診断を受けた晩。夜は眠れませんでした。
日中診断があってから、ずっと家族といたから、翌朝、ちょうど一週間前の今頃、通勤電車で初めて一人になり、いろいろ考えていたら、涙が止まらなくなってしまい、慌てて静岡にいる姉と、主人にSOS。
LINEをして心を落ち着けようとしました。
仕事中の主人からはすぐには返信なく、普段帰る連絡くらいしかほとんどLINEもしないけれど、
昼休みに返信が来ていて、
「これからKが、できるだけ不自由の無い様に成長を見守っていくのが私達のつとめです。
泣くのも良いです。
しかしKの前では笑顔になろう!」
と励ましの内容でした。
この人は強いなーとおもいました。
実は主人は再婚で、前妻をガンで亡くしています。
子供はKが初めての子で、今回の診断に少なから主人は主人でショックを受けたとおもいますが、
やはり伊達に人生経験豊富でないなと思い知らされ、そして、やはりいざとなると頼りになる、この人との間にこそうまれた子で、二人で守らなければ、と少し前向きに思えました。
乗り越えられない試練は神様は与えないはずで、
きっと私たちだから、定型発達でなくても育てていけるはずだ、と選ばれたのだと思うことにしました。
しかし、まるで躁鬱のように気持ちはアップダウン。
帰りの車内では、今度は保育園は今のところのままでいいのだろうか。担任が若くて頼りないしなぁ。などとまた思い悩み始め。。
お迎えのときに、たまたまいたベテラン保育士をつかまえて、詳細は話さずに、発達障害に詳しい先生はいらっしゃるのか、単刀直入にたずねました。
すると、たまたまその先生がドンピシャでそれに詳しい人で、いろいろ話を聞いてくださいました。
その先生も子供がそうであったと話してくださり、親身になってこれからもなんでも相談にのるから、と言ってくださいました。
親のための相談センターなるところがあることも調べてわかり、戦友は意外とたくさんいるのかもしれないと、ほんの少し前向きになれた日でした。