令和7年11月15日(土)

日光市東照宮③

 大きな神社には、

「随身門(ずいじんもん)」

というのがあり、

寺院の仁王門に相当して

随身の像が置いてある。

  特定の神・人物ではないので

固有の名前はないのだ。       

 俗に

「矢大神」「左大神」

と呼ばれている。 
 唐門も国宝。 

<唐門>

全体が胡(ご)粉(ふん)で白く塗られ、 

「許由(ゆう)と巣(そう)父(ほ)」

「舜帝朝見の儀」

など細かい彫刻が施されている。
 奥社唐門は鋳抜門とも呼ばれ、

<奥社唐門>

扉部分以外を唐銅の鋳造によって

製造された門。
 「鋳抜」とは、

鋳型による製造工程の技法のこと。
  基礎となる扉部分以外の屋根・柱・桟

などの部分を鋳型で制作し,

「鋳抜」で型を取り出した事から

この名が付されている。
  奥社宝塔は、

徳川家康のお墓である。

<奥社宝塔>


 その近くに、

叶杉があり、

<叶杉>

参拝者がこの杉の祠に向かって

願い事をすると、叶うという。
     宝物館は移転していた。

<宝物館>

しかし、

お目当ての芭蕉句碑はそのままだった。

<芭蕉句碑>


  芭蕉の句は、当然、
「あらたふと  

  青葉わか葉の

    日の光」。 


 この先、

芭蕉のこの句碑の行く先を心配しながら

別れを告げた。