バベルの塔
夢を叶える寸前の友人が、こんなことを言っていた。
「最近ね、友達と話が合わなくなってしまったの。
昔は延々と愚痴を言い合えたのだけれど、最近はもう無理なんだ。
“自分には無理”と思い込んでいる人や、環境のせいにする人…そういう人の話に共感できなくなっちゃったのね。
なんでアクションを起こさないんだろうとしか思えなくて、それについて色々とアドバイスをするんだけど、結局言い訳されて終わっちゃうの。
そうすると話すことが何もなくなってしまって、大好きな友達のはずなのに、向かい合ってても寂しいだけなんだ。
友達に対してだけじゃなく、家族ともそうなの。
大切な人たちと、なぜだか知らないけれど、話が通じなくなってしまったの…」
彼女の話はまるで、以前の自分の話を聞いているようだった。
私にも経験がある。
ある日突然、バベルの塔に起こったあの不思議な現象が、現実のこととして自分に降りかかるんだ。
向かい合っていても、話が通じない。共感できない。
まるで違う言葉を話す者同士かのように、突如としてコミュニケーションが成り立たなくなってしまう。
旧約聖書に登場する、バベルの塔。
その頃人々は全て同じ言葉を話し、同じ場所に住んでいたらしい。
人々はこの結束が解けて散り散りになるのを怖れ、ひとつの巨大な塔を建設する。
けれど神はこの行為を見て、天誅を下すんだ。
「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているからこのようなことをしはじめたのだ。
これでは、彼らが何を企てても妨げられない。
ただちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
そして彼らは突如としてそれぞれ別の言葉を話すようになってしまった。
一瞬にして隣人とのコミュニケーションができなくなってしまったのだから、その混乱たるや相当のもの。
人々は混乱の中で彷徨いながらも同じ言葉を話す同志を見つけ、小さなグループとなり世界中に散らばっていった…らしい。
同じようなことが、実はそこここで常に起こっている。
現代に生きる私たちもある日突然、愛する人たちと共通の言葉を失ってしまう瞬間があるんだ。
最初は戸惑って、なんとか理解し合おうと努力する。
けれど結局は徒労に終わり、わかり合えないという事実だけがそこに残るの。
目の前にいるのは以前とひとつも変わらない大切な人なのに、心を通わせることができないという切なさ…
これは大抵の場合、大きな成長の前夜に起こるものなんだよね。
だからこそ苦しいし、悲しいし、切ない。
せっかく望んだものを手に入れられると思ったのに、その想いを本当に共有できる人は、もうここにはいないと悟るのだから。
けれど決して、自分が世界でひとりぼっちというわけじゃない。
バベルの塔の混乱の後で、同じ言葉を話す人々が小さなグループを形成したように、心を通わせることができる相手はどこかに必ずいるんだ。
問題は、もう既にコミュニケーションが成立しない人々と、一体どう付き合っていくかということ。
多くの人がここで、所属するコミュニティを抜けて新たな道へと旅立っていく。
けどね、これってすごくシンプルだと思うんだ。
ただ、心に決めればいいの。
「大切な人」は、「大切な人」だと。
もう二度と心を通わせることはできなくても、一方的に愛を届けることはできるから。
そうこうしているうちにいつか、その人にもバベルの塔の混乱が訪れるかもしれないじゃない?
その時に一番気持ちをわかってあげられるのは、既にその孤独を味わったことがある自分なんだよね。
私にバベルの塔の混乱が訪れた後、人間関係は大きく変わった。
今私の周囲にいる人たちのほとんどは、一度はその孤独を味わっているのではないだろうか。
チャーリー然り、Jacky然り。
けれどそういう人たちこそ、人の愛し方をよく知っているような気がする。
「最近ね、友達と話が合わなくなってしまったの。
昔は延々と愚痴を言い合えたのだけれど、最近はもう無理なんだ。
“自分には無理”と思い込んでいる人や、環境のせいにする人…そういう人の話に共感できなくなっちゃったのね。
なんでアクションを起こさないんだろうとしか思えなくて、それについて色々とアドバイスをするんだけど、結局言い訳されて終わっちゃうの。
そうすると話すことが何もなくなってしまって、大好きな友達のはずなのに、向かい合ってても寂しいだけなんだ。
友達に対してだけじゃなく、家族ともそうなの。
大切な人たちと、なぜだか知らないけれど、話が通じなくなってしまったの…」
彼女の話はまるで、以前の自分の話を聞いているようだった。
私にも経験がある。
ある日突然、バベルの塔に起こったあの不思議な現象が、現実のこととして自分に降りかかるんだ。
向かい合っていても、話が通じない。共感できない。
まるで違う言葉を話す者同士かのように、突如としてコミュニケーションが成り立たなくなってしまう。
旧約聖書に登場する、バベルの塔。
その頃人々は全て同じ言葉を話し、同じ場所に住んでいたらしい。
人々はこの結束が解けて散り散りになるのを怖れ、ひとつの巨大な塔を建設する。
けれど神はこの行為を見て、天誅を下すんだ。
「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているからこのようなことをしはじめたのだ。
これでは、彼らが何を企てても妨げられない。
ただちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
そして彼らは突如としてそれぞれ別の言葉を話すようになってしまった。
一瞬にして隣人とのコミュニケーションができなくなってしまったのだから、その混乱たるや相当のもの。
人々は混乱の中で彷徨いながらも同じ言葉を話す同志を見つけ、小さなグループとなり世界中に散らばっていった…らしい。
同じようなことが、実はそこここで常に起こっている。
現代に生きる私たちもある日突然、愛する人たちと共通の言葉を失ってしまう瞬間があるんだ。
最初は戸惑って、なんとか理解し合おうと努力する。
けれど結局は徒労に終わり、わかり合えないという事実だけがそこに残るの。
目の前にいるのは以前とひとつも変わらない大切な人なのに、心を通わせることができないという切なさ…
これは大抵の場合、大きな成長の前夜に起こるものなんだよね。
だからこそ苦しいし、悲しいし、切ない。
せっかく望んだものを手に入れられると思ったのに、その想いを本当に共有できる人は、もうここにはいないと悟るのだから。
けれど決して、自分が世界でひとりぼっちというわけじゃない。
バベルの塔の混乱の後で、同じ言葉を話す人々が小さなグループを形成したように、心を通わせることができる相手はどこかに必ずいるんだ。
問題は、もう既にコミュニケーションが成立しない人々と、一体どう付き合っていくかということ。
多くの人がここで、所属するコミュニティを抜けて新たな道へと旅立っていく。
けどね、これってすごくシンプルだと思うんだ。
ただ、心に決めればいいの。
「大切な人」は、「大切な人」だと。
もう二度と心を通わせることはできなくても、一方的に愛を届けることはできるから。
そうこうしているうちにいつか、その人にもバベルの塔の混乱が訪れるかもしれないじゃない?
その時に一番気持ちをわかってあげられるのは、既にその孤独を味わったことがある自分なんだよね。
私にバベルの塔の混乱が訪れた後、人間関係は大きく変わった。
今私の周囲にいる人たちのほとんどは、一度はその孤独を味わっているのではないだろうか。
チャーリー然り、Jacky然り。
けれどそういう人たちこそ、人の愛し方をよく知っているような気がする。
【随想】かえるがなくからかーえろ
「ジェニーちゃん、探したのよ
どこにもいなくて心配したわ
暗くなってきたからママとても
心配で 心配で」
ずっとここにいたでしょう
さっきまで話していたでしょう
そう言おうとして ふとやめた
「ここにいるよ」と微笑んだ
明朗で 聡明で
いわゆる才女だった母
母を蝕む病の名は
アルツハイマーというらしい
15年前の母の口癖は
「暗くなる前に帰りなさい」
黄昏時を過ぎて帰ると
いつも叱られたものだった
ゆっくりと巻き戻される
母が生きた60数年
愛と感謝と忍耐で
重ねた時がほどけてゆく
私が異国にいる日にも
母はこうして黄昏時に
帰らない娘を探しては
胸を痛めるのだろうか
私のいない私の部屋に
母の書いたメモが貼ってある
「ジェニーちゃんは 今 マカオ」
言い聞かせるように 細い字で
かえるがなくからかーえろ
ほんの少しの親孝行を
するため選んだ親不孝
かえるがなくからかーえろ
私には帰れないその道を
母はひとりで帰っていく
かえるがなくからかーえろ
幸せだったあの頃に
母はたどり着けるだろうか
かえるがなくからかーえろ
せめて今だけは黄昏時に
「ここにいるよ」と笑っていよう
探しているのは親不孝を
おぼえる前の私だとしても
どこにもいなくて心配したわ
暗くなってきたからママとても
心配で 心配で」
ずっとここにいたでしょう
さっきまで話していたでしょう
そう言おうとして ふとやめた
「ここにいるよ」と微笑んだ
明朗で 聡明で
いわゆる才女だった母
母を蝕む病の名は
アルツハイマーというらしい
15年前の母の口癖は
「暗くなる前に帰りなさい」
黄昏時を過ぎて帰ると
いつも叱られたものだった
ゆっくりと巻き戻される
母が生きた60数年
愛と感謝と忍耐で
重ねた時がほどけてゆく
私が異国にいる日にも
母はこうして黄昏時に
帰らない娘を探しては
胸を痛めるのだろうか
私のいない私の部屋に
母の書いたメモが貼ってある
「ジェニーちゃんは 今 マカオ」
言い聞かせるように 細い字で
かえるがなくからかーえろ
ほんの少しの親孝行を
するため選んだ親不孝
かえるがなくからかーえろ
私には帰れないその道を
母はひとりで帰っていく
かえるがなくからかーえろ
幸せだったあの頃に
母はたどり着けるだろうか
かえるがなくからかーえろ
せめて今だけは黄昏時に
「ここにいるよ」と笑っていよう
探しているのは親不孝を
おぼえる前の私だとしても
パリからのメール
「今、パリにいるよ。すげー興奮!!
でもなんでパリってこんなに妙なニオイがするんだろうね?
しかもなんでもすごく高いし。
友達と借りたホテルの部屋はすごく狭くて、かろうじてシングルより少し大きい位のベッドを二人でシェアしてるよ。
奴のイビキのすごいこと!
俺も今から1時間くらい寝ようと思ってるんだけど、絶対に奴より大きなイビキをかいてやるつもり。はは
12時間のフライトでヘトヘトだけど、まだ午前11時だからね。
起きたらエッフェル塔を観に行って来るよ。Yeah!」
彼が興奮しているのは、エッフェル塔のせいだけではないはず。
実はこれから、彼は人間が潜れる最も深い海にチャレンジする。
ダイバーとしての長年の夢を叶えるため、これから約1か月をフランスで過ごすんだ。
…エベレストの入山料並の代金を支払って。
男の人の夢というのはお金がかかるものらしい。
書いたことがあるかもしれないけれど、私の彼はコマーシャルダイバーだ。
潜水士と言った方がわかりやすいかな。
人命救助とかをする海猿のような潜水士ではなく、ガスや石油等の基地で潜って仕事をする人なの。
どこの会社にも属さないフリーランスのダイバーで、世界の海が彼の職場。
呼ばれれば世界中どこへでも飛んでいき、一度行くと最低1か月は帰ってこない。
彼が自らを「リタイア中」と称するのは、この仕事が本当に好きだから。
好きなことをしてお金をもらっているだけだから、働いているという感覚ではないらしい。
実際、オフの時にまでこうして潜っているし、相当海が好きなのだと思う。
彼いわく、「一番楽しいのはヒーローになれた瞬間」とのこと。
誰が潜っても直らなかった故障をひょいと直したりすると、拍手喝采で迎えてもらえるらしい。
何兆円規模の事業の一切が、自分たった一人の帰還を待って息を飲んでいる…というのも面白いらしい。
何億もする機械だって、彼の手にかかれば楽器かゲーム機みたいなものだと笑う。
それを聞く私は彼の勇姿が見られなくていじけるのだけれど、彼の答えはいつもこうだ。
「スーパーマンだって、スパイダーマンだって、好きな子に正体はバラさないだろ。」
いちばん深い場所を制覇した後は、いちばん高い場所を目指す気でいるらしい。
彼の次の目標は、飛行機の操縦ライセンスを取ること。
今度こそはあなたの勇姿を見せてと頼んだら、最初の乗客は君だよと言って笑っていた。
彼はきっと一ヶ月後、私の髪を撫でながら、いちばん深い海の色を教えてくれるのだろう。
もしずっと一緒にいられたなら、いつかは宇宙食の味まで教えてくれる日が来るかもしれない。
少しくらい寂しくても、少しくらい心配でも、これだからヒーローの彼女はやめられない。
でもなんでパリってこんなに妙なニオイがするんだろうね?
しかもなんでもすごく高いし。
友達と借りたホテルの部屋はすごく狭くて、かろうじてシングルより少し大きい位のベッドを二人でシェアしてるよ。
奴のイビキのすごいこと!
俺も今から1時間くらい寝ようと思ってるんだけど、絶対に奴より大きなイビキをかいてやるつもり。はは
12時間のフライトでヘトヘトだけど、まだ午前11時だからね。
起きたらエッフェル塔を観に行って来るよ。Yeah!」
彼が興奮しているのは、エッフェル塔のせいだけではないはず。
実はこれから、彼は人間が潜れる最も深い海にチャレンジする。
ダイバーとしての長年の夢を叶えるため、これから約1か月をフランスで過ごすんだ。
…エベレストの入山料並の代金を支払って。
男の人の夢というのはお金がかかるものらしい。
書いたことがあるかもしれないけれど、私の彼はコマーシャルダイバーだ。
潜水士と言った方がわかりやすいかな。
人命救助とかをする海猿のような潜水士ではなく、ガスや石油等の基地で潜って仕事をする人なの。
どこの会社にも属さないフリーランスのダイバーで、世界の海が彼の職場。
呼ばれれば世界中どこへでも飛んでいき、一度行くと最低1か月は帰ってこない。
彼が自らを「リタイア中」と称するのは、この仕事が本当に好きだから。
好きなことをしてお金をもらっているだけだから、働いているという感覚ではないらしい。
実際、オフの時にまでこうして潜っているし、相当海が好きなのだと思う。
彼いわく、「一番楽しいのはヒーローになれた瞬間」とのこと。
誰が潜っても直らなかった故障をひょいと直したりすると、拍手喝采で迎えてもらえるらしい。
何兆円規模の事業の一切が、自分たった一人の帰還を待って息を飲んでいる…というのも面白いらしい。
何億もする機械だって、彼の手にかかれば楽器かゲーム機みたいなものだと笑う。
それを聞く私は彼の勇姿が見られなくていじけるのだけれど、彼の答えはいつもこうだ。
「スーパーマンだって、スパイダーマンだって、好きな子に正体はバラさないだろ。」
いちばん深い場所を制覇した後は、いちばん高い場所を目指す気でいるらしい。
彼の次の目標は、飛行機の操縦ライセンスを取ること。
今度こそはあなたの勇姿を見せてと頼んだら、最初の乗客は君だよと言って笑っていた。
彼はきっと一ヶ月後、私の髪を撫でながら、いちばん深い海の色を教えてくれるのだろう。
もしずっと一緒にいられたなら、いつかは宇宙食の味まで教えてくれる日が来るかもしれない。
少しくらい寂しくても、少しくらい心配でも、これだからヒーローの彼女はやめられない。