半醒半睡。 -118ページ目

半醒半睡。

夢か現か・・・日々この連続

6・7年前から夫の一言で時代小説に嵌っていました。

 

 「佐伯泰英という作家がいるんだけれど、時代小説書いているんだよね」

 

 「で?」

 

 「僕がよく読んでいた頃は、ヨーロッパとか舞台にしたものを書いていたんだ。

    それも結構面白かったんだけれど、時代小説に転向しちゃったみたいでさ。」

 

 「ふーん」

 

 「その時代小説がまた面白いんだよ~」

 

 「読んでみたいわ~」

 

きっかけがこのような会話だったのです。

アドバイザーと言うかオブザーバーと言うか・・・的な夫の存在がなくなって

時代小説を手に取り、頁を捲ることがなくなってしまいました。

 

で、嵌る前に読んでいた本の再読を始めた訳です。

引っ越してからの蔵書は数が知れているので選り取り見取りとはいきませんが

コロナ禍でできることの一つの楽しみだと思うことにしました。

 

 

 

 

いつものように少しばかりの感想で・・・スミマセン

 

 

本であろうが何であろうが考え方も捉え方も人それぞれです。

100人いたら100人の感想は違って当然。

 

 

この作品に登場する男性陣。

それぞれに優秀でエリート。

 

 

まぁ、置かれた環境によって人というのは変わっていくのだろうから

男性だから女性だから…というのは関係ないかもしれません。

ただ、女性の立場からみると決して好ましくないタイプです。

まぁ、敢えて好む女性もいるかもしれませんが・・・

 

女性を都合よく利用できればいい、邪魔になったら・・・としか思っていないような

男性陣の中心にいる雨宮康子の心境が僅かしか描かれてはいないけれど。

 

同性として、汲み取れる部分は僅かですが・・・あります。

 

 

 

 

現実でも、いくら声高に男女平等と叫んでみても

『男尊女卑』『職業差別』『身分差別』などが根底に巣食っているわけで。

そういう歴史を重ね、教育を受け、当たり前のように今現在に至る訳です。

 

付け焼き刃で男女平等を叫んでも・・・上っ面だけのように思えてなりません。

事実、ポロリと本音を零して辞任に追い込まれた方もいらっしゃいます。

 

 

そんな風景が垣間見える作品だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――北野異人館 うろこの家にて―――

 

 

夫が存命中は、暇さえあれば本屋さんか図書館通い。

天気のいい日は桜や藤を眺めに行った帰りに通りがかりのBOOKOFF・・・とか

「お茶しよーゼー」と、出かけたその帰りに区民センターの図書室・・・とか

市内にある図書館へは当り前のように立ち寄っていました。

(¬ε¬).。oO (他に行くところ、ないんかい)

 

しかし、このところ私の読書量は右肩下がり(ー`´ー)

本屋さんに足を運ぶことが少なくなったこともあるしね。

 

で、最近は専ら読み直し(///◔(ェ)◔///)

再読する作品は、私の場合もの凄く偏っていて

京極センセイや宮部センセイ、島田(荘司)センセイの作品が主。

 

でも!好きな作家は多いのです。

初めまして・・の作家さんとの出会いもワクワクするし・・・

それに読みたい作品は山程あるし、ジャンルも色々・・・

要するに、どんな作品でも目に留まって、パラパラ捲って

(⌯¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)✧.。oO (読んでみるか) と思えば『お買い上げ~』と相成る訳です。

 

引っ越しの際に殆どの本は処分してきたのに

いつの間にか本棚に収まりきらなくなってきている状態です。

(増やさないという決意は固かったはずなのになぁ・・・(≡ε≡;A)…)

 

父に作ってもらった文庫とノベルス専用の本棚2つだけ引っ越し先に持参して

既成の本棚は処分してきたのですが・・・早まったか?σ(´-ε-`)

・・・いや、処分してきたからこの状態で収まっているんだよね。

大体、殆ど処分してきてこれ以上増やさないつもりなら

本棚2つもいらないだろう!と言われそうだけれど(〃 ̄ω ̄〃ゞ

 

・・・と、いろいろなモノを処分できても本だけはなかなか手放せない私です。

 

 

まぁ、そんな私の言い訳のような弁解のようなことはどーでもいいか(*´罒`*)

 

 

 

 

 

久々に中山七里さんの本を手に取ってみました。勿論、再読です

 

東日本大震災当時を思い起こさせる作品です。

いつものの如く、ストーリーは記しませんが悪しからず♡→ܫ←♡

 

 

こんな恐ろしいことを考えている国があって

それを当然のように実行する人間がいるのだとしたら・・・

そして、自分の身を擲ってでもそれを護ろうとする人間がいるとしたら・・・

 

人間のやることも作る物も完璧である訳がない。

4つのプレートの真上にある地震大国ニッポン。あっちこっちに活断層。

そんな平地の少ない狭い国土上にいくつもの原子力発電所があること自体

CO2削減問題以上の問題であるように思えるのですが・・・

 

現に数えきれないほどの被災者がいて、未だに帰郷できないでいる。

汚染水も増えるばかりで解決の糸口さえ見えない。核のゴミ問題も然りです。

 

原発神話は崩れたのに・・・未だに原発重視・・・何故??

原発の問題を棚に上げて見て見ぬフリをしてはいけない!そう思います。

 

大震災が実際に起こったという事実・・・だからこそ恐怖を抱く作品です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番の話し相手がいなくなってしまったせいで、ここで呟くことが多くなりました。

思い違いや間違った考え方をしいることは、間違いなく多いだろうと

そこのところは十分理解しているのだけれど

どう間違っているのかを気付けないのが一番悲しいところです。

 

人って、一人でいると独りよがりになりがちだから気を付けないと・・・

・・・と、つくづく思う今日この頃です。

 

その割にはエラソーに呟くオバチャンですけれどね(´`ิิ艸`ิิ ) ブホォww

 

 

 

今日のおやつは、夫の好物『白桃』のゼリー

生の桃が一番好きだった夫です ̄(=^ー^=) ̄

今では食べるのは私だけだし、生は保存期間が限られるし・・・

 

 

 

 

 

----ココカラ--- ゚(*_ _)人いつもの妄想的戯言世迷言 (ノ)ェ(ヾ) --デス------

 

 

コロナウィルス蔓延という未曾有の事態に陥って一年半が過ぎましたが

未だに至る所で様々な苦しみの声が絶えることはありません。

 

老若男女や職種あれこれ関係なく、誰もが日々見えない敵と闘っています。

感染者は80万人を超え、亡くなった方も15000人に届こうとしています。

 

オリンピックの東京開催は、本来なら喜ばしい事なのでしょうが

これ程、国民を悩ませることになるなんて・・・思ってもみませんでした。

とても残念でなりません。

 

 

国民が一つになってウィルス相手に闘う姿勢が見えたのは

最初の緊急事態宣言だけだったように思います。

それ以降は、残念なことに身勝手な行動をされる方が多く・・・

喉元過ぎれば熱さを忘れる・・・的な無頓着さ?

自粛していても何事もなかっただろう!・・・的な楽観視?

自分なりにしっかり対策してるから大丈夫・・・的な根拠のない安心感?

 

結果として、そういう慢心や怠慢の隙を狙ってくるのです。

見えないからねー・・・コロナウィルス

でも、これは国民ばかりの責任ではないと思います。

 

発信力が弱く緊迫感が感じられない・・・リーダーの発言。

頼りのない議員や矛盾した行動をとる官僚達。

そういう情報をメディアが報じれば当然、日本の隅々まで広がっていきます。

 

「政府が何を言ってる。自分たちで破ってるじゃん!」

まぁ事実なのだからそりゃぁ、国民は言いたくもなるよね。

(だからって好き勝手なことをしていい訳じゃない)

で、当然のこと発出する側は強く言えなくなるでしょうが・・・

 

「今は非常時なんだ!」って声を大にして訴えてよ。

芝居臭くてもいいからさ!

発信力は政治家の一番大事な部分だろうに・・・

 

しっかりしてよ!リーダー!!

 

 

だからと言って何の根拠もない自分ルールで自由行動する人を

容認していいとは誰しも思ってはいません。

いないけれど・・・多くの人が自由過ぎる・・・何とも思わないのですか?

敵は『見えない強敵コロナウィルス』なのに、見えないから平気なのですか?

 

ただ、多くの人達がイライラしていることは事実でしょうから。

「自粛続きで、人生楽しくなーい!」

そう叫びたくなるのも、よーくわかります。

1年半も続いているし・・・尚更なんでしょうけれどね。

 

攻撃の対象である敵は『見えないコロナウィルス』

見えないし、相手がウィルスじゃ・・・と、

見える誰かを悪者にして、怒りの矛先をそこに向けていくのだと思います。

自己判断での自分の行動を正当化するためなのでしょうけれど。

 

 

人はあれこれと妄想を抱きます。人間には言葉という武器がありますが

時にその武器は伝わる先々で変異します。まるでウィルスのように。

それがどんどん伝播して人々の噂話の一つになるわけで

それが間違っているとか正しいとか冷静に判断なんぞできません。

世の中に蔓延している多くのデマ情報は、そういう事でしょう。

人間なんて、大方そういうものです。

 

メディアも最初の頃は特に飲食店の文句を優先して伝えていたと思えるし

それが正義だ!というメッセージのようにも感じました。

(辛いし、怒りたいのは飲食店ばかりじゃないのに)

医療現場の悲惨さを伝えることより

私には、そちらの方を煽っていたようにしか思えませんでした。

穿った見方かもしれませんが・・・

 

誰が悪いわけでもない・・・あくまでも問題はウィルスなのです。

(ウィルスの発生源は詳しくは分からないので語りませんが)

現状をみれば危機感を持たねばならないことは誰でもわかるはず。

それなのに・・・この危機感の欠如はどこから来るものなのでしょうね?

 

要するに

「大変な状況なんだ」というメッセージが全く伝わってこないから・・・でしょう。

 

恐怖に怯えている人は必要以上に感染対策を行っているでしょうし

感染者を受け入れている医療従事者は休みなく働いている訳です。

 

政府は国民にどうして欲しいのでしょう?

日本の国民は、政府が何も言わなくてもきっと何割かの人は自粛をするでしょう。

医療従事者は矜恃を持っておられるから指図されなくても動かれるでしょう。

 

そういう日本人の国民性に丸投げしていませんか?

丸投げされても良いのですが、指針を示して欲しいものです。

国民はただただ、振り回されているだけのように感じます。

振り回されている国民の一人である我が身が滑稽にさえ思えます。

 

政策の全てが曖昧で、はっきりした方針もメッセージもなく

自分たちの保身だけしか考えていないように感じるのは私だけでしょうか?
 

 

 

 

風見鶏の仕事は風向計。

魔除けの意味もあったと言われているけれど・・・

  上の写真は風見鶏ではなく『うろこの家』の魔女さん

  (魔除け・・・からの連想です(〃 ̄ω ̄〃ゞテレテレ)

 

 

 

屋根に飾り付けられ下界が見渡せる眺めのいい場所で

ただただ風に吹かれて回っているだけの風見鶏

 

風のない穏やかな日などは、日がな一日のんびりしていられる。

なんて気持ちのいいポジションなのでしょう。

 

ゲリラ豪雨や大型の台風到来、災害さえなければ安泰だし。

仕事は風の向きに合わせてあっち向いたりこっち向いたりするだけ。

 

 

 

だいぶん昔の話だけれど・・・『風見鶏』と揶揄されていた政治家がいました。

私のような者が政治を語るなど、とんでもないことでございますが

当時、今ほどの『風見鶏』感は感じていなかったと思います。

 

 

日本と言う一つの大きな家の屋根の上にいて

(差し詰め屋根瓦は政治家や多くの自治体のリーダー達・・・と言ったところか)

右往左往している下々の思いはまるで見えていないように感じます。

 

屋根瓦のリーダー達は飛ばされない様、雨漏りさせない様に

屋根の下(自治体)の住民を守るために頑張っています。

現場(国民)に一番近いところにいるのは、風見鶏ではなく屋根瓦でしょうから・・・

まぁ、全てのリーダーが・・・とは言いませんけれどね。

 

 

ε-(o´_`o)ハァ…

 

また今日も中途半端に見当違いなことを呟いてしまったようです。

 

(。-人-。)