令和8年3月21日(土)
松島市雄島③
島の南端には
頼賢の碑が
六角形の鞘堂の中に
納められている。
<頼賢堂>
ここに22年間住み、
その間ついに一歩も島を出なかった
という僧の頼賢は
見仏上人の再来
と崇められる。
高さ3メートルの碑の表面には、
まわりに雷文と唐草が施され
梵字とともに、
「奥州御島妙覚庵」
「頼賢庵主行実銘並序」
の文字が刻まれている。
本文は、
頼賢の徳を讃えたもので、
松島の古い時代の様子
も記載されている。
<頼賢の碑とその説明>
「妙覚庵敷」は、
見仏上人の修行する場所
(見仏堂跡)。
<妙覚庵敷碑>
享保17年(1732)になって、
僧良哉が一庵を建て、
六時念仏の道場にしたい
と懇願したのに応え、
瑞巌寺第105代天嶺性空が、
三万人からの布施を集め建立する。
その後、
荒廃して建て直される。
最後の堂宇は
瑞巌寺に移築され、
近年まで執事寮として
使用されていた。
雄島を訪れる人は、
私を含め数名。
<津波の痕跡も>
見応えのある島のひとつ
という印象。
雄島から見る松島の島々も、
<雄島からの松島>
<これまた美しい!






