あまり進まない針をただ見つめていた。時計塔の針は先端がトランプのスペードのような形をしていて段々と悪魔のしっぽの形に見えてきた。二又の可愛く尖らせたしっぽを焦れったく動かしている。
暑かった夏も終わり、スーパーの鮮魚コーナーから流れてくるような風が吹いてくる。少し厚着をしてきて良かった。秋が私は一番好きだ。寒い冬から暖かい春よりも、暑い夏から少しひんやりする秋の方がこれからくる厳しさを伝えてくれる印象があるからだ。お母さん、みたいな感じ。
あの人の寝坊はいつものこと、今に始まったことじゃないし長い付き合いだから気にならない。
でも、たまには間に合ってくれたっていいじゃない、と思う。特に今日みたいに冷え込み始めた日なんかは。あなたと一緒に季節が始まった瞬間を感じたいと思う。願う。
「寒くなってきたね」
隣で手を繋いでいた彼がジャケットのポケットに手を突っ込みながらそう言った時に私は何故だか幸せを感じた。それをまた味わいたいと心のどこかで思っているのだろう。言葉にすれば「このフルーツタルトを永遠に食べていたいわ」みたいなこと。分かるかな。みんなも試して、考えてみて欲しい。自分の好きなものをずっと食べていたいっていう感覚と、この人とずっと一緒にいたいと思う感情は。
秋はいろんなことを思い出させてくれる季節でもある。これが完全な冬だったらそうはいかない。寒いことしか考えられないから。私にとってストライクゾーンなこの気温が一番頭をすっきりとさせてくれる。
やはり、尻尾は進んでない。意地悪だ。思いっきり悪魔の目がありそうな場所を睨んでみる。
うーーー。
「みてんの、なんか」
すぐ右に大好きな彼。
「遅い」
「いつもの寝坊、お待たせ」
「誠意が見られませんな」
「鞄をお持ちしましょうか、お嬢様」
「ふん、では頼もうか」
丁重に扱いたまえ、などと言いながら、私と彼は手を繋いで歩きだした。
「ブスだったな、時計を睨みつける顔」
おいこら。無言で腹を叩く。
うぐっ…。割と本気で痛そう。
「どんだけ待ったと思ってるの」
「悪かったって…」
「たまには間に合ってくれても、いいんじゃない?」
芝居がかった首の動きで、彼を睨む。シャーっと歯を猫みたいに尖っていることをイメージして。
「そうだね」
「絶対思ってない!」
「寒くなってきたな、今年も」
風が吹いた気がした、あの時とは違う風。
はー、好き。
「うん、寒くなってきたね」
もう一度手を強く握り直して、私たちは歩いていく、新しい風を求めて。
