またまた橋本での話。神奈川県相模原市にあるこの街で走るバスはもちろん「かなちゅう」(神奈中)。稀に「ゆるキャラ」というにはちょっと完成度の低い動物たちが描かれる「かなちゃん号」も見ることができる。私が通う事業所の一つに橋本からバス圏内のところがあるのだが、そこで見かけたのが・・・
「法政大学行き」
そうだった。我が母校の多摩キャンパス行きの路線がここを走っていたのを思い出す。ただ市ヶ谷キャンパスの学生だった私は一年次の体育の授業で通うだけで、しかもその時は京王のめじろ台からの京王バスだった。
市ヶ谷キャンパス・・・私が通ったのは二十世紀末の四年間。しかし未だに学生運動の名残というものがある大学だった。入学した時は「時代の遺物がここにあったか」と、失礼ながら思ったものだった。父親でもせいぜい七十年安保以降のノンポリ学生だったのだが。
ある日の語学の授業ではいきなり学生団体の人たちが入ってきて集会をはじめ、教員はその日の授業のコマの九十分を明け渡す。またある日は五限が終わってから召集がかかり、デモの一員として行進することになる。今でこそ高層のボアソナードタワーが屹立する市ヶ谷キャンパスであるが、一方では学生会館(通称「学館」)というアジトのような怪しげな建物があったし(今もあるのか?)、「ロックアウト」といって敷地に入ることを禁じられる期間があったり、学生運動に邁進して授業にほとんど出ずにいよいよ在籍八年目という伝説の女性運動家がいたりと・・・もちろん中国における簡体字のような漢字がふんだんに使われたビラや垂れ幕も所々に貼られていたものだ。
そこには「時代の遺物」とは言わせない、アナザーワールドがたしかにあった。
高村薫『黄金を抱いて翔べ』の主人公・幸田もそんなアナザーワールドを学生時代に過ごしたようだ。そして二十九歳となっても、秩序や権力といったものに対して一仕事構えるのである。一見普通の仕事をしているかつての同窓とともに・・・そこに南北朝鮮の抗争も絡み、公安も絡み・・・スリリングな強奪劇が大阪で繰り広げられる。ちなみにこの作品、女流作家・高村薫のデビュー作なのである。しかしそこに描かれる男たちは骨太で、泥臭い。さらに犯罪を企てる際の計画におけるディテールが本当に見事で、機械工学や化学が爆弾作製や発電所破壊に活用され、大阪の街の描写が犯罪者に利するように紹介される。さらに言えばこの作品以外にも高村作品は幾らか好んで読むのだが、ほとんど女性は描かれないのである。しかし無骨かつ不器用な男たちを描く姿勢は、少し暖かい。当時としては珍しいワープロを駆使しての執筆活動だったと聞くが、それはまさにマッキー極太で書かれたような印象を残すのだ。
秩序や既得権益に対する反抗の世界。ときにそれはアナザーワールドでなくなる。