こんにちは、macchanです。
久々に平日結構な勢いで更新しておりましたが
昨日はお休みを頂き、マリオカートWIIを楽しんでおりました。
禁パチを継続させる為には、やはりそれに変わる楽しいことを
見つけるっていうのが、実は簡単な止め方なのかなと思います。
人それぞれあると思うのです。
で、人って個性があるから何にハマルのかわかんないんですよね。
だから、これが楽しいよ!っていうのがその人にとっては楽しくないこと
だってあります。
けど、やりもしないでやらずに「パチンコ」に走ってしまうよりは
とりあえず合う合わないは別として、まずやってみよう的な感じに
趣味を見つけてみるといいかもしれません。
それが、案外すっぱりやめる良いきっかけになる事も
十分ありえます。
こちらの雑魚さんのブログ
「中年のテーマ!ゴルフと禁煙!」にも
パチをやめるに至る、他に変わる楽しいことを見つけた
経緯などが書かれておりますので「勝手に」紹介してしまいました。
(雑魚さんごめんなさい。。。)
↓↓↓↓↓↓
http://ameblo.jp/golfsmoker/entry-10099799754.html
今日は、PAINというお話をしてみようかと思います。
英語に強くない私が英語(単語)のタイトルをつけるなんて
自分自身不気味な気持ちで一杯ですが
どうぞおつき合い頂ければと思います。
さて、PAINとは痛みという意味なのですが。
皆さんは心の痛みを持ってますか?
いや、痛みの分からない人間ですか?って質問ではないです。
今、心を痛める事があるかということです。
人がどういう風に心を痛めるのかは、感覚的なものは自分自身の
痛みの感じしか説明できないのですが・・・
「チクチク」として心が「キュー」っと締め付けられて
「気持ちが落ち着かなくなる」感じになると私は心を
痛めてるのかなっておもいます。
例えば、何気ない一言で相手を傷つけてしまったときや
人生で何かうまく行かないことが起きたとき。
心がキューって痛むんですよね。
なんで心が痛むのか。
その心の痛みはどこから出てくるのか。
私はその出てくるところって「良心」なのかなって思います。
人は、およそだいたい善悪の区別がつけられるので
自分にとって心を痛めるような事をすると
良心が「間違ってるよ」って心を痛ませてくれる気がします。
私が思ってるだけですよ、ほんとにそうかは知らないです。
ほら、よく天使と悪魔の二人が悶着しながらみたいな描写で
人の心の気持ちを表したりするじゃないですか。
その天使っていうのが、まぁ良心なんだと思うのですが。
誰にでもいると思うんです。よっぽどの人じゃない限りは
それが良いことか悪いことかは、実は良心に聞いてみれば
わかると思うんです。
良心って人が生まれながら誰でも持ってる物だとおもいます。
ただ、その声が大人になると聞こえづらくなっちゃう人もいるんです。
自分がいけないと分かっていることをしてしまおうとすると
良心が「いけないよ」ってちゃんと判断してくれるんです。
だから、良心の声に耳を傾ければ、だいたいは道を外れる
ことはないのですが。
それが出来たら苦労しない。わかっちゃいるけどやめられない。
悪魔さんは天使さんより大体強いのです。
嫌だけど、自分の本能的な欲求を満たすために
良心の言葉をふさいでしまうこともあります。
そこで、良心さんは考えました。
私の声が届かない。あなた(自分)に私の声を聞いてほしい。
そう願った良心さんが
「心を痛ませて気付かせてくれる」
ということ。
心が痛むのって、まあ嫌なんですが
そんなに悪いことじゃないと思うのです。
良心さんが「それはいけないよ」って注意して
それが体の心という部分に痛みとなって表れるだけなんです。
ほらよくいうじゃないですが。
怒られている内が華だって。
前回の記事で怒りを取り扱ったのでこの場合は
注意されなくなったら人はだめだよね。みたいな意味です。
心の痛みが取れない
最近しょっちゅう心に痛みを感じている人がいたら
それは「良心さんがいけないよって注意してくれている」と
考えてみてください。
そうすると、「あ!そういえばああいうことは自分にはよくないな」
ってに気付くと思います。
そして、それに気付いたら、あとはもうそんなに自分を責めないで
ください。
いけないと思った事に自分が気付いた時点で「心を痛める」という意味は
終わりました。なのにそれに気付いて尚、自分を責め続けることは
良心さんも更に良くない事だと思い、どんどん心の痛みを増幅させてしまいます。
いけない事に気付いたら、すぐにそれを無くす事に目を向けると
心の痛みがすぐに消えますっていう話でした。
わかりにくいかもしれないです。。。
でも、こんな妙な考えが伝わったら嬉しいです。
ありがとうございました。