"ウィリー"という生き方 | 町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba

"ウィリー"という生き方

PARCO劇場にてアーサー・ミラーの代表作「セールスマンの死」の舞台を観劇してきました。ピューリッツア賞も受賞したこの作品が初めて上演されたのは1949年。



70年以上が経った今もなお世界中に理想と現実の狭間で苦悩を抱え人生に悲観する"ウィリー"は存在していて決して昔の話と笑い飛ばすことは出来ませんでした。



かつて敏腕セールスマンだった主人公ウィリー・ローマンを演じるのは段田安則さん。皮のトランクケースを手にマイホームに帰宅したのは月曜日の深夜。



疲れ切った様子のウィリーと妻リンダの会話から仕事が上手く行ってないことや久しぶりに帰ってきた長男との関係がギクシャクしていることが伝わってきます。



妻リンダを演じるのは25年ぶりの舞台となる鈴木保奈美さん。家のローンなど借金の返済は行き詰まっていて夫も精神的に不安定な状態。



さらに成人しても自立できない2人の息子を抱えながらそれでもなお家族がバラバラにならないように必死に耐えウィリーを献身的に支えています。



"一生働き続けてローンを払い終わりやっと自分のものになったと思ったら誰も住む者はいない。"と溜息をつくウィリー。



マイホームは家族の幸せの象徴ですが現実には家のあちこちは痛んでいて舞台中央にポツンと置かれた古びた冷蔵庫はまるで物語の結末を暗示するよう。



そして目を引くのは舞台の宙空に不気味に浮かぶ2本の電柱。ウィリーの精神世界に紛れ込んだような感じで、そこに可動式の家のキッチンと小さな庭が現れて



"何にでもなれる"と未来に希望しかなかった息子達との思い出や一攫千金を狙いアラスカで成功したすでに亡き兄が登場する過去と



現在をフラッシュバックさせながらウィリーが追い詰められていく様子を巧みに表現。わずか24時間の物語でありながら1人の人間の一生がまさに走馬灯のように交錯していきます。



父親からアメリカンドリームを託され過大な期待を寄せられていた長男ビフを演じるのは福士誠治さん。高校時代はフットボールの花形選手で誰からも慕われるヒーローでしたがそれはもう過去の話。



お調子者でその気もないのに結婚すると軽く口にする次男のハッピーを林遣都さん。彼なりに父親と兄を心配していますが現実を直視せず家族にも自分にも



小さな嘘を積み重ね今をやり過ごそうとする。もう30代なのに"兄貴、2人で何かデカいことをやろうぜ"と叶わない夢を見る姿も切ない。



「どんなに頑張っても上手くいかない人生がある」そのことを私は幼い頃から父親の背中を見て感じていて成長するにしたがいそれは確信に変わっていきました。



そんな父はセールスマンだったことを思い出しました。あまり高価でない西洋風の人形、ガチャガチャ、ゲーム機などを売る仕事をしていて家を空けることもあったようです。



自分では何も作らずに物を売れば儲かるセールスマン。裏返せば売れなければ競争社会から脱落するということ。その後も父は会社勤めは性に合わないと最終的にはお弁当の配達を生業に。



さらに自分が叶えられなかった良い大学に行き大きな会社に就職するという夢や価値観を押し付けようとしていた父の私に対する躾は異常なものでした。



"俺の言うことを聞いていたら間違いない"が口癖で子供と上手くコミュニケーションが取れないのも全く同じで、生きることに疲れていくウィリーに父が重ならないわけはなく。



ただし私がビフと違う選択が出来たのは母が倒れて介護が必要になり10代で自分のことだけ考えれば良いという甘い状況ではなくなったことと



親のせいにして自分の進むべき道を見誤ることの愚かさに気づいたこと、何より自分の人生は自分で切り拓かなければと強く思えたことでした。



もうひとつ挙げれば私は父の妻ではなく娘だったこと。父だけを頼っていては厳しい現実は乗り越えられないことが分かっていたので献身的になる必要がなかったから。



「セールスマンの死」はウィリーを単に夢や希望を叶えられなかった悲劇の人物として描いているわけではありません。



回想シーンの中に登場するウィリーの行動には度々違和感が。お父さんは凄いんだぞと自分を大きく見せようと子供に虚勢を張るのはままあることですが



自慢の息子に盗み癖があるのを知りながら人に好かれていたら大丈夫と笑って見逃したり特待生なんだから勉強は出来なくても友達にカンニングさせてもらえば良いとか。



またウィリー一家とは対象的で大きな夢は見ずに堅実に暮らしていた隣人のチャーリーと息子のバーナードを小馬鹿にすることも。



このチャーリー親子はウィリー家族にとって光と影のような存在で子供の頃はガリ勉でバカにされていたバーナードは成功して弁護士になりいつの間にか光と影が逆転する。



そして窮地に立たされても本質的な部分が変わっていないウィリーは先代の社長に頼まれて名前をつけたのは自分なんだから仕事をくれと



若社長に理不尽に詰め寄ったり日々の暮らしのためにお金は借りてもチャーリーの下では働きたくないと拒絶してしまいます。



自分の価値観を変えられず、現実を受け入れられず、プライドを捨てられず、敗者であることを認めず最期まで夢を見続けたウィリー。



全てに絶望したウィリーは死の直前にマイホームの陽のあたらない庭に懸命に種をまこうとします。時すでに遅くそして決して育つことがないのも分かっているのに。。。



セールスマンが生命保険と引き換えに最期に取り引きしたのが自分の命だったというのがあまりにも皮肉ですが救いは長男のビフがありのままを受け入れたことか。



斯く言う私も身の丈は分かっているつもりですが父みたいにはなりたくないと思いながら安定を捨ててこの歳で夢を追っている1人。



"ウィリー"という生き方を全否定することは出来ません。何故なら私の父も一生懸命に生きていたことを知っているから。。。



人生における成功とは幸せとは何かを考えさせられる舞台「セールスマンの死」はPARCO劇場にて今月29日まで上演しています🍀