ひだまり | 町亞聖オフィシャルブログ「As I am」Powered by Ameba

ひだまり

毎週日曜あさ6時25分からOAの
ニッポン放送「ひだまりハウス」
〜うつ病と認知症を語ろう〜


おしゃべりマジックでお馴染みの
マギー司郎さんにお話を伺いましたニコニコ


オープニングで紙コップと鋏を使い
見えなくても音声だけで楽しめる
手品を披露してくれたマギーさんビックリマーク


どんなマジックかはオンエアをぜひ
聴いていただけたらと思います音譜


マジシャンということで手先が
器用かと思いきや実は子供の頃から
不器用だったというマギー司郎さん。


身体も小さく栄養失調のため右目の
視力もほとんどなかったそうです。


そのため1番前の席でも黒板の字が
見えないためどうしても他の子とは


違う行動をしてしまうマギー少年の
気持ちは先生には分かってもらえずあせる


終戦直後で日本全体が貧しくて
生きていくのがやっとの暮らしで


9人兄弟のうち5人がどこかに弱さを
持っていたと振り返るマギーさん。


100点満点の人生が幸せかというと
そうでもなく"弱さ"を持っているから
人の気持ちが分かるようになったと。


マギーさんが思い出すのは母のこと。


近所からのお裾分けを文句を
言いながらも受け取って酸っぱい


惣菜も水に漬ければ美味しいよと
工夫して食卓に出してくれたり


お味噌汁も自分で美味しかろうと
屈託なく言える母親だったそう。


ある日落ち込んでいるマギー少年を
お母さんが抱きしめてくれたことが


あったそうですが照れもあったと
思いますがふくよかな母親による
ハグは苦しくて嫌だったけれど


今考えると教育を受けていなくとも
母には生きる知恵があり言葉ではなく
どうすべきか本能で分かっていたと。


"みんなと違って良い"ということを
教えてくれたのも母親だったそう。


そんなマギー少年の運命を決める
マジックとの出逢いは小学生の時。


マギー司郎さん誕生のきっかけは
薬代を貯めて買った"知恵の輪"星


学校の休み時間に披露すると友達に
すごいと褒められて嬉しかったことや


怒られると思っていたお母さんも
"好きなのね"と理解してくれたことを
懐かしそうに話してくれました。


経済的な理由もあり中学卒業後
16歳で家出して上京し働きながら


マジックスクールに通っていた
マギーさんのマジシャンデビューは
なんとストリップ劇場だったそう。


その後の活躍は皆さんご存知の通りにひひ


マギーさんは50歳過ぎまで人の顔を
見て話すことが苦手だったそうです。


見えない右目が正面を向いておらず
気づいた人が気を使ってしまったり


心配をかけたくないと相手のことを
考えてしまって顔を見ずに話すことが
習慣になってしまっていたとのこと。


"弱さが大切"なことに気づいた
マギーさんは自分の弱点を隠さずに


「実は僕は手品が下手なの」と
正直にカミングアウトしたところ


お客さんが喜んでくれたそうで
おしゃべりマジックが誕生しますにひひ


目が見えない人が楽しめるマジックを
考案したのもマギーさんだからこそひらめき電球


4000年前のエジプトの壁画にも
刻まれている歴史のあるマジックアップ


トランプ、グラス、ロープなど
選択肢があるのも良いとマギーさん。


アメリカのロサンゼルスにある
世界中の一流マジシャンが集まる


奇術の殿堂"マジックキャッスル"に
招かれて舞台に立ったマギーさん。


このマジックキャッスルの方が
マギーさんのマジックを最初から
見ていてくれて実現したそうですクラッカー


語る言葉全てに優しさが溢れていて
こちらの力も抜けてくるから不思議。


"ひだまりで温もりたいよね人は。
縁側で柔らかく包まれて生きたい"


この番組の名前を褒めてくれた
マギーさんが"ひだまり"のよう音譜


幾つになっても生きるって楽しいから
追い込まれるほど頑張る必要はなく
自分を褒めて欲しいとマギーさんクローバー


弱さは強さになり優しさに。。。


ニッポン放送「ひだまりハウス」
マギー司郎さんのインタビューは
来月15日OAですのでお楽しみにラブラブ