「なんと愚かなことよ」
「齢重ねて何を学んできた」
(なんと時代がかった物言い・:*ゞ(∇≦* )ガハッ)
と、他人様から呆れられても仕方のない是迄の私の行状。
解ってはいても年長者として見栄を張ることも出来ず
想いを抑え込んでまで強いフリができる訳もなく
長い事その葛藤の渦の中で藻掻いてきた。
今だから自信をもって言える。
日薬って確かにあるんだね。
人によって処方期間の違いはあるけれど。
月日は色々と知らしめてくれるもの。
決断に至る教示をも与えてくれる。
ハッ!と気づかせてくれる。
何年もかかったけれど
今の私は漸く妄執から抜け出せつつあるようだ。
完全脱出ではないけれど(ノ)ェ(ヾ)
間違いなく少し先の自分を思い描けている。
年が年だから「少し先」くらいでいい(≖ლ≖๑ )

要するに・・・妄執の渦の中にあったのは夫の遺品。
引っ越し時に大量のスーツは本人の手で大方処分していたから
私が思い悩む部分は半減していたけれど
それでも全部処分という方向に持って行くのが憚られたから
新しい靴や衣類は着てくれるという人に貰っていただき
私が着られそうなもの以外を大方処分することができた。
ただ、夫が触れてきたモノ達が捨てられなかった。
入院時以外は同じ空間で過ごしていた17年余り。
それは家の中の其処かしこ全てに及ぶ。
何もかも、何処もかしこも・・・其処此処に夫の存在を感じる。
一人になって仕事を持たない高齢者。
必要なモノなんて高が知れている。
ましてやあちこちガタがきている私には重量のあるものは
持ち上げることも移動させることもシンドイ。
だから、モノは極力無い方がいいに決まっている。
と、必要なモノ以外を処分し身を軽くすることを決意したのが数年前。
今年の8月を目途にして数年に及ぶ断捨離を決意。
短期間で一気に処分して失敗した(ᇂ_ᇂ|||)
・・・という過去があるので敢えて数年としたのだけれど。
それまでにはほぼ終えることが出来るだろうと侮っていた。
それがなかなか進まなかったのは、この呟きで明白・・・(=ェ=`;)
執着という洋服を着た上に妄執というコートで身を固めていたからね。
それが此処にきて漸くエンジンがかかった。
やはり数年という月日は必要だったのだということだ。
今思えば、無駄ではなかった葛藤の日々(。→ˇܫˇ←。)
偉いぞ、まころん(* ̄0 ̄)/ ☆ヾ( ̄ ̄*)自画自賛か?
生前、夫がよく言っていた。
「形あるものは壊れるし無くなるモンだよ」
そうなのだ・・・
モノはモノでしかない。
背中を押されたものの一つに
YouTubeのお片付けチャンネルがあった。
いくら大切に思っていても所詮最後は処分される。
ならば、私が元気なうちに思いを込めて片づけよう。
そのモノ達と暮らした日々を大切な想い出にしよう。
大切な想い出をくれた夫に感謝して胸にしまっておこう。
それでいい。
「モノ達」に感謝してお弔い。
大事なモノは見えないところにいっぱいだෆ꒡ .̮ ꒡ෆ
思い出したいときは写真という奥の手もある。
気持ちをそう切り替えられた。
いやはや、こうして幾つになっても悩みは尽きない。
再び寒くなってきた。
今日はおでんにしよう!
