久しぶりだなぁ〜
鳳凰祭四月大歌舞伎の夜の部は去年6月に上演する予定だった仁左衛門さんと玉三郎さんによる「与話情浮名横櫛」駆け込みで観劇できました
開演直後に仁左衛門さんが体調を崩し数日休演になり少しひやりとしましたが、無事に舞台に復帰し千穐楽を迎えて本当に良かった。
ほぼ満席で花道から登場した仁左衛門さんに大向こうから「松嶋屋」の掛け声が。この歌舞伎に欠かせない大向こうは去年10月から
一部エリアと人を限定して再開されていましたが、4月から3年ぶりに従来の方法に戻りました。久しぶりに制限のない大向こうを耳にし感激しましたし、やっぱり舞台が華やぎます。
「いやさ お富久しぶりだなぁ」の台詞で有名な「与話情浮名横櫛」ですが、木更津の海岸で出会った与三郎とお富が一瞬で惹かれ合う「見染」
そして2人が密会する「赤間別荘」そこから3年後の皮肉な再会を描く「源氏店」を上演。省略されてしまうことが多い「赤間別荘」を上演する理由は
歌舞伎を見慣れていない人にも物語が分かりやすくなるようにしたいという想いと、何より気持ち良く観てもらうためと仁左衛門さん。
一世一代と銘打っての演目も続いている仁左衛門さんですが、今作を玉三郎さんと演じるのは18年ぶり。さらに仁左衛門さんによる初演は
1982年の歌舞伎座でこの時もお富は玉三郎さんだったそう。45年の時を経てなお輝き続ける2人。歌舞伎界の歴史に残る組み合わせの共演が観られて感無量でした
「見染」の場の仁左衛門さんは江戸の大店の若旦那らしく品があり物腰も柔らかく立ち姿も麗しい美男子。
跡取りになるべく養子に迎えられていましたが、その後に弟が生まれ家督を継がせるためにわざと放蕩三昧をして勘当されるように仕向けた与三郎。
坂東亀蔵さん演じる旧知の仲の鳶頭金五郎との掛け合いにはその与三郎の実直さや優しさが滲み出ていました。
浜に向かうこの場面でお勧めの小道があるとなんと嬉しいことに仁左衛門さんが客席に。花道から遠い端っこの席でしたが前から3列目で間近で観ることが出来ました。
コロナ感染予防対策のため客席に降りる演出はこの3年あまりしていませんでしたが「この道はしばらく通れなかった」とユーモアを交え
「良い眺めだなぁ」と足を止めて声を弾ませて会話をしながらゆっくりと練り歩く仁左衛門さんと亀蔵さんに会場からは温かい拍手が送られました。
そしてついにお富と出会う与三郎。お富が呟く「いい景色だねえ」は与三郎に見惚れてのこと。お富は土地の親分の妾で惚れちゃならない相手ですが
花道に消えてゆくお富にすっかり心を奪われた与三郎の羽織りがゆっくりと落ちていく様子はまるでスローモーションのよう。
場面は変わって親分の源左衛門が留守の合間に与三郎を別荘に呼び出したお富。中に入ろうか与三郎の躊躇う姿は初々しく。そんな与三郎の手を引き奥の部屋へ誘うお富。
格子越しに透けて見える2人の姿。待ち切れないように着物の帯を自らとく玉三郎さんが妖艶で美しく、与三郎さんでなくとも惑わされてしまうだろうとため息。
ところが長旅に出たはずの源左衛門が子分と一緒に戻ってきて、逢瀬が一転して修羅場となってしまいます。与三郎とお富の運命は如何に。。。
命は取り留めるも顔や身体を切り刻まれた与三郎と海に身投げしたお富。そんな2人が皮肉な再会をする「源氏店」
九死に一生を得たお富は命の恩人である多左衛門に囲われて何不自由ない暮らしをしています。雨宿りをしていた番頭の藤八を招き入れるお富。
お風呂帰りで鏡の前で化粧を直すお富からは色香が匂い立つよう。妾暮らしなのかと思いきや多左衛門とは男と女の仲ではないと藤八に話すお富。
それならばと邪な気持ちでお富に近づこうとする藤八ですがすっかりお富のペースで、藤八の顔に白粉を塗る玉三郎さんが楽しそうで客席は大笑い。
そんな中に金を無心に来たのはゴロツキの蝙蝠の安五郎で、手拭いで顔を隠した連れの男は全身に傷を持ち如何にも訳ありの雰囲気を醸し出しています。
ネチネチしつこい安五郎に痺れを切らし「立派な亭主のある身体だ」と啖呵を切るお富。そんなやりとりを膝を抱えて聞いていた与三郎から飛び出した「いやさ お富久しぶりだなぁ」の台詞。
今では〈切られ与三郎〉と呼ばれている傷だらけのけの男こそ、実は死んだと思っていたお富の愛しい人の変わり果てた姿。
「しがねえ恋の情けが仇。。。」どうしてこんな人生になったのかという憤りや恨み辛みをぶちまける与三郎。
囲われてはいるか決してやましいことはなくお前を忘れたことはないと語るお富の言い分を与三郎が信じるわけもなく。
2人が押し問答をしているところに帰宅した多左衛門に咄嗟にお富は与三郎は兄さんだと偽りますが
多左衛門は与三郎にお富とは男女の仲ではないと説明し、これで堅気になれとまとまったお金を渡し引き取らせる物わかりの良さ。
それもそのはず実は多左衛門はお富の実兄で助けた時から妹だと知っていて見守っていたという歌舞伎ならではの展開。
手を取り合って喜び合う与三郎とお富の幸せそうな姿。いつまでもいつまでも観ていたいと思わせる素晴らしいラストでした。
夜の部のもうひとつの演目は尾上松緑さんと長男の左近くんによる「連獅子」は息がピッタリで、後半になるほど勢いを増す毛振りは一糸乱れぬ見事さ。
演奏の高鳴りに合わせるようにこれでもかというほどに躍動する松緑さんと左近くんに、万雷の拍手が送られしばらく鳴り止みませんでした。
大向こうも復活し幕間にお弁当を食べられるようにもなり歌舞伎座にコロナ前の日常がようやく戻ってきました。
團菊祭五月大歌舞伎は寺島しのぶさんの息子寺嶋眞秀くんの初舞台や團十郎さんによる信長など見所満載なのでぜひ多くの人に足を運んで欲しい🍀