人間に望みを。。。 | 町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba

人間に望みを。。。

"演劇にはとてつもない大きな力がある"



俳優が肉体を駆使し仕草や表情や声などで

一瞬のうちに様々なことを伝えられる演劇。



良い芝居にはひととき我を忘れさせ

そのことで人を素直にさせ人間の精神の

 


根幹を変える力があり生まれ変わりの

儀式にも近い"奇跡"を起こせると生前

語っていたのは劇作家の井上ひさしさん。



歌、言葉遊び、劇中劇、どんでん返し

笑いなどさまざまな手法を駆使するのは

すべて我を忘れさせる時間を作るためクローバー



そんな井上さんの全てが詰まったデビュー作

「日本人のへそ」を先日、観劇しましたニコニコ



寒村からの出稼ぎ、近親相姦、ジェンダー

搾取される労働者、裏社会、歪んだ政治



天皇制まで言論の自由を謳歌するように

一切タブー無しに日本社会を風刺した



この作品が初演されたのは1969年ですが

今も古びることなく凄まじい熱量でしたひらめき電球



吃音の矯正治療として芝居を取り入れた

劇中劇中劇!?という入り組んだ舞台は

最後までどんでん返しのオンパレードショック!



自分の言葉でなければつっかえず

歌ならばスムーズに歌えると全員で



"昔あるところにカタカナ国が"という

発声練習を群読する場面からスタート。



1人ひとり吃音を発症した理由は違いますが

共通しているのは信じていたことや人に

裏切られたというトラウマがあること。



この場面は自身も吃音だった井上さんが

実際、参加した集まりを基にしたそうですが

本人はこの訓練では治らなかったそう。。。



吃音は心の優しい人間がかかるものであり

言葉の病気として治すのは正しくなく



逆に言えば吃音者が存在する限り人間に

望みが持てると綴っていたという井上さんクローバー



吃音治療のミュージカルを指導する胡散臭い

アメリカ帰りの大学教授から東北の貧しい



農家の父親ややくざの若頭まで振り幅の

激しい役を汗を飛ばしながら熱演したのは

ミュージカル界のプリンス井上芳雄さん。



井上さんの舞台はいくつも観ていますが

人間臭い役でも下衆にならないのが流石ひらめき電球



劇中劇は小池栄子さん演じるストリッパー

ヘレン天津の人生を描いたもので東北の



田舎から集団就職で旅立つ前夜に実父から

汚されたことが原因で彼女は吃音に。。。



本人は悪くないのに最初の勤め先である

クリーニング屋の主人をはじめ行く先々で



男性に言い寄られてしまいヘレン天津が

辿り着いた場所は浅草のストリップ劇場。



都会の欲望に飲み込まれて流転する

ヘレンの人生を児童合唱団風の役者が



まるで唱歌のようにのどかに歌うことで

毒を含みながらも笑いを誘うのが憎い。



猥雑で活気のある浅草やコメディアンや

ストリッパー達の舞台裏を描いた場面には



学生時代から浅草のストリップ劇場で台本を

書いていた井上さんならではのリアルさと



不遇を笑い飛ばしながら生きる人達への

愛情とリスペクトが込められていました。



男性たちが女性の洗濯物を前に淡々と

歌う場面では欲望を持たざるを得ない

哀しい性がなんだかしみじみ伝わります。



言葉遊びと言えばヘレンが電車に揺られ

上京する場面ではベテラン山西惇さんが

東北本線の駅名を唱える長台詞に挑戦ビックリマーク



埼玉から都内に入り上野が近づくにつれ

不思議な高揚感と一体感が生まれ111駅を

全て言い切った瞬間に客席から大拍手にひひ



宝塚ファンとしてはストリッパー役から

やくざのいち舎弟や代議士の秘書役まで



同一人物とは思えない演技を見せていた

朝海ひかるさんにあっぱれをあげたい合格



ヘレンは一目惚れしたやくざの若頭と

所帯を持つも親分に差し出されさらに



親分から右翼へそして右翼から政治家に

まるでモノのように献上されて行く。。。



悲惨な運命なはずなのに武骨な群舞が

展開され男が変わるたびに小池さんの



衣装が剥ぎ取られていきまさに裸一貫で

成り上がっていく姿が毅然として美しい。



井上さんは浅草でたくさんのヘレンを

見たに違いなく生き抜くために開き直った

女の逞しさと生きるエネルギーは圧巻ひらめき電球



ヘレン天津の波瀾の一代記を演じる中で

政治家が刺されるという殺人事件が起き

2幕はミステリー仕立てのなんと推理劇!?



舞台は一転し政治家先生の屋敷の一室。



登場する人物がみんな同性愛という設定は

犯人が誰かを突き止めるためだったはずが

実はヘレンの浮気を暴くことが本当の目的!?



さらに実はで吃音なのは政治家先生だけで

みんなはその治療のために付き合っていた!?



いやいやどこまでが芝居で何が真実なのか

頭を整理する間もなく舞台上の役者達は 



再び自分の言葉じゃない言葉を繰り返す

カタカナ国の発声練習に戻っていく。。。



"生命に差し支えるような病気ではないけれど

人間の尊厳には大いに差し支えのある病気で

吃音症は人間の精神に決定的損害を与える"



劇中では吃音をこんな風に表現していますが

建前と本音を使い分けるのは当たり前で



空気を読み過ぎて本音を言葉に出来ない

日本人を吃音患者と重ね合わせているよう。



"自由でありたいと激しく願いながら

私達は四方八方から束縛されて生きている"



チラシに添えられた井上さんの言葉ですが

上手に喋れなくとも自由に自分の想いを



言葉に出来る社会であるべきで心まで

縛られたくないという声が聴こえます。



"人々に何か届けたい、人々と共に生きたい"



"日本語で生きることの幸せや言葉で

生きることの幸せを観客と共有したい"など



そんな熱い想いとメッセージを込めて

数々の作品を創り続けた井上ひさしさん。



難しいことを優しく、優しいことを深く

深いことを面白く。。。言葉を扱う仕事を



生業に選んだ1人としてこれからも人が

優しくなれるように言葉を紡ぎたいです🍀



井上ひさしさんの「日本人のへそ」は

今年の夏にWOWOWで放送予定だそうで

もう一度じっくりと観たいと思いますニコニコ



やっぱり舞台は面白いビックリマーク観終わった後に

振り返る作業も私にとって豊かな時間音譜



長い文章にお付き合いいただき感謝チョコ