おっぱいトレード -31ページ目

おっぱいトレード

おっぱいが幸せだと受け入れるってちょっと楽しいよね。

ブログネタ:今、疲れてる? 参加中
本文はここから

こんにちは、macchanです。
みなさん、疲れてますか?おら、疲れてるんだろう。ウリウリ・・・・
そんなこと言う人がいたら、こう言ってあげてください。


「疲れてません、元気です」


この一言。これがいえるようになったら凄いです。


疲れたよって言葉。
まぁ体が疲れたら、「疲れてますねー」でもいいんです。
でも、心を疲れさせるのはいけません。


心を疲れさせるのは何も人から何か言われたからとか
精神的なショックを受けたとかそういう方面からだけじゃないんです。


「疲れたなぁ」


この、一言を発したが最後、心は疲労してしまいます。
これも、言葉の力という不思議なものなのですが。


疲れた、疲れたと言ってると心がどんどん疲れてきます。
発した言葉を受け取った脳が「自分は疲れているんだ」
とどんどん認識していきます。


ですので、心が疲れても「疲れた」とは言わない方がいいです。
でも言っちゃいますよね。中々言わないのは難しいと思います。
そういうときは


「疲れた、けど精一杯やったから気持ちいい」
「疲れた、でも色々経験できて良かった」


最後を肯定的な言葉で締めくくるようにすると良いと思います。
最後が何か。肯定的か、それとも弱弱しい消極的な言葉か・・・
この締めくくりをなるべく明るくポジティブにしていくと
心が疲れにくくなります。


まぁ、現代社会で心が疲れてないって人はあんましいないと
思うのですが、疲れてはいるけどそれをわざわざ言葉にだして
疲れを倍増させることないですよってお話でした。


仕事を一緒にやった人から「疲れた」ってきくよりも
「疲れたけど、精一杯やったから清清しいっすよ」くらい言った方が
聞いた方も元気になると思います。・・・でもこれはちょっと体育会系なノリかも。


ビリーブートキャンプのビリー隊長も、7日間プログラムをやっている時
よく「元気になる言葉」を発しながらトレーニングするそうです。
(何かの雑誌で見ただけで、私はやったことはないですが・・・)


あれもただ7日間プログラムを漫然とやるってことじゃなくて
そういう精神面的な部分もポジティブに鍛えていこうという考えが
あるんじゃないかと思います。


体が疲れても、心は疲れさせないでいきましょう。
「疲れない、疲れない♪元気っすよ!」

こんにちは、macchanです。
台風の影響か、午前中は雨が結構降っていたのですが
今は日が出て清清しい日よりとなりました。



どんなに雲がかかっていようとも
雲の上には太陽がある
厚い雲もいつかは消えて
必ず陽の光が照らすから

それと同じで
どんなに気持ちが曇っていようと
心配しないで
必ず気持ちも晴れ渡る時がくるから



などと、のたまいながらぼんやり外を眺めていたら
また曇ってきやがった。。。



まぁ、気持ちなんてものはコロコロ変わるもので
昨日ニコニコだったのに、今日はムカムカするわ!?
的なことはよくあることだと思います。



それくらい人の気持ちなんてものは移ろいやすく
また、脆くもあり、一時の感情だけで
人をばーっっと傷つけてしまうこともあります。



パチに行きたい感情なんかも、ぶっちゃければそれと同じで
「行きたい行きたい、行きたいですわよーーー!」
って気持ちが大車輪してようが酒池肉林だろうが
1日経つと至極落ち着きを取り戻し、昨日の気持ちはなんだったんだ・・・
と思うわけです。



ですので、我欲が出てきてもそれは一過性の嵐のようなもので
その嵐がやむのを、じっと待てば晴れ渡る日常がまた戻ってくるという話。



ただ、気持ちの高ぶりというものは中々制御ができないもんで
一度そういう気持ちになると、その感情に飲み込まれてしまう
のが大体だと思います。
まぁ、制御できてりゃリバウンドなんかしてないって話ですぜ。



そこで、感情を上手くコントロールする。
でもただ押さえつけるだけじゃ難しいですよね。



パチ行きたいようぅ。って気持ちを「ふんぬらばっ!」って上から
むりやり押さえつけても、抵抗があればあるほど人はやりたく
なっちゃうもんですから。
愛し合う二人が抵抗にあえばあうほど惹かれあい、駆け落ちして
しまうのと同じです。



あらぬ感情に溺れ、行動するのは人ならざりけり。
なんていうのは私が勝手に言っただけですが。
じゃあ、そのあらぬ感情をどうやったら抑えられるのか。



キーとなるのは押さえるではなく抑えるです。
そう、やはり感情が出てくる所自体から
あらぬ感情が出てくる量を抑えていくのが自然な方法かと思います。



心の栄養でもちょっと話しましたが
心のアンテナ(幸せ感度)が鋭敏になってくると
あらぬ感情がでにくくなります。



あらぬ感情とは我欲です。
我欲とは、その人が足りることを知らない時にでてきます。
幸せとは足りることを知る。つまり、幸せであるなら
そこまで度の外れた欲はでにくいということです。



もうちょっと分かりやすく言うと。
会社からへとへとになって帰ってきたとします。
家に帰ってご飯を食べたい。この時に「さんまの開き」が夕飯だったとします。



さんま好きな人には伝わりにくいかもしれないですが
まぁ、そのさんまの開きを見て「なんだこんなもん」とか言っちゃう。
ビールが出てこないと「なんでビールが出てこないんだ」とか言っちゃう。



そこにはまったく感謝という気持ちがありません。
というのも、これを我欲で分析してみると。



さんまの開きに「こんなもの」とか言ってしまう
>へとへとで帰ってきたんだからもっと脂っこい肉が食べたい。
>あぁ~つまんねぇな。幸せじゃないな。



ビールがでてこない
>なんで晩酌のビールが無いんだ。ふざけるな。
>ビールくらい注ぐのが当たり前だろ、幸せじゃないな。



食事が出てくること、ビールをつがれることが当たり前になってるんです。
そこに感謝はないので、その当たり前が崩されると、もう心は嵐のような
不満や怒りで一杯になります。


こういう小さな思い。これが危険で、人間は些細なことでもそれが
日常化してしまうと、別の場面でも同じような考え方をするように
なります。感謝がないことが習慣化されてしまう例です。



ところが、これを感謝という気持ちで
食事が食べられるだけでありがたい。ビールも冷蔵庫にあるんだから
自分で注げば飲めるじゃないか。買っておいてくれただけで
感謝で一杯だよ。幸せなんだ。とこう思えれば、度の外れた欲望もなく
我欲はほとんど出てこなくなります。



もちろん、欲望がいけないわけじゃないです。
欲があるから人は成長できるし、生きてもいけるんです。
ただ、我欲を剥き出しにして相手のことを省みないことを
したり、自分をボロボロにするような欲は良くないってことです。



我欲が出やすいのは、その人が我欲がでやすい生活をしており
それが習慣化されているからだと思います。



つまり、我欲が出にくい生活に少しずつ変えていく。
そうして、だんだんそれが習慣化されていくと、心に嵐が吹き荒れる
回数もだんだん減ってくると思います。



そして、我欲をでにくい習慣を作るには・・・
核心は滅茶苦茶簡単です。
やはり、それが感謝なんです。



感謝せよ、感謝せよ。っていう事くらい知ってると思いますし
偉い人はみんなそういうこと言ってます。



この感謝せよ、というのは人が何かをしてくれたら
ありがとうって言うとかそういうことなんですが
感謝する意義。感謝するとどうなるのか?



感謝するっていうのは、人によく思われようとか
媚びて株をあげておこうとかそういうもんじゃないんです。



自分を幸せにしてあげる為に感謝するんです。



良いでしょうか、人に感謝するのは自分を幸せにする為なんです。

「人に感謝することによって、自分自身が幸せになる」

ということです。



感謝が出来ないということは、その事に不満を感じている。
またはそれが当たり前のことになっている。



周りに感謝することがないなんて絶対嘘ですよ。
一人で生活してるって人。感謝する人なんかいないと思ったら
身の回りの物は誰かが作り出したから今、豊かに生活できている。
こういう風に考えれば何にでも感謝できるんです。



で、最初は中々難しいけど少しずつ感謝することに
慣れていこうってだけなんです。
最初はホント、別に物でもいいんです。
歯ブラシでもなんでも、ありがとうって言ったらいいんです。



人間はそれが習慣化されないと中々無意識にはそういうことは
できないんです。
で、やっぱり初めは練習がいるんですよ。
初めからできちゃう天才なんか目指す必要ないんです。
感謝の天才にはなれなくても、感謝の達人になればいいんです。



何かをされたらありがとう。
でももっと良いのは当たり前の事にありがとうと言えるか。
これが言えた時、人生はぐっと見違えるほど幸せになります。



心のアンテナとは、そういう感謝の気持ちをもって
些細なことでもどんどん幸せというエネルギーを受け取る
受信機なんです。感謝すればこの受信機はどんどん精度が
よくなっていくんです。



つまり、感謝する事で結局自分にプラスになって返って来るんですよ。
感謝すれば自分が幸せになるんです。
そして、自分が幸せになって初めて、人を幸せにしてあげてください。



幸せじゃない人が人を幸せにはできません。
自分を愛すとは、自分を幸せにしてあげることです。
そして、幸せになったら今度は周りの人とかは
幸せにしてあげてください。



そして、偉くなりたい人。また、管理職とかで人の上にいる人は
先感謝(さきかんしゃ)してください。
先感謝とは感謝される前に感謝するという意味です。



偉大な人。感謝されるような凄い人ほど、それ以上の感謝をしてるんです。
人を感謝するような心が愛に満ちた人だか
偉大な人だと人から敬われるんです。



感謝しない人は、感謝されないのです。
感謝せずに出世とかしても、人はついてきません。
ついてきても、心の中じゃ良く思われていないと思います。
気をつけてください。後感謝ではなくて先感謝です。。



感謝が出来ないって人は、結局自分に返ってくることを思いながらでも
いいから感謝してみると良いと思います。
見返りのない施しじゃないですが、見返りのある感謝です。


そして、その見返りは卑しい気持ちではなく、自分を幸せにしてあげることから
でる気持ちなので、別に悪いことではないと思います。



やらないくらいなら、上記のような気持ちでもやってみると
案外、慣れてきたらそんな気持ちがでなくても感謝できるようになりますよ。



私自身も感謝の達人になる為に、日々精進してます。
あんまりこういう事いうと変な人に思われちゃうのですが
すでに変な人なので言っちゃうと



私、会社に来る時に「エレベーター」に
「おはよう、いつもありがとね」って言ってるんです。
もちろん誰も乗ってないときですよ。。。



でも、こういうこと言うと気持ちがなんか
ふわっっと明るくなるんです。
物にありがとうっていうと、その物質が持っている
幸せエネルギーを貰ってるような気がします。



だから、物でもなんでもありがとうっていうと
幸せエネルギーは貰えるわ感謝の達人になれるは一石二鳥です。



この話は信じなくてもいいんです。相当「?」な話ですので。

私が勝手に感じてることなので。
こういう考えが面白そうだなって人だけ、試してみてください。



いつも読んで頂きありがとうございます。



~~~~~
後記

最近、当ブログからヤフーやグーグルなど「検索エンジン」で訪問して頂ける
人が増えてきました。


検索ワードなんかも、いつも見ながら楽しませてもらってます。

ここで検索ワードを少し紹介させて頂きます。



やはりダントツに多いのが

「禁パチ」


まぁ、このキーワードは随所に散りばめられていますので
すぐに引っ掛かると思います。


そして、2位です。




「いつもだめお」


だ・・・だめさんのキーワードで私のブログに飛んできている方が
いらっしゃいます。
いつもだめおさんとは、私がブログを作ってまもないころに
知り合った、初期の頃からのブログ仲間さんです。



「いつもだめお」の禁パチ、禁スロ。ブログ☆★
http://ameblo.jp/kinpachi0918/



キーワードは いつもだめお _| ̄|●


以下は、ちょっと気になったキーワードです。



「ご主人様 パチスロ 禁パチ 禁スロ」

これだけ見るとメイドの臭いがぬぐえません。


「禁スロ 悔しい」

その気持ち、ご察しします。
もし、まだ閲覧していましたら一緒にがんばりましょう!



「風船」

風船ってなに!?



「露出エロ画像」

当ブログにエロの要素は一切ありません。
どなた様もご安心してご閲覧ください。



また、気になるキーワードがあったらご紹介いたします。
おあとがよろしいようで。。。


こんにちは、macchanです。
今日は心の栄養という話をしてみようかと思います。



皆さん(私も含めて)は体に栄養を与えていると思います。
まあ、簡単にいえば食事してるってことなんですが。



体に栄養を与えて、体を作ったり健康を維持したりするの
ですが、心に栄養って与えたことありますか?



いや、心に「ほれ、食え」って食べ物与えるとかそういう話じゃ
ないんですが、心にも栄養を与えるという話を少し
私の考えを含みながら話してみようかと思います。



あ!Googleで「心の栄養」と検索をかけると約266,000 件くらい
ひっかかります。結構こういう内容の話は沢山あるので
興味がある方はググってみてくださいね。(使い方あってる?



(ちなみに「macchan」でググると、2件目に当ブログがでてきます。
1番目は歴史資料ネットワークさんというHPです。。。。)
~閑話休題~



初めに、心にも栄養を与えてあげないとどんどん弱ってしまいます。
心が弱るというのは、気が乗らないとか何をしても楽しくないとか
そういう気分の事だと、とりあえず思ってください。



体に栄養を与える時は食事です。
では、心の栄養は何を与えればいいのでしょうか。



私の中では、自分が「あ、心が弱ってるな、ちょっと元気がないな」って思うと
すぐに「幸せだぁ」とか「楽しいなぁ」と言いながらニコニコするようにします。
言霊という言葉の力を借りて、言葉の響きを心に与えながら
なおかつニコニコと笑顔を作る。



言霊の話は以前にしましたが、このニコニコ笑うというのにも
かなり重要な意味があります。



それは、似つかわしくない状況をむりやり作るということです。
具体的にお話しますと、元気の無い人間に似つかわしくないのは笑顔です。
似つかわしくない(空回り)状況を作り出すと頭が混乱します。
頭は混乱するのが嫌いなので、笑顔になった自分を正当化するために
「あ、楽しい時なんだ」という気持ちを心の奥底から「ふわっ」と
だします。



もし、何気なく笑顔になってみる経験がなかったら

10秒だけ、私に時間をください。



いいですか?

唇の両端を上げて、目を優しい感じにしながら

にっこり笑ってみてください。

その状態を10秒程度維持してください。



その時に、心がどんなふうになったかを意識して感じてください。

ふわっと心が楽になりませんでしたか?



これは、ニッコリするのが、過去の体験ファイルから「楽しい時」にすることだと

潜在意識さんが選んで、その体験したときの気持ちを

ふわっと呼び起こしたからだと思います。



そしてこの「ふわっ」とでてくる気持ちは、心のアンテナと勝手に呼んでいますが
これの感度が良いと、さらに楽しいなって気持ちを大きく感じることが
できます。



心のアンテナは、心が消極的な考え方をしている限りは非常に感度が
弱く、その為に感度が弱いと何をしても楽しさ(というか感受性)を
感じづらくなります。



心に栄養を与えていくと、この心のアンテナの感度がドンドンよくなり
自分の周りにある幸せなこと、楽しいことに気付きやすくなります。
もしかしたら、夢もみつかるかもしれません。



心に「おそれ・不安・愚痴・泣き言・自己嫌悪」などの消極的な気持ちを
与え続けると、心のアンテナの感度はどんどん弱くなり
楽しいことや幸せなことがあっても、それを受け取る受信機がノイズ交じりなので
全然心に伝わってこなくなります。



これでは悪循環になり、どんどん楽しい事や幸せな気分がなくなってしまいます。



心に栄養を与えるとは、そういう悪循環を抜け出して

心のアンテナ感度を良くしながら、どんどん幸せになっていく。

こういうことなんじゃないかなと思います。



そして、私は【「心がふっと楽になること」=そういう行動や行い】
が自分にとっての心の栄養になると思ってます。


ただ、色々あるんです。

食物と同じで心の栄養の与え方も好き嫌いがあると思います。



私の中で体に栄養は色々な食物(好きなものとか)を食べる。
心に栄養は笑顔を作ったり、楽しくなる言葉を呟いたりする。
それで心がふっと楽になるんです。



そして、栄養を与えると、些細なことでもどんどん楽しくなったりします。
幸せも凄い感じるようになります。



「最近、楽しいことが何にもねぇなぁ」とか、ふと言ったり思ったりしてる人は
心に栄養を与えているだろうかと、ちょっと考えてみてください。



心がガリガリにやせ細って、さぁ幸せになるぞって思っても
幸せを作る栄養分(感じる心)がなければ幸せとは思えません。



人間は有機物から栄養という恩恵を頂きます。
しかし、心に栄養を与えるのは自分自身でいくらでもできると思います。
もちろん、人それぞれ与え方があるので、一概には言えないですが。



ですので、もし「心が疲れている」時は
意識して心に栄養というものを与えてみてください。
「心がふわっと楽になること」これがキーワードです。



良かったら、あなたの栄養の与え方もコメント待ってます。
ありがとうございました。