【コラム】マスコミは終わっているって何すか?
身近にもいるんですが「もうマスコミは終わっている。」と頻繁に口にする人がいる。まぁ近頃は政治問題も過熱してるし、ルミネCMとかもあったりするので、もっともらしい一言だ。某社会学者の分析(?)に従って、「マスコミは終わっている。」にちょっと付け加えてあげるとこんな感じ?少々皮肉たっぷりだ。
「マスコミは終わっている。だけど、自分はマスコミ関係者じゃないから大丈夫、終わっていない。」
・・・。「マスコミは終わっている。」って言葉で、結局のところ何が言いたいんだ?さっぱりわからんし、あなたの自己確認に興味は無い!要は、なんとなくマスコミには問題がありそうだけど、何が問題なのかはわからない。とりあえず自分探しのために、バッシングだけしておこう。知的に見えるし。って感じ?
・・・。「マスコミは終わっている。」って言葉で、結局のところ何が言いたいんだ?さっぱりわからんし、あなたの自己確認に興味は無い!要は、なんとなくマスコミには問題がありそうだけど、何が問題なのかはわからない。とりあえず自分探しのために、バッシングだけしておこう。知的に見えるし。って感じ?
いちいちイラついてしまう自分もどうかと思うけど、バッシングされっぱなしは嫌。(自分のガス抜きをするために、)終わっているというのはどういう状態なのか?個人見解ではあるけど、変わりにつらつら書きまくってみた。
〈政治癒着のメカニズム〉
政治癒着のメカニズムは、メディアの給料が高すぎることにあると言われている。給料が高いから、その待遇を維持しようとする。維持するためには、無難な報道をすれば良い。ここで言う無難な報道とは、まずは政治家を怒らせないように報道すること。つまり政治と密接になってしまうのが、一番手っ取り早いのである。だから本来は権力の監視機関であるはずのメディアは、今や政治の道具になってしまったという事なんだろう。
〈大衆迎合的な報道〉
報○ステーションなんかが代表例だが、(野党に癒着して)とにかく権力をバッシングする。代案があるかと言えば、代案なんてない。自分で何も考えていないからだ。というよりも、考える能力がない。他局ではあるけど「人口ボーナスなしには経済成長がありえない」なんてことを、アナウンサーが言っちゃう低レベルっぷりだ。
この流れが出来たのは、バブル崩壊に遡る。バブル時代は、格差があってもその不満を超える利潤があるから、国民から不満が出ることはない。だが、バブル崩壊に伴い不況が到来。不況になると、国民から不満が出るようになる。すると大衆迎合のマスコミは些細な事で政治批判、非難を繰り返すようになる。その方が新聞は売れるし、テレビは視聴率が上がる。嬉しいことだらけだ。
今度は票を得たい政権政党が、ますます大衆迎合的になる。国民に嫌われないように歳出を減らさずに、国債を発行しまくる。そして借金地獄になった。不幸にも、国債を発行しまくる政権を国民が支持しており、見事な負の連鎖が完成。しかも、この連鎖は未だに続いている。ぷよぷよの連鎖なんて目じゃない。既にスコアは1038兆に達している。
国債を発行し続けることは、一見痛みが無いけど、後になって強烈なしっぺ返しがくる。というか、もう来ている。積りに積もった借金があるのに、保育所を増やせるわけがない。バブルがはじけてから、マスコミも、国民も自分の頭で考えて判断することをしなくなったと分析されている。ちょっと前だと、報◯ステーションに熱狂された方々がいましたね。大丈夫だと確認されたところで申し訳ないけど、お言葉を借りるならば「ついでに政権も国民も終わっているw」
〈マスコミの情報源〉
メディアが「関係者によると」と報じた場合、殆どの場合は情報源が「検察のリーク」だと言われている。「検察」の言った事は正しいんじゃないの?と言われそうだが、過去実績からするとそうでもない。田原総一郎は、ロッキード事件は冤罪だと言う。検察の主張がコロコロ変わって、一貫性が無いからだ。そもそも献金問題は、与えた側も裁かれるのだが、実はロッキード社は裁かれていない。つまりエリート集団である「検察」のプライドが引き下がることを許さず、有罪を押し通したと言われている。
つまり現在のメディアは、「検察」の根拠の薄い正義を守るための報道をしている。メディアとしては、視聴率が上がるから嬉しい。妙な需要供給が成り立ってしまっている。というより「検察」がメディアをコントロールしているとも言える。もしかしたら「検察」のバックに何かいるかもしれない。
情報源がなくなれば、エンターテイメント化してしまえば良い。例えば「Z○P!」などは、もはやニュースの名を語ったエンターテイメント番組だ。自分でモノを考える事が出来なくなっただけでなく、情報も探せなくなってしまったのだろうか。
総じて纏めると、問題はメディアに考える能力がなく、売れる情報を発信しているだけだという事。能力があったとしても、自分の立ち位置を明確にしない内容である。また、国民の目線で知る権利を尊重するとか言っちゃってるが、同じであるはずがない。ありもしない中立性を持たせて、逃げ道を作っている。受け手としては、こうして生じたノイズを、いかに除去するかが課題なのだろう。メディアの意見なんて期待しない。どうせ無いんだから自分で考えるべし。