庄司は首をひねるばかりだった。
「一体おれが何のネタバレをしたって言うんだ」
その人気小説『暁の城』の感想を確かに書いた。庄司はそのシリーズ作品を何となくではあるが欠かさず読むようにしてきたのである。
しかし今回の新作は庄司には許しがたかった。シリーズにのめりこんできたこれまでの自分を呪いたくなるほどだった。
「どうして妊婦に暴力をふるうことをそんなに楽しそうに書くんだよぉ」
彼は広く意見が読まれる場所に感想を投稿せずにはいられなくなった。
庄司はその感想を「ネタバレ」しないように慎重に書いたつもりだった。なにしろ「秀逸な謎解き」で人気を得ている作品だから。
犯人やトリックについては触れていないはずだった。
なのに「まだ読んでいないファン」からネタバレするな、という非難が殺到したのだ。
「『今回はグロ表現多し特に妊婦に関すること。女性は読まない方が吉』のどこがネタバレなんだ~」
庄司は世界観や舞台設定が緻密に作られた小説を好んだ。そしてその世界を別な誰かとじっくり話し合いたいとも思っていた。
犯人や謎解きをばらすのが好きなわけではない。どっちかというと舞台設定を掘り下げて「こういうこともできてしまうぞ」と指摘したり「こうしたらもっと自分の気に入るのに」という方が好きだった。これも作者やほかのファンには迷惑かもしれないが、同じことを考えていた、という反応を励みに、小説の感想を投稿し続けてきた。
それにしても、今度の反応は少ししつこいと思う…
「おお~、さっそく〈キンクロハジロ〉氏が食いつきましたな」
「この文章を『ネタバレ』と断じるのは厳しいと思うけど」
三人の人物が所狭しと本を積み上げた部屋で話し合っている。一人はPCの大きなディスプレイを眺め、あとの二人はスマートフォンだ。
「まあ、許しがたい発言ではあるよね~」そういったのはPCの前に座っている男だった。背後の壁には『暁の城』のポスターが飾られている。
「先生は謎解きの達人で通っているもんね。作品に文句をつけるやつは『ネタバレ』で十分だよ」
「〈キンクロハジロ〉、ネタバレしてタダで済むと思うなよ、ビックリマーク」
スマホの男の一人がまた「ネタバレ」を発信した。二人は『暁の城』の作者十六夜(いざよい)ないとの友人で、インターネットでちょっとした影響力を持つ、いわゆる「アルファ」だった。
「前から男性弾圧をする女どもの肩を持っていたからな。このアカウントは」
「なかなか性別をはっきりさせない奴ではあったが」
「このアイコン、白と黒のキンクロハジロは雄でしょ。ちゃんと冠羽、ちょんまげもあるよ」
「そんなの知るか」
「キンクロハジロの雌は?」
「茶色。ちょんまげ冠羽もついてない」
「前作からちょっと作風が変わったの、真っ先に指摘したのがあいつでしたよね。『女性キャラの活躍が減った気がする。出てくるのはおとなしい女性ばかり。アーシェラの自己犠牲的な最期は壮絶だったが、今回はそれだけだった』」その時の発言をスマホに映しながら話すのは〈壊れたレコード〉氏。
「続きは『確かに壮絶だったが、ここで払うべき犠牲だったのか、と思うと素直に感動できなかった』だっけ?」覗き込むのは〈いたち〉氏。
「そう、私はこれまで隠されてきた『男性差別』に気がついて、それを作品にしてみたのだ。少年は『男性差別』に早いうちに気づかなくてはいけないと思う。そのために表現の自由をもっと勝ち取らなきゃ」
「まったくだ。妊娠したからって偉そうにする女は痛い目に遭わなきゃ」
「そういう女をもてはやす偽男性もね」
〈いたち〉氏はまたスマホから一文を発信した。
「暴力描写がいけないとは言ってない。次世代を生み出す妊婦に暴力をふるうのがどうかと述べただけだ」
庄司は震える手でキーボードを打った。
「次世代を人質にとる気かよ」
何とも恐ろしい返答が返ってきた。
もはや問題は「ネタバレ」でないように見える。しかし…
敵は…もう「敵」と呼んでもよかろう。「ネタバレするやつがいますよ」と言って庄司の発言を広めたのだ。
翌日には「〈キンクロハジロ〉さんの優しい気持ちを支持します」みたいな発言を見ることができたが、ひたすら小説が好きなだけの庄司には政治好きの「フェミニスト」たちはちょっと怖かった。
「今度は政治家かよ…」
そもそも始まりは「ネタバレ」ではなかったか。なんでそれが非難の山を呼び込み、翌日には支持表明と励ましが舞い込み、翌々日にはまた非難の嵐となるのか、庄司にはさっぱりわからなかった。
庄司は知らなかったが、十六夜ないとが連載を持っている雑誌では、社会問題に絡めた作品への非難を「ネタバレするな」と言って跳ね返すことが普通になっていた。その雑誌は〈男性優位の家父長制社会〉を復活させるという方針で編集されており、「女性の扱いが…」という感想を寄せる人に対し「ネタバレやめろ」と攻撃してきた。どんなにネタバレに配慮したつもりでもそう言ってくるのである。
「ネタバレ」が口実に過ぎない場合もあった。
「ネタバレやめて」という風潮をその雑誌は作品を非難させないための盾として利用しているのである。
庄司はPCの電源を切り、十六夜ないとの本を縛って紙ごみの日に捨てた。
「明日から何して暇つぶししようかな~」
晩秋の風は冷たかった。