先日、年賀はがきを購入。
枚数は以前の半分以下・・・
悲しいことだけれど、友人知人が一人二人と亡くなり
元気であっても年賀状終いを選択する人が多くなった・・・から。
年賀状終いを選択された方達は殆どが私より先輩なので
終活の意味もあるのだろうと思うけれど・・・
年賀状終いをした一人でもある叔母の言葉
「近所の人や共通の趣味の友人達は頻繁に会うから然程でもないけれど
なかなか会えない人とのやり取りがなくなったのは寂しいよ」
そうだろうと思うよ。
人を選んで年賀状終いはできないしね。
(いや・・・そうやって縁を切りたい人もいるかも・・・σ(´-ε-`)ウーン…)
「年賀状終いのメッセージは貰ったけれど、これからも出すからね」
というと
「ホント~?ありがとう。嬉しいわ!」
まぁ、それまでも叔母には欠かさず出しているのだけれど((@^ェ^@))
今87歳の叔母は十数年前に事故によって障碍を持ってしまったけれど
それまでは国内に限らず海外へも精力的に旅行していたし、水彩画も。
障碍を負った今は、自由に旅行ができないし絵筆も持てなくなったので
障碍者でも楽しめるスポーツに参加しているとのこと。
気持ちはとても前向き・・・見習わなきゃ(*˘︶˘*).:*♡
そういう叔母でも年賀状終いを選択するのだから
多くの人が行う終活の第一段階が人との縁の整理なんだろうと思います。
私も夫を亡くした直後、次年度からは止めようか・・・と思ったものです。
年賀状を出さなくても、他にいくらだって連絡方法はあるし・・・
でも、私にとっては・・・そういうことじゃないんだなぁ・・・と思い至って
今も尚、年に一回の御挨拶だけれど、お付き合いいただいています。
直接会って・・・というのが本来の年始のご挨拶なのだろうけれど
その昔、公共の乗り物が多かったのは一部の都市だけだっただろうし
遠くの親戚友人には、なかなか会えるものではなかっただろうから
年賀状は便利で大切なアイテムだったのだろうと思います。
今のような三が日に年賀状が届くシステムは明治の頃からだといいます。
道路もそれ程整備されていない時代に・・・凄いことだと思うわ。
郵便配達人が雪の中で倒れていたこともある・・・
命を落としてまで鞄の中の郵便物を守った・・・
と、かなり前ですが何かの番組で耳にしたこともあります。
現代の若者はSNSやLINEでのやりとりが主流だといいます。
それはそれで良いと思っています。
挨拶をすることが何より素晴らしいことだと思うから( *’σI’)ぅん
私もスマホがなかった時代にはメールで送ったこともありました。
WEB上でオメデトーメッセージのやりとりもね ̄(=^ー^=) ̄
そのせいか・・・
「めっきり文字を書かなくなってしまったなぁ」
時々漢字を忘れるのです・・・
変換ミスにも気づかないことだってしょっちゅう。
メールだのLINEだの便利なアイテムに依存しちゃっているからだね。
書類等に記入する場面に遭遇した時など、つくづく実感しますε-(o´_`o)ハァ…
年賀状も最近は9割方はPCにお任せ。
私の仕事は一言書き加えるのとプリンターにハガキを補充するだけ。
(インクが切れたら慌てて買いに走るけどε=ε=ε=┌(o゚ェ゚)┘)
木版画だのプリントごっこだのステンシルだの・・・
手を加えて楽しかったことなど、すっかり過去の話です。
当時は準備にも時間がかかって・・・それも楽しかったはず(ー`´ー)
年頭にたった一回の寿ぎの言葉を送る習慣も
段々と廃れていっちゃうのだろうか・・・と思うと、寂しくもあります。
DMだったり、お義理の年賀はいらないけれど
仲良くさせていただいたりお世話になったりした方へだけでも
『今年も仲良くしてくださいね』っていう気持ちを伝えるツールとして
(この年になると、ほゞお互いの生存確認になっている感もある)
せっかく繋がったご縁を大事にしていきたいと思っています。
気力体力が衰えないようにヾ(●`・ω・´●)ノ頑張るぞっ!!!
今日のおやつは、六花亭の『君が家』
私の好きなアップルパイです( ๑ ❛ ڡ ❛ ๑ )❤

