弱くて切ない生き物
![音譜](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif)
シェークスピアのように英雄も王様も出てきませんが、現代に生きるどうしようもないおとこたちの半径5メートルで起きる出来事は間違いなく悲喜劇。
誰が直面してもおかしくない家族、仕事、病気などの悩みを抱えた4人のおとこたちを演じるのはユースケ・サンタマリアさん、藤井隆さん、橋本さとしさん、吉原光夫さんです。
ユースケさんがフラリと舞台上に現れて非常口のいくつかはダミーですなど飄々とした前説で笑いをとりつつ自然と物語は始まっていきます。
役名は山田。ユースケさんは呼吸をするかのように違和感なく山田となり、最初の場面のとある老人ホームに溶け込んでいきます。歌うように今日は高齢者の世話をするために来たと語る山田。
食事をこぼさないように首からエプロンを付けた男性、無表情で歩き回る腰の曲がった女性と比べると若々しい山田ですが、食事に関する会話が介護職と噛み合わずチグハグな様子。実は山田はもう82歳。。。
そして20代の若かりし頃に記憶は遡りカラオケボックスに4人が集合する場面に。山田の卒業祝いのために集まった津川を藤井さん、鈴木を吉原さん、森田を橋本さんが。
男どもが集まると下ネタになるのはお約束。しかも顔を合わせるたびにリピートするであろうそれぞれ趣味嗜好が違う風俗の話を大笑いしながら語り合う姿はすっかり若者。
戦隊ヒーローで脚光を浴び俳優として地位を確立する津川。真面目な顔をしていても何故か笑ってしまう可笑しみがある藤井さん。
カラオケの場面で手にしていたマイクが昔私の父もよく飲んでいた大容量の焼酎のペットボトルにささっていて嫌な予感がしましたが
その酒癖の悪さで失態を繰り返し表舞台から消えることになり、さらに自宅が火事で全焼し大火傷を負うという悲惨な運命が。。。
そして今回私が楽しみにしていたのは大好きな橋本さとしさんがどれだけどうしようもない男を演じるのかということ。
橋本さんと言えば「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャンや「ミス・サイゴン」のエンジニアなど金字塔と言われる作品で大役を務めていますが
私は劇団☆新感線の橋本さんがたまらなく好きで今作も期待を裏切りませんでした。うだつが上がらないのに奥さんがいながらバイト先の女の子と浮気をしているただのおっさん。
どちらにも良い顔をしようと適当な嘘をつきその場を切り抜けようとする場面で、身勝手な言い訳を美しいバラード調で歌い上げますが
どんなに良い声で語りかけても不誠実ですからと突っ込みたくなる、そのアンバランスさが絶妙で修羅場にならないのはミュージカルの魔法か。
順風満帆に行かないのは津川だけでなく山田も同じ。契約社員としてクレーム対応の仕事を続けていて、お客からの罵詈雑言を浴びる日々を送っているせいで負のオーラが凄いと言われてしまいます。
幾つになっても大きな事件も起きない地味な人生を送る山田について「メロディのない人生」とユースケさんは表現。だからなのか山田が歌うのは抑揚のあまりない台詞のようなラップのような歌ばかり。
そして鈴木を演じるのはジャン・バルジャンなど骨太の役が多い吉原光夫さん。ミラーボールが回る中で男らしい歌声を響かせる鈴木はおとこたちの中で唯一の成功者。
威圧感たっぷりな風貌で勝ち続けることが人生だと思っている鈴木は、妻と子供にも本音を打ち明けられずに家族関係は修復不能なほどギクシャクしてしまっています。
森田の浮気相手と鈴木の妻役など様々なおんなたちを演じる大原櫻子さんとの、すれ違う夫婦の心模様を歌う2人の切ないデュエット曲はミュージカルの片鱗を感じさせる一曲。
思い返すと私の父も鈴木のように弱音や本音を誰にも吐けない人間でした。いつも何かを背負っているかのように苦しげで淋しそうな父の背中からどうしようもない人生があると悟ったものです。
頑張って生きてきたのに誰にも尊敬されない父親。見たくないものや認めたくないものから目を逸らしても確実に忍びよってくる老い。
家族から疎外され社会から孤立していくことへの不安や怒り、そして人生の悲哀を吉原さんがリアルに体現していました。そして男は本当は弱くて切ない生き物だということも。。。
仕事一筋の男、会社人生に躓いた男、酒で身を滅ぼした男、不倫に走る男の20代から80代まで歳を重ねていくおとこたちの物語のラストはまた老人ホームに。
メイクも服装も変わってないのに幕開けよりも歳を取ってしまったように見えるユースケさん。「人の話を聴くこと」が特技だった山田が最後に呟く一言がとても切ない。
革命も戦争も起きないけれど、笑いと哀しみが交錯するひとりひとりの人生はやはりドラマチックでほろりとさせられるミュージカル「おとこたち」はPARCO劇場で4月2日まで