ひとりの人間として。。。 | 町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba

ひとりの人間として。。。

数年前から企画されながらコロナ禍で1度は延期になった舞台「レイディマクベス」をよみうり大手町ホールにて観劇してきました音譜



3人の魔女による「綺麗は汚い、汚いは綺麗」「女の股から生まれたものはマクベスを倒せない」など不可思議で暗示的な台詞が散りばめられているシェイクスピアの「マクベス」



勇敢で数々の武勲を立てている将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺し王座に。ですが疑心暗鬼は恐ろしいもので魔女達の予言に惑わされ前王の息子に殺されるというあまりにも有名な作品ですが



天海祐希さん主演の「レイディマクベス」はシェイクスピアに名前を与えられなかった〈マクベス夫人〉に初めて光を当てた物語で、非常に現代的でチャレンジングな作品でした。



夫を唆し「国を滅した女」と言われ「悪女の代名詞」と表現されるマクベス夫人。何故名前がないのか、彼女は幸せだったのか、そして彼女が本当に手に入れたかったものは何だったのか、そんな疑問から今作は誕生したとのこと。



天海さんの舞台は何度か観ていますが今作でも圧倒的な存在感に釘付けでした。シェイクスピアというと怒涛の台詞劇が多いですが、もちろん天海さんの台詞量は膨大ですが、無駄を削ぎ落とした静謐な空気感の中で繰り広げられる会話はより聴き応えがありました。



セットもとてもシンプルで鋼のような素材で出来た4本の柱で支えられた、大きな鳥籠や王冠にも見える円環のフレームといくつかのベンチがあるだけ。また革素材、金、銀、黒のロングプリーツスカートなどの衣装もモダンでした。



レイディマクベスは元々は優秀な軍人で自ら戦場に赴く兵士だったと大胆にキャラクター設定を変更。〈夫人〉である前に、兵士として、女性として、妻として、母として悩みながら生きている〈ひとりの人間〉として描かれます。



戦場で夫と出会い恋に落ち、妻となり母となったレイディマクベスは、産後に体調を崩し闘うことが出来なくなったという背景を、その原因となった吉川愛さん演じる娘が語る形で舞台はスタート。ちなみに娘にも名前がありません



レイディマクベスの幼馴染のバンクォーを要潤さん、原作ではマクベスに妻子を殺されるマグタフは、夫は国外逃亡中ですが国王とは血縁にあたり強かに生きる女性という設定で鈴木保奈美さんが。



彼らとワインを飲みながら歓談するマクベス夫妻。国を守るために夫と共に闘ってきたプライドがあるレイディマクベス。母として家庭を守ることに専念しながらも、現状に満足できないまま人生を歩んでいることが伝わってきます。



戦争は相変わらず終わりを迎える様子もなく、戦地に絶え間なく駆り出される夫のマクベス。そんな彼を送り出し迎えるレイディマクベス。彼女が抱き続けている野望は「夫と共に国を治める」ということ。



「貴方は王になる資格がある」と夫を鼓舞しますが、マクベスは司令官として殺戮を繰り返すことへの疑問や妻からのプレッシャーに耐えられなくなり精神的に疲弊していきます。



マクベスを演じるのは天海さんも憧れていたという世界的ダンサーのアダム・クーパーさん。去年ミュージカル「雨に唄えば」で来日したことは記憶に新しいのではないでしょうか。



新作のストレートプレイに俳優として出演するのは初というアダム・クーパーさん。短い日本語で相槌を打つだけでほとんど台詞がなく、言葉を使わずに感情を体現するという難しい役所。



苦悩や切なさやもどかしさ、そして天海さんとコンテンポラリーダンスで魅せた愛情表現は、これまで観たことのないほど芸術的で〈耽美〉という言葉がまさにピッタリの息を飲む美しさでした。



優れた能力とキャリアを持ちながら出産により道を絶たれてしまったレイディマクベスの無念と葛藤。何故に女性だけが母親になることで何かを失ったり諦めたり折り合いをつけなければならないのか



彼女が本当に望んでいたのは夫が王になることだったのか、夫への愛と信頼は揺るぎないものですが「もし自分だったら」という野心は心の片隅にあったはず。



私は独り身で子供はいませんが、人より少し早く親の介護に直面しました。私は自分の人生も夢も絶対に諦めたくなかったし実際に諦めませんでした。もし親になれていたとしたらどんな選択をしたでしょうか



この舞台が突きつけるのは現代に生きる女性が〈ひとりの人間〉としてどう生きるのかということ。世界初上演の「レイディマクベス」はよみうり大手町ホールにて今月12日までクローバー