確かに愛は存在した…
ベートーヴェンの生涯を〈愛〉をテーマに描いた今作を手掛けているのは「モーツァルト」や「エリザベート」などでお馴染みのミヒャエル・クンツェ氏とシルヴェスター・リーヴァイ氏。
主演を務める井上芳雄さんは「エリザベート」の皇太子ルドルフ役が初舞台。この2人から生まれたと言っても過言ではないと本人もインタビューで話していましたがまさに〈申し子降臨〉
幼少期に父親から受けた虐待によるトラウマを抱え、音楽家としては致命傷の難聴という絶望の淵に立ちながら、負のエネルギーを音楽に昇華させたベートーヴェンを井上さんが熱演。
音楽へのリスペクトがないと演奏を止めてしまったり、音楽家はダンスはしないと拒絶したり、弟の結婚に断固として反対したりと癇癪持ちで何かと気難しい人物ですが
〈不滅の恋人〉アントニー・ブレンターノ(トニ)に出逢い、本当の愛を知ったことで変わっていくというストーリー。偉大な天才ではなく、ひとりの悩める人間として描かれているのが新鮮でした。
トニを演じるのは花總まりさん。これまでも「エリザベート」などで井上さんとは何度も競演していますが、人間役の井上さんと恋人同士は初めて
裕福で可愛い子供にも恵まれてはいますが、お金にしか興味のない夫に虐げられ、籠の中の鳥のように自由もなく愛さえない結婚生活に絶望しているトニ。
真の愛を知らず孤独を抱える者同士が強く惹かれ合うのは必然でした。パッションの塊のようなベートーヴェンとの劇的な愛に揺れ動く心情を静かに歌い上げる花總さん。
華やかなドレスを身に纏っていなくとも、ステージに立っているだけで神々しく、ベートーヴェンを包み込むような母性とキュートな可愛らしさを兼ね備えたトニを演じていました。
舞台の高さをそのまま活かして組まれた重厚なセットはシンプルでありながら、はめ込まれた大きなLEDスクリーンに、薔薇の庭園、ドナウ川、プラハの街並み、一面の花火などを映し出したり
ベートーヴェンが友人であり理解者だという雷鳴や吹き荒れる暴風雨など、彼の内なる激情をも映像で大胆にそしてドラマチックに表現。
今作の一番の見所は音楽で、ベートーヴェンの名曲をロック調やポップス調にアレンジ。「悲愴」「月光」「運命」「エリーゼのために」「第九」などの楽曲に新たな息吹が吹き込まれています
しかもクラシック音楽にぴったりの井上さんをはじめ歌上手が勢揃いで、特に確執のある弟役の海宝直人さん(小野田龍之介さんとWキャスト)とのデュエットは聴き応えあり。
ただ弟の出番が少なくちょっともったいないなと感じたのと、ベートーヴェンの内から溢れる音楽を擬人化した6人のダンサーによる音楽の精霊も「エリザベート」のトートダンサーと重なり既視感が…。
ベートーヴェンが実際にオーケストラピットに降りてタクトを振る場面がありましたが、オーケストラのメンバーがみなさんが鬘をつけてスタンバイするという粋な演出も。
孤高の天才ベートーヴェン。その苦悩に満ちた人生に確かに〈愛〉は存在し、一瞬にして消え去る花火のようであっても〈歓喜〉に包まれた時間があった…。
届かなかった不滅の恋人への手紙からインスピレーションを得たミュージカル「ベートーヴェン」は日生劇場で今月29日まで上演しています