞が伝えていた。

マスター:遺体を掘り出して…どこかへ運んだ?それを新聞が書いた?「おれが見たことをありのままに話すぜ」を聞かされた気分なんだけど。掘り出した遺体の身元確認したの?

先輩:そんなことするわけないよ。その場所が「労働運動の聖地」になることを警察は恐れたんだ。だから遺骨を発掘させるわけにいかなかった。

マスター:遺骨の行方は…

先輩:悪い想像しかできないよな…

消えてしまいました。すごいでしょ!

マスター:恐ろしくも情けない国だな…アウシュビッツやカチンの森の虐殺よりある意味ひどい。

先輩:いやぁ、今回のネタは、NoHateTVの番組の受け売りなんだけど。面白い、というか価値ある証言映像てんこ盛りなので時間と心に余裕のある人は見てほしい。

…しかし、ここまでやるなんて、想像の外だよ。虐殺された人たちは安らかに眠ることもできないのか。殺した人たちは酒に酔ったり年を取ってぼけたら自慢話としてしゃべっちゃうこともあるみたいだけど、遺骨を移動した人たちはぼけてもしゃべらないだろう。人殺しほど興奮しないし自慢になんないから。最悪なことを聞く準備はできてるからどうか誰かしゃべってくれ。一夜でトラック3台分の遺体を移動させたんだから少なからぬ人数がかかわっていたはずだ。

マスター:でもあれから100年たってしまったしなあ。これじゃ永遠に「恐ろしくも情けない国」脱却不可能だな。

先輩:遺骨が出ることと同じぐらい、出ないことにも意味があるんだな。ある人たちにとっては。

遺骨を探していた市民グループは、虐殺現場付近に慰霊碑を立てるという方向に運動を切り替えた。河川敷近くの家を買い取ることができたけどそれまで「寄付金詐欺」呼ばわりされたりしたらしい。

マスター:へーえー。大変だったねえ。

先輩:ほんと。みんな仕事の片手間にいろいろ調べたり証言を集めたりして慰霊碑建立にこぎつけたんだ。

ほんとだったら国がやるべきなのに、国は忘却に任せている。

ああ逃避したくなる現実。語学に堪能だったら外国へ行って、日本人であることを忘れて暮らしたいなあ。

マスター:どこがいい?

先輩:どこでも。安心して暮らせるなら。

マスター:ところで、図書室に付き合ってくれる?

先輩:いいけど。(二人は部屋を移動)

マスター:この『暁の円卓』という本の内容が初めて読んだ時から気になっていてね。20世紀の世界を舞台にした物語でイギリス貴族の主人公は日本生まれ、皇太子裕仁が親友で伊藤博文の世話になって育つ、という設定。

先輩:?????

マスター:主人公は成長していくが身の周りに不審な事件が多いのに気づく。そのうち自分が世界を滅ぼそうとしている秘密結社「暁の円卓」の生まれながらの敵対者であることを理解する。自分にちょっとした超能力があることにもね。控えめで地味な能力だけど、ピンチの主人公を救うには十分だ。「暁の円卓」それが、小さいころかわいがってたくれた伊藤公を殺害した犯人だと知る。

先輩:えええ、何それ!いつの作品ですか?

マスター:世紀の変わり目の1999年かな、2000年だったかな。日本を好きになってくれた物語作家が歴史改変勢力「つくる会」かなにかに取り込まれて例の「外堀」の一部になってしまったのかと暗澹たる気分になった。物語自体は面白かったけど伊藤博文がね。それ以来ファンタジー文学への熱が冷めた。この主人公は植民地の人々や虐げられた人々の味方ではない。

先輩:え~でも、『精霊の守り人』は読んでたじゃないですか。

マスター:面白かったけど信頼はしてないね。あの作者は9条改憲に賛成してもおかしくないもの。もっとも、ぼく自身9条に頼りすぎてたとは思うので反省しなきゃと思ってる。ぼくが信用するのは『彩雲国物語』の雪乃紗衣ぐらいだけど、今どうしてるんだろう…

ほんっとファンタジー読まなくなったなあ。『暁の円卓』のことも他の事にかまけてて調べられていない。こんなに「歴史を塗り替える」スピードが速いと「証拠物件」を押さえても次から次に表れてさあ…