下手の横好きで囲碁を並べてます。かれこれ20年位前に囲碁を覚えました。その頃は木谷一門全盛期で、石田芳夫、加藤正夫、武宮正樹、趙治勲、小林光一といった木谷門下が活躍していた時代でした。世界棋戦といってもまだあまりなく、NEC日中スーパーという団体棋戦がある程度で、日本、中国、韓国、台湾という囲碁がさかんな国でも日本が最強でした。しかし既に、その頃、日中スーパーでは聶衛平に「鉄のゴールキーパー」という名を成さしめてしまう状況ではありましたが、質、量を全体的に比較するとやはり日本がまだ強いと報道されていました。
囲碁を始めた当初は「星の定石を覚えなければならない。星の定石に詳しい高川格の本を読んだらいいよ。」と言われ、高川格先生の定石本を購入して並べていましたが、少し経つと丁度、現代囲碁名勝負シリーズ12巻「高川秀格」(講談社)が発売され、お経のように何度も並べたものでした。当時、武宮宇宙流が流行っていて、高川先生の星打ちとは違いますが、武宮先生の星打ち(三連星)は一世を風靡したものでした。その後、三連星は統計を取ってみると勝率が良くないという結果が出て、最近では三連星が打たれた棋譜をとんと見なくなりました。武宮先生も本因坊を趙治勲先生に奪取されました。趙治勲本因坊はその後、10連覇するのですが、その間、棋聖、名人を合わせ4度の大三冠を獲得するという前人未到の記録を残します。その趙治勲大三冠が国際棋戦で勝てないのだからいやになっちゃいます。
韓国の天才、李昌鍋の前に日本、中国、共に国際棋戦での成績がふるいません。世界囲碁選手権・富士通杯の歴代優勝者を見ると(左側が優勝者、右側が準優勝者)
第1回大会(1988年) 武宮正樹九段(日本) 林海峰九段(日本)
第2回大会(1989年) 武宮正樹九段(日本) 林海峰九段(日本)
第3回大会(1990年) 林海峰九段(日本) 聶衛平九段(中国)
第4回大会(1991年) 趙治勲九段(日本) 銭宇平九段(中国)
第5回大会(1992年) 大竹英雄九段(日本) 王立誠九段(日本)
第6回大会(1993年) 劉昌赫六段(韓国) 薫鉉九段(韓国)
第7回大会(1994年) 薫鉉九段(韓国) 劉昌赫六段(韓国)
第8回大会(1995年) 馬暁春九段(中国) 小林光一九段(日本)
第9回大会(1996年) 李昌鎬九段(韓国) 馬暁春九段(中国)
第10回大会(1997年) 小林光一九段(日本) 王立誠九段(日本)
第11回大会(1998年) 李昌鎬九段(韓国) 常昊八段(中国)
第12回大会(1999年) 劉昌赫九段(韓国) 馬暁春九段(中国)
第13回大会(2000年) 薫鉉九段(韓国) 常昊九段(中国)
第14回大会(2001年) 薫鉉九段(韓国) 崔明勲八段(韓国)
第15回大会(2002年) 李世ドル三段(韓国) 劉昌赫九段(韓国)
第16回大会(2003年) 李世ドル七段(韓国) 宋泰坤四段(韓国)
第17回大会(2004年) 朴永訓五段(韓国) 依田紀基九段(日本)
第18回大会(2005年) 李世ドル九段(韓国) 崔哲瀚九段(韓国)
第19回大会(2006年) 朴正祥六段(韓国) 周鶴洋九段(中国)
第20回大会(2007年) 朴永訓九段(韓国) 李昌鎬九段(韓国)
第21回大会(2008年) 古力九段(中国) 李昌鎬九段(韓国)
5回大会まで日本が優勝していますが、その後、韓国が抜群の成績を残しています。6回大会以降で日本の優勝は第10回大会の小林光一先生だけ、決勝に進んだものを含めても第10回大会の王立誠先生、第17回大会の依田紀基先生だけです。
今となっては「囲碁は日本が世界最強だ!」という人はいません。むしろ、若手が中国に行って修行してくるといったことも行われているくらいです。
囲碁が好きになったのは囲碁界に芸至上主義といったものがあって、芸が全てに優先するといった気分があるところです。昭和を代表する棋士と言えば、まず第一に呉清源と言って否定する人は誰もいないでしょう。その呉清源と言えば1928年に来日していますが、その年6月には張作霖爆破事件が奉天で起こっています。才能を育てるために日本棋院一丸となって当たっています。その呉清源が来日して成績を上げれば個々の棋士にメリットはないはずなのですが、そんな狭いことは言いません。芸の発展が優先します。そんな業界なので、国際棋戦で日本が勝てないといって問題視すること自体がおかしいのかもしれません。
もともと囲碁は中国から伝わったものです。起源をインドに求めることもありますが、日本へは中国から伝わりました。吉備真備が日本に伝えたといわれることもあります。昭和まで日本囲碁が世界最強だった原因をたどると、織田信長まで時代を遡ります。織田信長は坊主嫌いですが囲碁は好きでした。当時、日蓮宗僧侶の日海(本因坊算砂)を名人と称えて可愛がります。
豊臣秀吉も本因坊算砂に知行(二十石二十人扶持)を与えています。徳川家康も本因坊算砂に五十石五人扶持を与えています。また、家康は家元制度を作りました。(日本囲碁大系第一巻「算砂、道碩」より)
テーブルゲームを国が保護するという制度は世界的にも珍しく、江戸時代に飛躍的に囲碁が発展していきます。中国、韓国にはこの頃大きく水をあけていきます。明治時代に入って家元制度が崩壊、方円社を経て、大正時代にやっと日本棋院が設立されます。そして、戦後、韓国棋院、中国棋院が設立されます。
手前味噌かもしれませんが、1600年から終戦まで日本の囲碁の歴史が、世界の囲碁の歴史を言って過言ではないと思います。
三連星の武宮先生が本因坊を失って以来、囲碁に興味を失っていましたが、最近また、なんとなく囲碁を並べています。浦島太郎状態でコンピュータで囲碁を調べてみると、PC-9801当時なら数万円を出して購入しなければならなかった囲碁ソフトがフリーでダウンロードできます。また、タイトル戦なら各新聞社等のホームページからデータをダウンロードして何の苦労も無く棋譜を並べることができます。また、参考図も簡単に並べられます。こんな環境が労せずして与えられるのなら、使わない手はありません。以前なら、非常に並べにくかった新聞棋譜も今なら簡単です。何種類か棋譜管理ソフトはありますが、私はMultiGoを使用しています。
http://ruijiang.com/multigo/
日本語化パッチもあって非常に使い易いです。
http://multigo.client.jp/
ただ、新聞棋譜の場合、大抵6枚の棋譜に分かれていますが、毎日並べて120手位まで(第5譜まで)並べたところで残りは総譜を見ながら並べなければならないので、かなり面倒です。120手以降は総譜にゆずる位だから、大したことのないかというと、そんなこともなくて、ヨセで勝敗が決まることも非常に多いです。(プロのヨセを見てわかるのか、というと全くわかりませんが、そんなことを言うと初手からわかるわけないので、並べること自体が意味ないということになってしまいます。)
そんなことで、新聞碁の総譜用にプログラムを書きました。MultiGo用です。よかったら使ってみて下さい。
http://www.vector.co.jp/soft/winnt/home/se465852.html
囲碁を始めた当初は「星の定石を覚えなければならない。星の定石に詳しい高川格の本を読んだらいいよ。」と言われ、高川格先生の定石本を購入して並べていましたが、少し経つと丁度、現代囲碁名勝負シリーズ12巻「高川秀格」(講談社)が発売され、お経のように何度も並べたものでした。当時、武宮宇宙流が流行っていて、高川先生の星打ちとは違いますが、武宮先生の星打ち(三連星)は一世を風靡したものでした。その後、三連星は統計を取ってみると勝率が良くないという結果が出て、最近では三連星が打たれた棋譜をとんと見なくなりました。武宮先生も本因坊を趙治勲先生に奪取されました。趙治勲本因坊はその後、10連覇するのですが、その間、棋聖、名人を合わせ4度の大三冠を獲得するという前人未到の記録を残します。その趙治勲大三冠が国際棋戦で勝てないのだからいやになっちゃいます。
韓国の天才、李昌鍋の前に日本、中国、共に国際棋戦での成績がふるいません。世界囲碁選手権・富士通杯の歴代優勝者を見ると(左側が優勝者、右側が準優勝者)
第1回大会(1988年) 武宮正樹九段(日本) 林海峰九段(日本)
第2回大会(1989年) 武宮正樹九段(日本) 林海峰九段(日本)
第3回大会(1990年) 林海峰九段(日本) 聶衛平九段(中国)
第4回大会(1991年) 趙治勲九段(日本) 銭宇平九段(中国)
第5回大会(1992年) 大竹英雄九段(日本) 王立誠九段(日本)
第6回大会(1993年) 劉昌赫六段(韓国) 薫鉉九段(韓国)
第7回大会(1994年) 薫鉉九段(韓国) 劉昌赫六段(韓国)
第8回大会(1995年) 馬暁春九段(中国) 小林光一九段(日本)
第9回大会(1996年) 李昌鎬九段(韓国) 馬暁春九段(中国)
第10回大会(1997年) 小林光一九段(日本) 王立誠九段(日本)
第11回大会(1998年) 李昌鎬九段(韓国) 常昊八段(中国)
第12回大会(1999年) 劉昌赫九段(韓国) 馬暁春九段(中国)
第13回大会(2000年) 薫鉉九段(韓国) 常昊九段(中国)
第14回大会(2001年) 薫鉉九段(韓国) 崔明勲八段(韓国)
第15回大会(2002年) 李世ドル三段(韓国) 劉昌赫九段(韓国)
第16回大会(2003年) 李世ドル七段(韓国) 宋泰坤四段(韓国)
第17回大会(2004年) 朴永訓五段(韓国) 依田紀基九段(日本)
第18回大会(2005年) 李世ドル九段(韓国) 崔哲瀚九段(韓国)
第19回大会(2006年) 朴正祥六段(韓国) 周鶴洋九段(中国)
第20回大会(2007年) 朴永訓九段(韓国) 李昌鎬九段(韓国)
第21回大会(2008年) 古力九段(中国) 李昌鎬九段(韓国)
5回大会まで日本が優勝していますが、その後、韓国が抜群の成績を残しています。6回大会以降で日本の優勝は第10回大会の小林光一先生だけ、決勝に進んだものを含めても第10回大会の王立誠先生、第17回大会の依田紀基先生だけです。
今となっては「囲碁は日本が世界最強だ!」という人はいません。むしろ、若手が中国に行って修行してくるといったことも行われているくらいです。
囲碁が好きになったのは囲碁界に芸至上主義といったものがあって、芸が全てに優先するといった気分があるところです。昭和を代表する棋士と言えば、まず第一に呉清源と言って否定する人は誰もいないでしょう。その呉清源と言えば1928年に来日していますが、その年6月には張作霖爆破事件が奉天で起こっています。才能を育てるために日本棋院一丸となって当たっています。その呉清源が来日して成績を上げれば個々の棋士にメリットはないはずなのですが、そんな狭いことは言いません。芸の発展が優先します。そんな業界なので、国際棋戦で日本が勝てないといって問題視すること自体がおかしいのかもしれません。
もともと囲碁は中国から伝わったものです。起源をインドに求めることもありますが、日本へは中国から伝わりました。吉備真備が日本に伝えたといわれることもあります。昭和まで日本囲碁が世界最強だった原因をたどると、織田信長まで時代を遡ります。織田信長は坊主嫌いですが囲碁は好きでした。当時、日蓮宗僧侶の日海(本因坊算砂)を名人と称えて可愛がります。
豊臣秀吉も本因坊算砂に知行(二十石二十人扶持)を与えています。徳川家康も本因坊算砂に五十石五人扶持を与えています。また、家康は家元制度を作りました。(日本囲碁大系第一巻「算砂、道碩」より)
テーブルゲームを国が保護するという制度は世界的にも珍しく、江戸時代に飛躍的に囲碁が発展していきます。中国、韓国にはこの頃大きく水をあけていきます。明治時代に入って家元制度が崩壊、方円社を経て、大正時代にやっと日本棋院が設立されます。そして、戦後、韓国棋院、中国棋院が設立されます。
手前味噌かもしれませんが、1600年から終戦まで日本の囲碁の歴史が、世界の囲碁の歴史を言って過言ではないと思います。
三連星の武宮先生が本因坊を失って以来、囲碁に興味を失っていましたが、最近また、なんとなく囲碁を並べています。浦島太郎状態でコンピュータで囲碁を調べてみると、PC-9801当時なら数万円を出して購入しなければならなかった囲碁ソフトがフリーでダウンロードできます。また、タイトル戦なら各新聞社等のホームページからデータをダウンロードして何の苦労も無く棋譜を並べることができます。また、参考図も簡単に並べられます。こんな環境が労せずして与えられるのなら、使わない手はありません。以前なら、非常に並べにくかった新聞棋譜も今なら簡単です。何種類か棋譜管理ソフトはありますが、私はMultiGoを使用しています。
http://ruijiang.com/multigo/
日本語化パッチもあって非常に使い易いです。
http://multigo.client.jp/
ただ、新聞棋譜の場合、大抵6枚の棋譜に分かれていますが、毎日並べて120手位まで(第5譜まで)並べたところで残りは総譜を見ながら並べなければならないので、かなり面倒です。120手以降は総譜にゆずる位だから、大したことのないかというと、そんなこともなくて、ヨセで勝敗が決まることも非常に多いです。(プロのヨセを見てわかるのか、というと全くわかりませんが、そんなことを言うと初手からわかるわけないので、並べること自体が意味ないということになってしまいます。)
そんなことで、新聞碁の総譜用にプログラムを書きました。MultiGo用です。よかったら使ってみて下さい。
http://www.vector.co.jp/soft/winnt/home/se465852.html