おっぱいトレード -22ページ目

おっぱいトレード

おっぱいが幸せだと受け入れるってちょっと楽しいよね。

直感が冴え渡る日ってあると思う。




例えば、朝何気なしに目覚ましテレビをみていて
今日の占いがはじまる時に、なんとなく2位くらいなんじゃ
ないかと思ったら2位だったりとか
今日のワンコがきっとポメラニアンが来るとか感じたら
ほんとにポメラニアンだったりとか。




人間は5感(味覚・嗅覚・触覚・視覚・聴覚)以外に
第6感とも言われる超能力が備わっていると言われています。




まぁこれがあると生きてると思って実は死んでた
ブルース・ウィリスが見える少年の様になれたり
さらにそれを超えたセブンセンシズ(第7感)を持つ事で
小宇宙と書いてコスモを燃やせるようになるとか
って、そんな話はどうでもいいんだ。




漫画で言うと「電球」マークです。
閃きね、カイジ風に言うなら、もう「圧倒的閃き」です。




この直感・閃きが凄い冴え渡る時を
今まで何度か感じたことがあります。




プー太郎の頃、夕方のある日
いつもの様に朝起きて、昼寝て、夕方から活動する行動を
繰り返していた私がお昼寝中にある夢をみました。




「んーむにゃむにゃ・・・あれ?パチ屋だ。。。」




その夢はいきつけの店にあるパチ屋から始まり
何故か獣王(AT機の火付け役)に座っていました。




私、本当にAT機とは相性が悪くて
サバチャン(凄い出る役)を引いたことは
ジャンケンでもぎ取った3時間限定設定6イベントでしか
今まで当たったことが無かったのに、何故か相性最悪の
獣王に座って、スッゲェ出してました。




はっ!と目覚めると18時を少し回ったところ。
え?え?なにこれ、神のお告げ?みたいな感覚です。




所持金3000円(日雇い給料日まで残り10日くらいの生活費)
てゆーか3000円で何ができるのさ。。。
え~無理無理、ムのコトワリだって。と自分に言い聞かせますが
こういう時のデビル松尾(仮名)は最強です。




デビルと私は3000円を握り締めてパチ屋に直行しました。




「たしか・・・夢だと・・・あの辺が・・・」




獣王のシマは12台くらいあったのですが
ビックリしたのが夢でなんとなく座ってたらへんの
1台だけが空いていたんです。




これはもう神のお告げしかないムムヒョー!
席につこうとすると・・・・あ、タバコ置いてある。。




残念ながら、その台はすでに人に取られていました。
チキンオブハートの私はタバコをポイなんてすることは
できずにスゴスゴ退散です。(普通ポイしない)




とりあえず後ろの席に座って様子をみることに。
すると座った台は「サンダーV」でした。



何故か1000円を投入。
え?え?夢とちがくない?
流石のデビル松尾も困惑を隠せません。



サンダーでBIG引いて軍資金増やした方がいいべ~。
超楽観プラス思考で目的とは違うサンダーVに投資。




2000円目。予告音発生。(ここからはマニアックな話になります)
予告音は6割がチェリーなので、左リールで全てが決まります。
私が狙っている好きなところは3連V上にあるBARを
左リール枠上にビタです。セット目第1段階。




続いて挟んで右リールにVベルBARをビシッと入れたら
セット完了。あとは空回しです。
空回すことによって、中リールの停止目によっては
確定目もあることながら、普通に押すと外れ目に
なってしまう目も、空回しならチャンス目になります。




トイレから戻ると中リール中段にリプレイが止まり
左から中段リプ・リプ・ベルの「ひょっこリリベ」と
勝手に命名しているリーチ目が出てました。




って、サンダーVを語る気は全然なかったんだよ。
そう獣王ね、獣王。




さっきタバコを置いてた奴が一向に戻ってこないので
アナウンスをさせてどかしました。
俺の夢は誰にも止められねぇ。




サンダーVでバケ分を得たことなのでそれを使って
獣王を打ちます。リリベってバケおおくね?




持ちメダルでドットに動物がヒョコヒョコ全員集合しましたので
そのまま7を狙ってBIG。
そこから高確サバチャンをゲットして初めてガッツリ出せました。
ドットに映る動物を狙うのがこんなに楽しいものだとは思いませんでした。
ダナゾ・・・ナナゾ・・・ダゾゾ・・・ダナチョウ・・・一杯見た。
・・・ダナチョウ?




(ただ、よく考えてみると、BIG引く前からダチョウがやたら出てきたんだった
・・・これってもしかして潜伏してたの奪ってしまったのかも・・・)




っていう夢のお告げがあったり
人間の第6感スゲーとか思ったのも束の間
次の日にはストレートで破産して、結局バイト給料日まで
162円で過ごさなければならなかったんだった。
パチスロダメ。




皆さんは自分に第6感的なものを感じたことは
ありますでしょうか?
なんていうか、冴え渡る直感に自分の力が
信じられないみたいなこと。




こんなことあったよー。なんていうのがあれば
コメントくださいねー。
話題やジャンルは特にフリーですので
些細な事でもOKです。




皆さんのコスモが燃えたお話を楽しみに
しております。



こんにちは、macchanです。




今日は心のアンテナという話をします。
これは以前にも過去記事で扱ったので少し内容が
同じになるかもしれません。




感謝せよというけれど、感謝するとどうなるの?な話
http://ameblo.jp/macchan5839/entry-10098503616.html




この心のアンテナ感度が弱まってしまうと
生命力もどんどん弱くなってしまいます。




心のアンテナとは
感受性とも置き換えられます。





自分に何かが起こった時に、それをどう感じるか。
例えば綺麗な景色や美しい花を見た時、心に響くか。




生命力とは生きる力です。
生を謳歌する為には、心のアンテナ感度を良くして
色々なものを心に響かせながら幸せに生きなければなりません。





私はパチをしていた頃、この生命力がまったくありませんでした。
何をしても無感動、無気力・・・・
力が湧いてこなくて何もしたくない。
ただ、パチンコをぼーっとやっていたい。
けど本心ではパチンコをやめたい。
抜けれない・・・抜けれない・・・





こんな生活していたらどんどん心のアンテナは感度が
悪くなり、生命力は低下していきます。





心に「ふっ」と響く物事を感じる力が無い為
何をしても感動できないし、何も感じない。
感じるとしたら疲れとか苦痛くらいしかなく
何をしても楽しくない、面白くないという状態でした。





この心のアンテナ感度が良くなってくると
小さな事や些細な事に生きる素晴らしさを感じるようになり
心の中がとても明るくなります。




怪しい例えですが
色々な電波を受信しやすくなります。





綺麗な花は「綺麗」という電波を発信します。
それを受信したときに、感度が良いか悪いかで
心に響き感受容量が全然変わってきます。





これは人間関係でも同じ事が言えます。
特に人間は複雑に電波を飛ばしてきますので
心のアンテナ感度が良くないと
相手がどんな思いを込めて言っているのかが
分かりにくくなります。




また心のアンテナ感度が悪いと
このアンテナは発信もするので
ノイズ交じりの電波を相手に送ることになります。




本心では言いたく無いような事や相手の元気を
奪ってしまうようなことを、ついつい言ってしまう。




するとお互いのアンテナ感度がどんどん悪くなって
もう縁を切るみたいなことになります。




心のアンテナ感度を良くすると自分自身こんなに
感動や幸せを感じるのかと思うくらい
心が満たされたり、相手の事を考えて
傷つけたり元気を奪わないように配慮することが
できるようになります。




元気が無くなってしまった人に
元気を分けてあげれるようになります。




一人で塞ぎこんで、誰に何も言えずに
助けを求めている人の電波を察知して
「大丈夫?」「何かあったの?」と
一声かけれるようになります。
苦しくて助けて欲しいというノイズ交じりの
電波を拾いやすくなると言いましょうか。




この心のアンテナ。
まだまだ例えきれてないので全然伝わらないかも
しれません。。。




ただ私はこの言葉がとても好きなので
ちょっと好きな言葉を自分なりに解釈して
お話してみました。




ありがとうございます。



ブログネタ:犬と猫、どっちが好き? 参加中
本文はここから

こんにちは、macchanです。



今日はネタから一本。
犬と猫どっちが好きか??




そりゃ使っている画像を見ていただければ一目瞭然。
猫です。最近のお気に入りの呼び方は「にゃんちき」です。




家では(家といっても実家)私が幼少の頃から
猫を飼っており、猫とmacchan家は深い関わりが
あるといえます。




今、画面に映っているにゃんちきは3匹目で
その前に2匹の猫を飼っておりました。




一匹目は、私が小学生の頃に失踪したので割愛します。
今日は2匹目の子の話をちょっとしてみようかと思います。




名前は志乃と言い、オス猫です。
家はいつもそうなのですが、オス猫にメスの名前を
付けたがります。




私が小学6年生の頃に、里親募集から貰ってきた志乃。
当初はメスだと聞いていたのに、日が経つごとに
オスな部分が大きくなっていく。




え?え?というまに半年後、オスという事が判明しました。
またチンチラと雑種の混合だったのですけど
幼少時はチンチラの面影を残しつつも
1年で立派な日本猫となりました。詐欺です。




そんな志乃。
私は兄弟がいなかった為、いつも志乃を愛情と言う名の
暴力でいじめていました。
今思うと、そんな時分の私をひっぱたいてやりたいのですが
その
頃は、学校でなにか嫌なことがあると志乃に当たっていました。




特に中学時代は、センチな年頃であり
ちょっとイライラするとすぐに志乃に当たるという
バカガキだったにも関わらず、志乃はその思いを汲み取ってか
私をあやすかの様になつく・・・




わけもなく、最高に嫌われていました。
私が家に帰ってくると一目散に逃げます。
もうほんと、お前それでも家族かといわんばかりに
一目散です。
幼少時期に苛めると猫は、なつかなくなるらしいですが
もう典型的な人見知り猫になりました。




そんな青春時代を一緒に過ごした私と志乃は
高校~プー太郎になるにつれてどんどん仲良く




なるわけもなく、お互い疎遠な仲になっていきました。




丁度20才くらいのころ、私が成人式で自尊心をこてんぱんに
打ちのめされてトボトボ帰って来ると(成人式の出来事は過去記事参照してね)




珍しく志乃が出迎えてくれました。
すこし距離を置く様になってから、許してもらえたのか
若干なつくようになってきたのです。




その頃の志乃は、家に母がいないときだけ
私にゴロゴロなつき、母が帰って来ると
あんた誰?みたいなとんでもない2面性を持つ猫と
なっておりました。




私があ~疲れたと帰ってきた日。
何故か志乃がゴロゴロなつきながら擦り寄ってきました。




私は「なにいきなり?きもっ!」とか思いながらも、久しぶりに
なつかれたこともあり、ちょっと嬉しかったのを
覚えております。




そんなことを経てからは、結構仲良く過ごしてきた私たち。
私がPCで作業していると、膝の上にちょこんと乗って来て
凄い勢いで頭を私のアゴに擦りつけては、毛を撒き散らして
私を窒息させるんじゃないかってほど、顔に毛を擦りつけたり。。。




まぁ、仲良くやってたってことですね。
小さい頃、仲がわるかった二人が仲良くなってきたって感じです。




そして2年前・・・




私がいつものように土日返上で仕事をヒーヒーやらされていると
母から一通のメールをもらいました。




「志乃がもうダメかもしれない・・・」



え?この前まであんなに元気だったのに!?
私は意味がわからず母に電話をしました。



話によると、始めは体の調子がおかしいのか物を吐くようになった。
そして、足を引きずって歩くようになったので様子がおかしいと
病院に連れて行ったら




「肝臓が弱って、尿毒素を分解できずに体中にその毒が回っている」
「非常に危険な状態なので、すぐに入院が必要」




母は気を動転させながら私に説明をしました。
私は「大丈夫だから、とにかく落ち着けてって」となだめ
とりあえず病院に顔をだすからと電話を切りました。




私は内心は非常に困惑しておりました。
ほんの数日前まではあんなに元気だったのに・・・
膝の上で私の顔を毛むくじゃらにさせていたのに・・・




気付くとこめかみが熱くなっていました。
・・・とにかく容態をみにいこうと、その日は
さっさと上がらせてもらい病院へ。




そこで会った志乃は・・・
もう数日前に会っていた元気な志乃ではありませんでした。




ぐったりと横たわり、目はうつろで
本当に私や母の事が分かっているのか?



そんな状態を見せられて、母は非常に落ち込んでおり
医者の話を聞くと
「もうダメである可能性が高いので、最後は家で看取るのが」
と最終宣告をされました。




もうダメ・・・・
志乃は、死ぬのか。




一気に過去の思い出がよみがえりました。
志乃が生まれて3ヶ月の頃から一緒に暮らして
苛めたり、無視されたり、かまれたり、じゃれあったり
・・・そういうことがもう出来なくなる。




母と二人で、私が車を運転して、母が志乃を抱きかかえてます。
母は「大丈夫だからね、ごめんね。」とすぐに医者に連れて行かなかった
自分を責めながら、志乃に謝っていました。




そんな母や志乃を、私はとても見ていられませんでした。
志乃の辛そうな息遣いを聞くたびに、私の胸は締め付けられて
「なんでもっと優しくしてやらなかったのだろう」
「もっと沢山あそんであげなかったのだろう」
という気持ちで一杯になりました。




助かってほしかった。。。
助かったら、沢山遊んであげたかったし
もっと愛を注げたかもしれない。




家に着くと、車を駐車場に運ぶ前に母と志乃を下ろして
家まで運びます。玄関まで連れて行って、すぐに車を
戻してきました。




はやく・・・はやく志乃の顔が見たい。




階段をかけあがって、玄関を開くと
・・・母が泣き崩れていました。



その瞬間、私の心を支えていたものが一気に
崩れ落ちました。




志乃が・・・亡くなった時でした。



何年ぶりか・・・・
私は声をあげて泣いてしまいました。




玄関で母と二人。
志乃の死に目を見ながら、しばらく泣いていました。




志乃が、目を見開きながら・・・動かない。
もう、この世にはいないんだ。
さっきまで生きていたのに。
苦しみながら、それでも必死に生きていたのに。




もう志乃は・・・・いない。



しばらくして、少し私と母は落ち着きを取り戻したので
母に最後の死に目がどんなだったかを聞きました。



志乃を毛布にくるんだまま、とりあえず玄関にゆっくり置き
志乃が入れるカゴをとってきて、戻ったら
震えながら志乃が母の方に歩いていったそうです。
悲鳴のような泣き声をあげながら母にちかづき
最後に「ニャァ!」っと言った後に力なく倒れたそうでした。



母は私が「志乃は亡くなった」と言うまで
志乃の死を受け入れることが出来ずに
何度も目を覚ましてと呼びかけていました。




私は母に
「志乃は最後死ぬ前に、母さんにありがとうという事を伝えたくて
母さんが玄関に戻ってくるまで必死に生きたんだよ。
最後に母に看取ってもらえて、志乃は本当に良かったと思うよ。」
と伝えました。




志乃はその後、私と母でささやかな葬儀を行い
遺骨は持って帰ってきました。
火葬場で、最後の別れを告げるときも泣きました。
小さな骨になって・・・これが志乃かと思ったとき
すこし現実見を帯びてきたような気がします。




志乃は、母や私に心を和ませる愛を振りまいてくれました。
見返りのない愛。
餌とかはほしがっちゃうけど、純粋に愛を与えてくれました。
沢山の思い出と共に、私は志乃の事をわすれないと思います。




そして、力強く最後まで生き通した志乃に怒られないように
私も力強く、あきらめずに生きていきたいと思います。




11年間。
私と一緒に過ごしてきた志乃がもうすぐ2年目の命日を迎えます。
その当時の事を思い出して、記事にしてみました。



まだ、この時のことを思い出すとちょっと目頭が熱くなります。



もし、大事な人や大切な人。飼っている動物でもかまいません。
ひどいことをしてしまったり、傷つけたりしてしまったとして
もし明日に死んでしまったら、もう何も伝えることができません。




そういう事をちょっと考えるだけでも
人は愛の道に戻れると思いました。
大切な人に愛を向けることができると思いました。




私は志乃と過ごした11年間はとても良かったものだと
感じながら、これからも生きていこうと思います。


そして志乃へ。
本当にありがとう、私たち家族に志乃は生きることの大切さを
学びました。無償の愛をたくさんもらいました。
ゆっくり休んでください。
まぁそのうちそっちに行くとおもいます(笑



長い文章でした。
ありがとうございます。