最近、早川書房の「アップル」という本を読んでいます。
創業者のスティーヴ・ジョブズが去って、再び復帰するまでのアップルがいかに経営されたかが書いてあります。
私が学生時代、アップルはまだAppleⅡ(?)の時代で機械系の学部にいたこともあり、コンピュータは機械計測、制御といった使用のされかたをしていました。まだ、ソフトは買うより、自作が主体の頃でした。そのため、アップルは「何にもできないけど、何でもできる」という言い方をされていました。
そうこうしている内にマッキントッシュが発売されました。非常に高くて30万円以上したように思います。ディスプレイ一体式の箱型でPCというより、おもちゃっぽい印象でした。使ったこともなく、値段が高いということもあり、全く興味もありませんでした。
最近になって、iPodがやたら人気で、娘までiPodをほしがる始末。たまたま、ノートPCを持っていた人がBookMac?でiTuneの画面を見せてもらったりして、「マックって、こんなんだ!」と何となくマックを良く聞くようになりました。
以前、古本屋で一冊300円×2冊で買った、「アップル」(ジム・カールトン著)を取り出してきて、行き帰りの電車の中で読み始めました。スティーブ・ジョブズが会社を離れるところから話しが始まります。1980年代後半からです。「そうなんだ、昔はこうだった。」。モトローラ製CPU、そんなんあったよな。リニアなメモリー空間でIntel製CPUより優れている、と言われているにもかかわらず、なぜかマイナーなCPU。
「アップル」を読んでみると、マッキントッシュの時点でアップルはGUIとネットワーク(Apple Talk?)を実現しており、マイクロソフトでいうとWindows95相当の機能を1980年後半時点で実用化しいました。約7年は先行しており、その期間は完全にアップルが業界の先進的な立場にいたわけです。マイクロソフトはIBMとWindows×OS/2の抗争もあり、PC/AT互換機が大半のシェアを持っていたとしてもディスクトップパブリッシングを始めとした、グラフィック主体の機能では、アップルに相当、水を空けられていました。(今でもグラフィック関係の業務ではアップルが主流ですが、この本でも言われていますが、それはニッチな市場です。)
1980年代後半のアップルのシャアは20%位はありました、それがGUI搭載マックの高級機指向で、高い利益率を重視するあまり、シャアが軽視され1992年で8%まで落ち込んでいます。今、どうかというと5%を切っています。7年間先行していながら、市場を制覇できなかったわけです。
どうしてこんなことになってしまったか、ということがこの本のテーマですが、理由は色々あります。
GUIを実現したOSを開発しているのですから、優秀な技術者が揃っていたということは想像するに難くありません。実際、実用的なコンピュータを最初に開発した企業として、アップルは技術系の学生にとっても非常に人気の企業でしたし、何もしなくても優秀な人材が集まってくるような状況でした。また、技術者を非常を大変優遇していました。チョット日本の企業では考えられないくらい好条件です。
そういった優秀な技術者の思うように開発させていれば、良い製品ができ企業としても業績が伸ばせていけるといった考えがその頃のアップルでした。有象無象に深淵なテーマに取り組み、結局場市できないで、開発費を無駄にする。その繰り返しです。
技術者を市場を見据えた製品開発に向けて、一丸となって取り組むという経営方針を打ち出すことができませんでした。そのため、マッキントッシュ発売以降、猛追してくるマイクロソフトに追いつかれてしまいました。高価なMacは安価なPC/AT互換機とはっきりした差別化ができなくなってしまったのです。