出会いの大切さと禁パチライフの波に乗るということ | おっぱいトレード

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おっぱいが幸せだと受け入れるってちょっと楽しいよね。

こんにちはmacchanです。




はやいもので、もう6月になりましたね。
1年の半分に差しかかろうとしております。




禁パチを行っている方は、おのおの禁パチライフを満喫していることでしょう。
禁パチライフ、楽しみながら行っておりますか?
これが苦痛とか耐えながらという状態ではリバウンドしやすくなります。




どんなことでも、その行っていることに楽しさを見出さなければなりません。
楽しさを見出さなければ続ける事が非常に困難になります。




つまらない勉強なんてずっとやってられないのと同じです。
集中力が無いとかじゃないんです。集中できるほど面白くないんです。




どんな物でもそうですが、一番わかりやすいたとえ話に
「パチを時間を忘れるほど夢中でやってた時」ありませんか?




人は生まれながらに凄い集中力をもっています。
ただ、それは楽しさを伴わないと中々持続しません。




それと同じで、禁パチなんかも集中して楽しむ為には
そこに楽しさを見出さなくてはなりません。
楽しく無いことは中々続きにくいんです。
今、めちゃくちゃ当たり前のことを言ってます。




これはもう感謝という一言に尽きるのですが
先人が開拓してくれたネットという世界。
ブログなどで情報を簡単に世界に発信できるようになりました。




それにより、さまざまな価値観を持つ方々と交流できることに
楽しみを見出した私にとっては、非常にネットという世界に
感謝と敬意を払わなければいけないと思ってます。




これが、私の周りだけで「禁パチするどー!」っと言っても
中々同じ気持ちを持つ仲間がいなければ継続することは
難しいと思います。
周りは誰もパチやめてないしね・・・・




私は禁パチを通して、人は一人では生きていくことが困難だと
いうことが染みてわかりました。本当に、一人では禁パチは絶対に
できなかったと思います。




昔の私は心がもう相当捻じ曲がっていたと自負しており
高校の頃なんて一人でいることがなんかカッコいいと
勘違いしている奴でしたので
自分一人で、周りに感謝もせずにいつ死んでもおかしくない
くらい淀んだ気持ちで生きていたことを思い出しました。




パチンコを覚えるとそれに拍車がかかり
コンピュータ相手に一喜一憂していることで心が非常に安堵して
なにかここだけ世界が隔離されたような感覚に陥りました。




全て幻想と虚像の偽りです。
パチをすることによって、どんどん心が現実と隔離されてゆき
このまま将来どうなってしまうのだろうという気持ちが
パチをはじめて半年くらいから湧き上がっていたことも
よくよく考えると思い出してきました。




もちろん、夢とか希望とかそういうものは無くて
ただ漠然と「なんとかなる」「いつかお金持ちになる」
という不明瞭な未来図を描きながら
毎日を生きておりました。




人は、周りに同じような価値観の人間が集まると
その生活に安心してしまいます。
まだ、大丈夫。まだ引きかえせる。
パチを初めて4年目くらいからはいつもそんなこと
考えながら生きていたような気がします。




周りと共にパチを続けて、健康を壊して
夢も希望も持てずに、ただそのうちなんとかなる
という思いだけで、お金と時間をジャブジャブ使いました。




その傍らで、成功哲学とかの本を読み漁り
自分は読んだだけでなんだか成功した気分になる
一番やっちゃいけない勘違いをしたまま
成功した気分を味わいながらパチをし続けて
パチをやめたくてもやめられない状態に陥りました。




根拠の無い自信+その日適当に過ごす為にパチを行う。。。
今思うと相当恥ずかしい思い出なのですが
その時はそのうちなんとかなる。チャンスがくるとか
訳のわからない思いを秘めながら生活していました。




丁度今から3年前、パチを初めて5年目くらいのとし。
就職して、ここから真面目に生きていこうと決心しましたが
どういたしまして、パチをやめる所か借金をしてまで
パチンコをやるようになってしまいました。




この頃から、実家を離れて一人暮らしをはじめたのですが
一人暮らしになるとどうしても支払いが発生します。
その支払いのお金が払えなくなって初めてキャッシングを
したのが借金のそもそもの始まりでした。




8年目となった今、高校時代からここまでの道のりで
パチンコスロットは切っても切れないほど深い関わりと
なる事なんだと感じつつ・・・・




結局の所、これをやったから、今まで深く自分の事を
考えてこれたのかなと思いました。




パチンコをやる前の私は、それは根暗であり、人付き合いも悪く
なんか不幸を背負っていきている僕がカッコいいとか
とんでもない愚かな思考回路で生きてきた人間でしたが・・・




パチンコをやるようになって、自分自身を見つめ直し
社会や現実と今の自分とのギャップに苦しみ
なんとかして、この負のスパイラルから抜け出そうと
考えて、失敗して・・・・ずっと繰り返した結果




昔の自分からは考えられないほどに成長したんだなと
自分で思いました。自分で思ってるだけですよ。




パチンコやスロットなんて、身を滅ぼすくらいなら
初めからやらないほうが良いです。
これじゃなくても人はいくらでも成長するタイミングや
チャンスがあるはずです。




私にとっての成長するきっかけがたまたまパチであっただけで
他の人は他の人の成長があるんだと思います。




だから、私に子供が出来て「パチンコ」をさせたくないと
思っても、多分子供はパチンコをやるんじゃないかなと思います。
まぁそういう遺伝子なんだと考えれば気持ちが楽になります。
うちの父親も私ほどじゃないにせよやってたみたいなので。




(余談ですが母親に借金がばれた時に「父親とほんっと同じだね」と
言われたので、多分おんなじことしてたんだと思います)




ただ、それが心を成長する1つの山場。
これを超えれば一回りもニ回りも成長すると考えれば
これまでやってきた8年間も、まぁ捨てたもんじゃないなと
考えられるようになりました。




そして、その成長する場には数多くの出会いがあります。
私はおよそ出会いにおいて不必要な出会いというものは
無いものだと思っています。




必ず、何かしらの意味があるんもんだと。
そして、多かれ少なかれその出会いが人を成長させるもんだと。




話がはじめにもどりますが、パチをしたことによって
数多くの人と出会いました。
もちろん全部の顔を覚えてるわけではありませんが
一つ一つの出会いには意味があったと思います。




パチンコ屋で知り合ったオジちゃん。
結構良くしてくれたり、目押ししたらコーヒーとか
くれたりしました。
人の優しさや感謝を知った気がします。




やたら私を目の敵にしてたオバちゃん。
私が⑥確定の台を残金不足で捨てる羽目になったとき
すかさず奪われそのまま1万枚だされました。
本気で呪いましたが、今考えると
そういう場面でも怒らずに、気を落ち着ける試練を
身を投じて行ってくれていたと考えれば
出会いにも意味があったというものです。




どんな出会いでも、それが自分の成長に繋がると
思えば、思えるんだという事がわかりました。




そして、このブログを通じて色々な人と交流しながら
禁パチを続けていけることを本当に幸せに思います。




これが、私が楽しみながら禁パチをしている秘訣です。
だから楽しく禁パチができるんです。




楽しければ長続きするので、今も行きたい気持ちがまったく
出ずに楽しく禁パチを行えております。
正直言うと、パチに行きたいという気持ちを最近久しく
感じなくなった気がします。




パチ屋をみてもウルサイだけで、特に入ろうとか思わなくなりました。
借金を減らす事を考えて、副業とかも始めたので
とてもそのお金をパチ屋につぎ込むなんてことはできないよって
考えられるようになりました。




始めの一歩は凄い大変だと思います。
どんなものでもそうですが、物を動かすのは始めは力がいるんです。




ただ動き出してしまえば、あとは流れに身を任されば
そんなに力を入れなくても進んでいけます。
禁パチもそうです。
始めが一番失敗する確立が高いんです。
動きだしたらあとは、なんとかなるもんなんです。




私が禁パチの期間と回数を統計したら多分
「始めの3日間で挫折」の部分が98%くらいを占めてます。
それくらい始めの3日~1週間くらいが挫折しやすいんです。
なぜなら一番やめる為の力を使うから。
途中で嫌になったり行きたい気持ちに負けたりしちゃうんです。




これが1年くらい経つと、よほどのことでもない限り
自制心で簡単に禁パチを続けることができます。




禁パチという行動の波にのっており、日々加速的に
禁パチすることが楽になるからです。




よく成功する為の秘訣に「波に乗る」という言葉
がありますが、この波に乗るというものには
始めの一歩を力強く行えば、後はどんどん楽になっていく的な
意味なんじゃないかなって最近思います。




楽しく、禁パチライフの波に乗る。
もうすぐ波乗りの季節間近です!
波乗っていきましょう。