おっぱいトレード -8ページ目

おっぱいトレード

おっぱいが幸せだと受け入れるってちょっと楽しいよね。

パチンコを止めた僕。



その止めたという定義は実はとても聞く人によっては曖昧で
なんて伝えていいのかわかりませんがひとまず書いていきます。



まず、パチンコ止めたと言いましたが、それ以降打ってないかといったら
すいません、打ってます。


全然止めてないじゃないか!とお怒りの諸兄方。少しお聞き願いたい。



本当に曖昧で申し訳ないんですけど、今の自分の気持ちは
パチンコしてもいいんだけど、依存症にある強迫観念がないんです。


もうパチンコ打ちたくてしょうがないー!ってあのもやもや感。
これが全然ないんですよ。



なので別に行ってもいいのですが、行っても抜け出せないくらい打つ事はないなと。
なぜそう言えるかといいますと、勝てる仕組みを覚えたから。
これが大きい。



昨今、近場の店に適当にいってもまず勝てる見込みのある台を探すのが難しい。
さらにスロットと違いパチンコは見た瞬間にほぼ答えがわかりますから
スロットに置き換えると設定1とかかれた台に自分から座る気にならないって感じです。



なので去年の暮れや正月も実は行ったのですが、それは友達と一緒にノリで打ってたので本当にアミューズメント感覚でやっていたというのが正しいです。



で、勝ったらその浮いたお金で美味しい物とかみんなで食べたりしました。
ここにもう一勝負!とか倍プッシュ!とかそんな気持ち微塵もありません。



今もたまにパチンコ屋に入ったりして台をみますが別にさほど打ちたいとも
思いませんし、そもそも打てる台がないといった方が正しいかもです・・・

つまるとこ禁パチと称してやってきましたが、最終的には禁する必要がなくなった
というとこに落ち着きました。


行きたいけど行かないんじゃなくて、行っても行かなくてもいいみたいな。

人間は禁止されると欲求がでてきちゃいますよね。


その禁じられる行為をいかに違うものへ向けていくか。
そうやって禁パチできた人を僕は尊敬しますし、すばらしいと思います。


僕の場合はとことんパチンコに頭まで浸かって一気に反動で抜け出すみたいな
感じだったので、ここが人に勧めていいものなのかといった感じなのです。



ただ、僕のやり方だと禁パチに対するストレスはまったくありません。
僕みたいにストレスに弱い方、我慢できない方はあえて茨の道に行っても
いいんじゃないかなと。まぁ飽きて死ぬほどパチンコできますよ。
パチンコ以外の作業も多々あるのでお勧めしませんけど。



ひとまず僕が気持ち的に「あぁ、止めれたな、俺」という状態に至った経緯は
こんな感じです。パチンコにそこまで興味が無くなって囚われなくなります。

ここで一回区切って、次回はこのやり方を友達に教えた話でも
書いてみたいと思います。

11月のとある日。
一人の女性と知り合いました。


その女性はとてもギャンブルは嫌いとのことでした。
僕が何故彼女がそこまでギャンブルが嫌いなのかを聞いてみると
一つは今まで付き合ってきた男性がみんなギャンブル好きだったということ。



そして、女性の母親がパチンコが原因で人格が変わるほどの
ギャンブル依存症になってしまったからだということでした。



彼女はとてもお母さんの事が好きで、今でもギャンブルをやる前に
戻ってほしいと切に願っているのですが、僕は自分の意思で変わらない限り
この病気は人にはどうすることもできないということを身をもって経験しているので
その母親自身が気付かない限り無理だという事がわかっていました。




しかし初めてギャンブルをしている家族に苦しめられている人と出会った事で
自分自身を凄い見つめなおしたんです。


これがパチンコ熱が冷めてない状態なら、やはりどこか他人事で話をきいて
結局何も変わらなかったかもしれませんが、今の僕はパチンコにとても冷めていて
この無価値(これは僕の主観です)な行いに何の生産性も見出せないでいましたから
この時の彼女の話がとてもすんなり自分の中に入ってきた気がします。



そしてもう一つが自分の行っていた店に勝てる台がほとんど無くなってしまった。
これも非常に大きかったです。



僕がよく行く店でとあるカップル(もしかしたら夫婦)のプロがいました。
毎日同じ台を同じ時間まで打っていたのですが。(仕事終わりとかに行くと毎日会ったので)
この二人、始め知り合いだと思えませんでした。


二人とも同じ格好で同じように打っているのに何故知り合いと思えなかったのか。
それは会話がないんです。


一回だけ朝一に並んだときに一緒に並んでるをみてやっぱり知り合いだと
思ったのですが、その時も一切会話なし。


打ってる時、普通カップルなり打ってたら当たりやすいリーチがかかったら
二人でわくわく液晶を見るものです。


しかしこの二人に関してはいくらビックリな当たり方をしようが大連ちゃんしようが
まったくの個人プレー。相方にはなんの興味も無いそぶり。


今まで一緒にパチンコ打てる彼女がほしいと思っていた僕の熱も一瞬に冷めました。

11月半ばの少し寒くなってきた日曜日。

いつものように並び、いつものように打ち、昼前に十分な出玉を出しました。

僕は心の中でいつも決めていたことがあります。


以前の日記でも書きましたがその台をやめる基準は


・価値が無い台
・時間が許される限り


このどちらかに当てはまらない限りはその台を出玉がある状態で
やめることはありません。


しかしもう一つだけ僕には止める基準がありました。

それは。



「もうパチンコを本気で打つのをやめる」



なんでこんな書き方かというのは後述しますが
ここで止めたらもうパチンコやらないという基準。



確か14時くらいでした。


わりと大きめな連荘が終わり、僕は一息つくと


「止めで。」


店員さんをコールで呼び、僕は出玉を流すのと


パチンコを止める両方を含んだ意味で終わりを告げました。

次で僕の回顧録編はラストですー!


つづく。

勝ち続ける10月。
もう行けば勝てる。



驕り高ぶった本当に胸糞悪い印象を与えて申し訳ないのですが
そんな勝ちまくる中で僕はあることに気付いてしまったのです。


パチンコ、楽しくない。



もうこれには自分も本当にビックリしました。
今まで負けて辛くて何度も止めたいと思ってたパチンコが
ついに勝てるようになった途端つまらなくなったんです。



というのも、この正攻法というやり方を突き詰めていくと
単純な作業が非常に多く、その作業を楽しみながら出来る人と
やってくなかでつまらなさを感じる人と分かれるとおもうんですよ。



僕は後者のだんだんとツマラナクなっていったクチでした。
勝ってるわけですから資金も豊富にあります。


通帳にお金を入れていくのは楽しいです。
しかしその得たお金がパチンコで?この作業で?
と何度も自分に投げかけていたのを思い出します。



末期の方になると、パチンコを朝から打って→昼くらいには
今日の勝ちが確定するくらい出た場合。


正攻法を知ってる方ならわかるとおもいますが
基本止めるのはその台に価値がないことがわかったときか
時間許す限りの全ツッパなので、そこから閉店までの10時間以上が
玉を飛ばすだけの作業になります。



これをほぼ毎日やるわけですから、最後の方なんて座った瞬間に帰りたくなります。
もう当たった瞬間くらいしか楽しい時なんて無いです。

演出にも一喜一憂そこまでしなくなります。


外れたら「あぁ、残念」とわりと他人事の用に見れるようになりますし
夕方くらいに全部出玉が飲まれたら

「お、今日は早く帰れそうだ」

とか、いかに早く帰れるかを願うようになります。


もう完全におかしいですよね、この心理。



つまり本当にパチンコが面白くなくなるんですよ。
やっぱ人間、負けて負けてくやしい気持ちがパチンコを
アツく面白くさせるのかと思うんです。



そんなアツさが微塵もない作業。
だんだん自分がいやになってきます。
基本、10時間以上ヒマですから嫌でも将来の事とか考えます。



このままでいいのか?


あんた、それでずっといくのかい?



こんな心理状態でうつパチンコが楽しいわけが無い。
で、勝ちのパターンを掴んできてるから負けても
まーこんな日もあるさと心が動かされない。



だんだんパチンコの呪縛が消えてきて、それでも
一応お金は手に入るから習慣で行ってしまう。


そんな習慣を断ち切る2つの出来事が僕を完全に
パチンコ依存から脱却させたと思います。



つづく。