見えない姥捨て山 | 半醒半睡。

半醒半睡。

夢か現か・・・日々この連続

ここ数年、近所の方の訃報を聞くことが増えた。

今のところに引っ越してきて、今年で8年目。

以前の地域は若者が多かったけれど

この地域は周囲の一軒家も含めて、高齢者が多い。

 

いくら隣近所と交流があっても

常時傍にいるわけではないから

異常に気が付いた時には、ほゞ手遅れなのだと思う。

 

声を掛け合おう!と、地域みんなで心がけてはいても

他人同士の関りはこの辺りが限界だ。

 

 

こうして、近所の人達、友人知人など

周囲の顔見知りが、入院したり、亡くなったり

いつの間にか・・・一人また一人と姿を見なくなる。

 

ここ数年、そういう状態が続いている。

 

 

確かに学生時代から友人たちの死にも直面したし

二十代、三十代、四十代の頃も含め

病をえて亡くなった友人たちの数は、両手では足りない。

 

病の怖さは当然の事

今の医療をもってしてもどうにもならないという悔しさも

・・・味わった。

 

高齢者という枠組みの中に組み込まれた今

若い時には考えてもみなかった寂しさも加わる。

自分が高齢者になってみて初めて理解できる感情。

体力的にも社会的にも私が抱くのは無力感だ。

 

年金暮らしの年寄りの中の一人ではあるけれど

世間からすっかりリタイヤした訳ではないゾ!

気持ちだけでも若々しくいよう!
と、ずっとそう思っていたけれど・・・今では完全に自信喪失。

周囲を見回すと、年寄だらけの中にいる紛れもない年寄りの自分。

 

外を歩けば、ひっきりなしに老人施設の車が行き交う。

夫もお世話になったディサービス、ディケアの送り迎えだ。

高齢者向けの高級マンションや高齢者施設のチラシも

ドアポストによく入っている。

年寄りの年金や財産の搾取目的の詐欺事件も後を絶たない。

世の中は年寄りだらけだと嫌でもそう思わせられる。

TVでは頻繁に数多くの葬儀会社のCMが流れているし・・・

過去に葬儀関連の仕事をしていた私でさえ

「あまりに多くないか?」と異常に感じるほどだ。

 

 

ここまでの生き方は自分の意思だから愚痴など零せないし

今更、どうのこうのというのはないけれど

人との関わり合いが減った現代に於いては

目には見えない姥捨て山に置かれているような感覚を覚える。

自分が高齢者になったからこその感覚か・・・

周りの友人知人たちがいなくなってきたせいか・・・

それにしても、なんて身勝手な感情だろう・・・・と反省。

 

 

 

 

ヽ(´ω-`;)ハァ

最近は、引き籠り、閉じ籠り生活が続いているせいか

気持ちがマイナス方向に向かっているみたいだ。

 

 

気を付けよう・・・

オバチャンは負けないゾ(* ̄0 ̄)/ オゥッ!!

(何に?)

 

 

 

 

一人で過ごすおやつの時間にも

随分慣れてきた今日この頃。

 

今日のおやつは、チーズマフィンと

冷蔵庫に残っていた玉ねぎを使ったケークサレ擬き

 

 

ま、オバチャンによるオバチャンのおやつだから

こんな出来栄えでもイイのだ~(pq*´∀゚)~♪