先日、「経理の作業時間を半分にする究極の改善策講座(児玉尚彦先生)」という講座を聴いて来ました。講師の先生の話が非常に面白く、7時間の講座で15,000円は十分価値があったと思います。
その頃は丁度、決算資料関係のプログラムを作成していた時で、省略できる資料はないものかと検討していました。しかし、従来から継続して作成していた資料をどの程度省いていいものか、さして税務知識があるわけでもないので疑心暗鬼でした。もちろん省略する資料は税理士に確認してから作成を中止します。
「そんなやり方は間違っているよ!」と言われれば、「税理士先生の了解はもらっているんだからいいだろ! 申告書類には問題ないよ。」と心の中で叫んでみても、このやり方が方向として正しいものか、もう一つ自信が持てませんでした。(そりゃ、30年から作成してきた資料の作成をやめてしまうのだから、多少の心配はあります。)
講座では直接的回答は得られなかったものの、方向としては間違っていないし、大いに励まされました。
講座で説明されていたのは、
・経理事務はIT化で、誰でもできる作業になっていて、専門性がなくなっている。
・会社の主体業務ではなく補助業務なので、アウトソーシングの対象になっている。
・経理業務を行っている人は仕事がなくなってしまう。
といったようなことでした。
実際、うちの会社でも経理担当者は電算化を始める前は最大4人いましたが、今、2人でも仕事がありません。私自身は経理の集計作業はプログラムを作成しながら進めているので、最初は時間がかかりますが、しばらくすると、ボタン一つ押すだけの作業になってしまうので、経理業務に関する限り、だんだんひまになってきています。結局、決算資料のプログラム作成を会社で行えるほど、経理の日常業務に時間を取られることがありません。もう一人の経理担当者は70歳を超えていて、午後3時までの勤務です。相変わらず手集計していますが、私がAccessで作成した集計表が正しいか確認するのにその資料参照しています。その人も、電算化で手作業で作成した使われなくなった資料はだんだん集計するのをやめてしまい、かなり暇です。
どうしても記帳をやめない(やめれない)のは法定帳簿で、これは最終的には電算で印刷したものを保存しておくことになりますが、電算帳簿が正しいことが確認されるまでは手集計をやめないでしょうし、電算で印刷できるようになっても仕事がなくなってしまうので、記帳をやめないでしょう。
その頃は丁度、決算資料関係のプログラムを作成していた時で、省略できる資料はないものかと検討していました。しかし、従来から継続して作成していた資料をどの程度省いていいものか、さして税務知識があるわけでもないので疑心暗鬼でした。もちろん省略する資料は税理士に確認してから作成を中止します。
「そんなやり方は間違っているよ!」と言われれば、「税理士先生の了解はもらっているんだからいいだろ! 申告書類には問題ないよ。」と心の中で叫んでみても、このやり方が方向として正しいものか、もう一つ自信が持てませんでした。(そりゃ、30年から作成してきた資料の作成をやめてしまうのだから、多少の心配はあります。)
講座では直接的回答は得られなかったものの、方向としては間違っていないし、大いに励まされました。
講座で説明されていたのは、
・経理事務はIT化で、誰でもできる作業になっていて、専門性がなくなっている。
・会社の主体業務ではなく補助業務なので、アウトソーシングの対象になっている。
・経理業務を行っている人は仕事がなくなってしまう。
といったようなことでした。
実際、うちの会社でも経理担当者は電算化を始める前は最大4人いましたが、今、2人でも仕事がありません。私自身は経理の集計作業はプログラムを作成しながら進めているので、最初は時間がかかりますが、しばらくすると、ボタン一つ押すだけの作業になってしまうので、経理業務に関する限り、だんだんひまになってきています。結局、決算資料のプログラム作成を会社で行えるほど、経理の日常業務に時間を取られることがありません。もう一人の経理担当者は70歳を超えていて、午後3時までの勤務です。相変わらず手集計していますが、私がAccessで作成した集計表が正しいか確認するのにその資料参照しています。その人も、電算化で手作業で作成した使われなくなった資料はだんだん集計するのをやめてしまい、かなり暇です。
どうしても記帳をやめない(やめれない)のは法定帳簿で、これは最終的には電算で印刷したものを保存しておくことになりますが、電算帳簿が正しいことが確認されるまでは手集計をやめないでしょうし、電算で印刷できるようになっても仕事がなくなってしまうので、記帳をやめないでしょう。