音楽は言葉を超える。。。 | 町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba

音楽は言葉を超える。。。

毎週日曜あさ6時25分からオンエアの

ニッポン放送「ひだまりハウス」ヒマワリ



パラリンピック開会式の聖火点灯式で

ピアノ演奏を担当し注目されている

天才ピアニスト紀平凱成(かいる)さんひらめき電球



3歳の時に「自閉スペクトラム症」と

診断された凱成さんがどうやって音楽に



出逢いその才能を開花させていったのか

父親の紀平延久さんにお話を伺いましたニコニコ



かつては自閉症と呼ばれていましたが

知的障害や言葉の遅れなどは人により



様々であること年齢や状況によっても

変化するため明確な分類をするのではなく



曖昧な境界線を持ちながら連続する

自閉"スペクトラム"症と捉えるように。



延久さんによると小さい時から緑色が

好きだったり物をきっちり並べたりと

凱成さんはこだわりが強かったそう。



乳幼児検診で気になることがあると

言われていましたが2歳ぐらいの時に

ご両親も言葉が遅いことに気づきます。



そして3歳の時に医師から自閉症(当時)と

告げられますが20年前はインターネットで

簡単に情報を得られる環境ではなく。。。



脳の障害で治らないと言われていて

どんな障害かも分からなかったけれど



好きなことや出来ることを見つけて

個性を伸ばしたいと思ったと延久さん。



凱成さんはいつもニコニコしていて

言葉を話す前にハミングしていたり



またある時は紙をはみ出してテーブルや

壁にまで丸を書いていたそうです。



実はこの丸は音符だったそうです

凱成さんの音楽の才能に延久さん夫婦が

気づくのはもう少し先のことになります。



本人に適した療育環境を探していた時に

出逢ったのが幼稚園のヨーコ先生でした。



まだ自閉症と診断される前で凱成さんを

障害者にしているのは貴方達よと厳しい

指摘を受けたそうですがそのほかにも



言葉を学ぶのにカードを使うのではなく

例えばリンゴなら本物を触らせなさいと。



大事なのは凱成さんの心を育てることで

何かを決めつけたり親が塞ぎこんでは



ダメでゆっくり成長を見守りましょうと

言ってくれたヨーコ先生から生きるとは

何かを自分達も教えてもらったそうです。



延久さん夫婦は2人とも音楽が好きで

凱成さんの暮らしの中には常に音楽が。



1度聴いたメロディーをエレクトーンで

弾いたりある時は延久さんのギターが



いつのまにか調律されていたことがあり

犯人はなんと4歳!?の凱成さんだったそう。



1回だけでなく別の日には違うコードに

アレンジしていたという凱成さんは5歳の

時には洋楽を弾き語り出来たそうです。



じっとしていられず人の話を聴くことが

苦手な凱成さんが音楽をちゃんと習えるか



不安もありましたがピアノの先生は

"好きなことをやりたい"という気持ちを



維持させることが大事なので無理強いせず

凱成さんの自由にさせてくれそうです。



そして4ヶ月後の発表会では凱成さんが 

歌とピアノを担当し延久さんがギターで

セッションしたのは名曲「イマジン」



この時に延久さん達を更に驚かせたのは

弾きながら自分の声に合わせ移調したこと。



神様から与えられた凱成さんの音楽の 

才能を確信した瞬間でもありました。



法則は一切教えていないのに家にある

CDを勝手に聴きながら自分で見つけて

構築する能力を持っていた凱成さん。



楽譜を見るようになったのは中学からで

自分の弾きたいように弾きながらも



例えば強くというフォルテという法則を

きちんと結びつけられるのはやはり才能アップ



"ピアノを弾きたい"と凱成さんが将来の

夢を口にしたのは小学1年の時だったそう。



ですがピアニストの道は決して平坦では

なく自閉スペクトラム症の症状のひとつ

"聴覚過敏"が小学校高学年になって悪化。



ピアニストになるという夢を持ちながら

聴覚過敏が日に日にひどくなる凱成さん。



甲高い音は小さくてもダメで破裂音や

車内アナウンスにも反応してしまうので



中学に通学する時は延久さんが凱成さんを

抱え込むようにして電車に乗っていたそう。



家の中でもお皿を紙皿にしたりテレビも

つけられずフライパンも音を立てないで

料理をしなければならなかったと延久さん。



また視覚による刺激にも反応してしまい

耳も目も閉ざさなければならない状況で



イヤマフという防音具を着けてなんとか

ピアノの練習もしていましたが自分の音に

反応してしまい練習も十分に出来ない日々。



そんな絶望的な状況を救ってくれたのも

やはり音楽で凱成さんが小さい頃から

大好きだった作曲家カプースチンの曲。



聴覚過敏と闘いながらも練習を重ね

カプースチンを演奏する発表会に参加。



知らない人から自分の演奏を褒められて

凱成さんはとても嬉しそうにしていたそう。



コンクールにも参加するようになった

凱成さんですがステージ上で客席や

審査員につい手を振ってしまうことも。



コンクールだとは分かっているので

点数は気になっていて思うような結果が



出ない時には悔し涙も流すそうですが

実はこの涙は繊細で鋭く人の気持ちを



察することの出来る凱成さんが父親の

悔しさや悲しさを感じて流していると

ちゃんと延久さんは理解していました。



聴覚過敏や生き辛さは完全には解消されず

不安の中で頑張ろうとしている凱成さんを

抱きしめたり頬ずりしていると延久さん。



"20歳で身長は180センチあるんですけど"

と延久さんは照れ臭そうに微笑んでましたクローバー



ピアノを使わずに作曲をするという

凱成さんは多くを語りませんが音楽で

大切なことを伝えてくれていると延久さん。



そんな凱成さんの想いが詰まったアルバム

「FLYING」から「Songs Over Words」を

ひだまりハウスを聴いているみなさんにニコニコ音譜



毎週日曜あさオンエアのニッポン放送 

「ひだまりハウス」紀平延久さんの

インタビューはこちらからお聴き下さい☞


ウィークエンド・ケアタイム『ひだまりハウス』~うつ病・認知症について語ろう | ニッポン放送 ラジオAM1242+FM93大切な家族や友人のうつ病や認知症のサポートをしたいけど、どのように接してよいか分からないあなたに。そして、今は大丈夫と思ってはいるけど、突然やってくるうつ病と認知症。そんな時のために、病気の知識を分かりやすく知ることから始まるラジオ...リンクwww.1242.com



自閉スペクトラム症の人は言葉による

コミュニケーションが苦手と言われますが



凱成さんは人が大好きで沢山の人に自分の

演奏を聴いてもらえるのが大好きだそう。



ぜひ凱成さんの音楽に触れて欲しいですラブラブ

今年から来年にかけてツアーも予定している

紀平凱成さんのことを詳しく知りたい方は☞


紀平凱成 Kihira Kyle 公式サイト感性溢れる異才ピアニスト、紀平凱成(きひら かいる)オフィシャルサイト。プロフィール、スケジュール情報等。リンクkihirakyle.com

凱成さんのお母さん由起子さんが書いた

エッセイ「カイルが輝く場所へ」もぜひ本