良い人生だったと… | 町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba

良い人生だったと…

毎週日曜あさ6時25分からニッポン放送でオンエアしている「ひだまりハウス〜うつ病と認知症について語ろう〜」



今週のゲストも故郷の富山に住むお母様を遠距離介護中の柴田理恵さんです。2016年にご主人を亡くされてから独り暮らしをしているお母様は現在94歳。



昭和一桁生まれでありながら教師として「仕事に生きた人」だったお母様。やはり教師の世界も男社会でしたが飲み会にも麻雀にも付き合い、学校運営にもはっきりものを言う女性だったそう。



柴田さんも「酒を飲めるようになれ」と言われて育ったとのこと。柴田さんの明るさと豪快さはお母様譲りで、まだ教師になりたての頃に



同僚と川遊びをした時の写真には素っ裸で隠す所だけ隠して笑っているお母様が写っていて、その姿は清々しいほどだったと振り返ります。



入退院は繰り返していますがケアマネジャーなどの介護職や周囲の人の協力も得ながら、住み慣れた土地で最期まで暮らしたいという希望を叶えています。



その遠距離介護から学んだことや気づいたことを一冊の本にまとめた柴田さん。本には介護にかかる具体的な費用もしっかり記されています。



在宅介護、入院したら、老人保健施設などそれぞれ金額も変わってきますが、お母様の年金でやりくり出来るようにケアマネジャーさんが考えてくれたそうです。



実はこれはとても大事なことで、親のためだからと介護費用を子供が出す必要はなく、親のお金を使うことを前提に介護プランを立てましょう。



柴田さんが遠距離介護をしていて気づいたことは、母には母のルールや暮らし方があるので余計な口出しや手出しはしてはいけないということ。



たまに帰ると家の中がごちゃごちゃで、ついつい小言を言っていつも喧嘩になっていたと柴田さん。そして片付けてもまた次に行った時は元の状態に…。



母は手が届く範囲に必要な物を置いているんだと理解してからはそのままにしているとのこと。またお母様が気遣いの人であることが分かるのは



着替えをしなくて困っているとケアマネさんから相談を受けますが、実は洗濯物を増やして迷惑をかけてはいけないと思っていたからだったそう。



順調に行っていた遠距離介護もコロナの影響を受けてしまいます。直接の面会は叶いませんが、タブレットを使ったLINE電話で顔を見ながら話しが出来たのは良かったと柴田さん。



ニコニコしていることやお互いに元気付ける言葉をかけることを心掛けます。普段は恥ずかしくて口にしないような「お母さんが元気だとみんなが喜ぶし、勇気と元気をもらってるよ」とちゃんと言葉にしたそう。



「孤独死しても誰も恨まない。化けて出ないから」とお母様らしい表現で、みんなを説得して自宅に戻ったこともあったそうです。



現在は入院中だそうですが外泊は無理でも一時帰宅をして、お湯でも良いからお銚子を傾けて気分だけでもお正月を味わえたらと話していました。



「ずっと家に…」という訳にはいかず必要な時には病院や施設も利用しながらですが、それでも「良い人生だった」と母は思ってくれていると思うし、自分自身もそうありたいと柴田さん。



誰もが直面する親の介護。離れて暮らしている時にどんな選択をするのか。そんな時のヒントが詰まった柴田理恵さんのインタビューぜひお聴き下さいクローバー


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