土下座 | Keiのブログ

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某大学4年の日本人学生、2012.8~2013.6まで、ノルウェーに留学していました。いろいろつらつら書くことで、いい記録になればという完全な自己満ブログですが、どうぞご覧ください
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今、半沢直樹とか映画『謝罪の王様』とかエンタメでも話題になってる「土下座」。

もともとは大名行列が通るときに、農民とか下級のものがははぁ~って土下座することで、敬意を表すというか、まあそんな感じの行為だったのに

1970年代くらいから、どうやら「謝罪」の表れという考えが一般的になったらしい。


「土下座」は今日のNHKクローズアップ現代のテーマだったんだけど、その中で官九郎さんが

「土下座って一種の攻撃みたいじゃないですか」

的なことをおっしゃてて。

確かに、土下座をされると、もう何も相手にそれ以上言えないという気持ちになってしまうような気がする。


最近では東電の原発処理について、会社の人たちがテレビの前で土下座することとか、フード会社の社長とか、結構誰かの土下座をテレビで目にすることが多くなったような気が。

でも、結局土下座をしているのを見て、すっきりした気分になるかと聞かれると、そうでもない。むしろもやもやした何かが残る。

たぶん、すっきりできるのはそれこそ半沢直樹みたいなドラマだけだと思う。あとは水戸黄門とか(笑)

なぜならあれは、土下座するもの、されるものの立場--「善」「悪」--がはっきりしているから。

ただ、現実社会になると、はたして土下座をさせている人、しなきゃいけなくなった人が必ずしも「善」「悪」にあてはまっているかと言われるとそうじゃないと思う。

サービスのために、屈辱的に顧客や上司に土下座または謝罪を求められて、しなきゃいけないことも実際にはあるだろう。


日本のこの「謝る」文化…

よく気付かないでいるが、自分は結構謝罪の言葉を日常的に発することが多い。

日本語は不思議なもので、お礼を言う時でさえ「すみません」と言う。

それに、ちょっとしたことでもすぐに謝る。

この私の「謝る日本人体質」は、ノルウェーにいた間、ものすごく顕著に出た。

なぜなら、ヨーロッパの人は基本謝らないから。笑

もちろん、彼らだって悪いことをしてしまったときには謝罪するけど、そんなに「ごめん」なんて言葉を言うのを聞いたことがなかった。


たとえば、お店。

スーパーマーケットのレジに並ぶとする。日本だと自分の番になったときに「お待たせしました(すみません)」という一言を、必ずといっていいぐらいレジの人に言われる。

しかし、ノルウェーではレジに行列ができるのにもかかわらず、ジョークをお客さんとレジの人が2,3言交わして、ゆっくり自分の番が近づいてきて、やっと自分の番になったときには、特に何も言われない。「袋いる?」って聞かれるくらい。笑

彼らとしては、自分の仕事をとりあえずちゃんとやっているわけだから、謝る要素などないと思っているのだろう。地元の人とのコミュニケーションも一つのお仕事になっているのかなと思った。

そもそも、ヨーロッパではお店の人とお客さんの立場が「平等」っていう感覚があるのも大きいと思う。日本だと「お客さんは神様」とまで言ってしまうからねえ(笑)


他にもまだまだあるんだけれど、ノルウェー人だけじゃなくて向こうで出会ったヨーロッパ・中東アジア圏の学生だってそう。というか日本人の留学生以外、みんなそんな謝ることなかったな。(笑)

一つには、お互いみんなが相手を謝らせる環境を「作りたくない」って思ってた。あたしが「ごめん」って言うと「何で?」ってすごい逆にその子が悪いことをあたしにしたような、申し訳ないような顔で聞いてきた。

それに、ある日私はこういわれた。


「Kei、そんなに謝らなくていいよ。何も悪いことしてないんだから。謝りすぎ。」


ってね。笑

この瞬間「へえ、そうなんだ」って気付いた。自分知らないうちにSorryってめっちゃ言ってたんだろうな。

だから、留学言ってたひとのブログとか見てよく書いてあることだけど、外国の人ってSorryじゃなくて、その代わりにたくさんThank youを言う。

「ありがとう」ってどれだけ言われても悪い気しないし。笑 むしろうれしい。

だから、私はそれからなるべくTusen takk(ノルウェー語でありがとうの意)やThank youを言うように心がけた。するとそこから、不思議と留学生の友達も増えた。

日本だと、相手に不快な思いをさせないようにすぐに謝るけど、海外だと容易に謝罪を口にすると相手に不快な思いを逆にさせてしまうのだろうなと思った。


だから日本も、もうちょっと「すみません」の社会から「ありがとう」型に変えていけば、なんか「いつも申し訳ないって思わなくちゃいけない」っていう気づまりする感じが、楽なものになるんじゃないかなって思う。

でもこれは結構難しいことで、私はあまり帰国してからも謝らない姿勢を続けていた(というか身についてしまっていた)ら、なんだか日本人同士の関係では、これはあまりうまくいってないような気もなんとなくしてる。

やっぱり、謝ることで誠意を見せなきゃいけないのかなぁ。


もうちょっと気楽に行きたい(生きたい)ね。

謝罪を求める社会じゃなくて、「ありがとう」の言葉がたくさん聞ける社会がいいな。

個人の意識も大事ね。

自分が悪くないことで「ごめん」「すみません」を外で言いすぎてないでしょうか?ちょっと気にしてみると面白いと思います。私自身が留学中に気付かされてびっくりしたように。