重松清『とんび』 | 町田ロッテと野球散策

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いやぁ、野球って、本当にいいものですね。

 最後に会ったのは、八年前の夏だった。成田に引っ越しをする際の保証人手続きのため、私は中野で一人暮らす父に会った。ちなみにこの時も、六年ぶりだった。

 二十世紀も終わろうという一九九九年、私は家を出た。十年以上住んだ阿佐ヶ谷のマンションを妹が出ることになり、父も越すという。そのタイミングで、私の出奔(?)が重なる。前向きな「一家離散」、我々はそれぞれ、旅立ったのだ。そこから、なぜか全く連絡を取らなかった。年賀状も出さず、帰省もしなかった。どうしても頼らざるを得なかった八年前の訪問を除けば、もう十五年近く会っていないのである。今はもう、連絡先も知らない。きっと中野も越しただろう。

 生きているかどうかですら、知らない。全く、薄情な息子である。


 そんな人生を歩んでしまったものだから、重松清『とんび』に描かれる父と子との心の通いには、かなり心をうたれた。例によって現在放映中のドラマは見ていないのだけれども。高度成長に向かってイザナギ景気を迎える時代から、昭和を終えてバブル崩壊となる頃までの歩みは、「子離れできない不器用かつ饒舌な向こう見ずの父」の物語である。そして不幸にも妻を(母を)早くになくした家族は、周囲の温かい人々に支えられる。


 せめて、今の家族は大切にせねば。この小説ですら涙を流せなかった己を恨めしく思う。



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