最近、「痙縮」という言葉が気になって、ネットを見たら、

 

小児脳性まひの下肢痙縮に伴う尖足について ...

 

という言葉があり、尖足のマッサージやストレッチは子どもの表情を確認しながら「気持ちが良い」必要があり、苦痛があったら逆効果だそうです。

 

私は寝たきりで尖足で、気持ちの良いマッサージもいいのかもしれないと思いました。

 

でもその状態が一生続くのではなく、尖足でないつま先立ちでない足になって地面を踏みしめたいんです。

 

痙縮は、上位運動ニューロンの障害だそうで、治療で着るものなのでしょうか。

今日は午前中にちょこっとネットで痙縮などの情報を観ていました。

 

それが原因かなんてわからないですが、夕方から両足の足裏がしびれています。

 

しびれは、神経細胞のつなぎかえが起こっている可能性があるとリハビリ療法士さんがおっしゃっていました。

 

今日午前中にネットで観たことがそれを引き起こしたとしたらいいのですが。

 

痙縮の治療にボツリヌス療法があることは聞いたことはあったけど、方法はこんなにあるとは知りませんでした。

痙縮がなぜ起こるのか知りたいです。

 

私が読んでいる、一般社団法人 動きのコツ協会のメルマガには、時々代表理事の生野達也さんが登場します。

 

その中で、

 

実は最新の脳科学の研究によると
麻痺の回復には”動くよりも”大切なこと

言い換えると
麻痺の回復のために”動くための前提条件”
があることがわかっています!!

 

という文に、両麻痺のリハビリに関係ありそうな気がしたんです。

 

生野達也さんが動画で説明していて、私は聞こえないので観たところ、手と脳がつながっている絵に、①と思って②準備を③感覚と書いていました。

以前に身体の動きは頭でイメージ後に実際の動きになると聞いた記憶を思い出しました。

 

両麻痺のリハビリは、私の場合寝たきりで、全く動かなかった手足に動きが出たけど、寝返りも寝た状態上半身を起こすこともどうやるのか思いあぐねていたんです。

リハビリ方法はわからないけど、頭の中で身体を動かすことが両麻痺のリハビリという気がしました。

アメーバブログで、一般社団法人動きのコツ協会のメルマ ガを知って読んでます。
最近、サボって読んでいませんでした。

久しぶりに読んだその中で、「身体所有感」という言葉がでてきました。
これは自分のものだという実感できる感覚のことだそうです。
それが可能になるのは、ものをしっかり感じ取れることだそうです。

自分には麻痺になって身体のあちこちでその感覚がありません。。。
自分の身体を触っても、他人の身体か物体を触っているようで、触られている感覚もない・・
これは私の超重症な感覚のなさですが、感覚がわかるのに自分の身体じゃないという感じがする・・・片麻痺のときの私の右半身は触るとそんなふうでした。

普段、両麻痺の私は唯一動く左手と目をフルに使ってものを感じようとしてました。
でもリハビリ的によくないことをしていました。
曖昧模糊とした自分の感覚でいっぱいだから、何でも目で見て知ろうとしていたことです。

身体で触れて知るような感覚は体性感覚というそうですが、わかりにくい、でも自分の身体にはゼロではないその体性感覚で感じ取って、目を使わないようにすべきでした。。。

最近、フォローさせていただいているリハビリ専門家
濱崎烈士さんの「一般社団法人 動きのコツ協会のメルマガ」を読むことをサボっておりました・・・

タイトルから「足元の見すぎにご用心! 」と「「自分らしい手足の実感」が得られるコツ」のメルマガを読みました。 自分のことを言われている気がしました。

 

「足元の見すぎにご用心! 」では感覚の役割のお話で、私は見ると安心すると思っていたけど、体性感覚をほとんど無視していました。

「自分らしい手足の実感」が得られるコツでは、自分の体を“これは私のものである”という実感= 「身体所有感」は、感覚がしっかり 感じ取れることで実感できるというお話でした。

 

私は身体に何かが触れた時、目で見て了解するクセになっています。

身体は麻痺だらけで、きっと身体の感覚ではわからない(実際ほとんどわからない)ので、代わりに目に頼ります。

でもこの状態を続けていたら「身体所有感」はわからないと思いました。

目は触れた感覚はわからないからです。

 

何かに触れているかわからなくても、目でなく身体でわかるようにしよう。

わかりはじめたら、自分の身体を自分のものという実感が湧く?

そうなったら、リハビリから脱皮できないだろうか。

身体所有感があったら、自分の身体は動きやすく、自分でできたりして・・と思ったんです。
 

リハビリ専門家濱崎烈士さんの一般社団法人動きのコツ協会のメルマガを時々読み、やっぱり本物の身体の動きを目指している感じがしました。

 

麻痺の手足を動かせないといって、意志で手足を動かそうとしても不十分で、意志だけが空回りする・・・身体の動きには、複数の身体部位が一緒に動くことが必要で、それを可能にするのが意識するなのではばいかと思いました。

 

現在新型コロナ禍で自宅でのリハビリですが、認知神経リハビリテーションの専門家のアドバイスが絶対必要だろうと思いました。

 

最近、ブログに自分がみた夢をそのまま書いてみました。
でも子どもはわりとはっきり覚えていた夢ですが、子どもよりも自分のみた夢をみる回数の方が多い気がします。
夢と思っていて、実は別のものを私は指していたのだろうか、そんな気分です。

みた夢は、お世話になっていたのに私は脳出血になったときの透析の主治医、小学生の頃の松葉杖を使っていた友人、透析患者会役員のときお世話になったのに最近お亡くなりになった方、など意味深なものが多いです。 夜に夢を思い出したのははじめてでした。

単にひまで夢をみすぎているだけなのでしょうか。


◆「夢とは」で検索して最初にあった説明

夢 (ゆめ)とは、 睡眠 中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の 観念 や 心像 のこと 。 睡眠中にもつ 幻覚 のこと 。 睡眠中の脳活動にはレム睡眠とノンレム睡眠があるが、1957年に夢は主に レム睡眠 の状態にみられる現象であることが明らかになった 。 視覚 像として現れることが多いものの、 聴覚 ・ 触覚 ・ 味覚 ・ 運動感覚 などを伴うこともある 。 通常、睡眠中はそれが夢だとは意識しておらず、目覚めた後に自分が感じていたことが夢だったと意識されるようになる 。 しかし、稀にではあるが自分が今見ているものが、夢であることを自覚することが出来る場合もある。

表皮の痛みがあってから、夢を覚えていることが多すぎるリハビリと夢の関係なんて聞いたことがないけど、私はその関係あるんじゃないかと思いはじめつつあります。

昨年は2つの夢でした。

体育館でバレーボールをしている夢で、そこにいたのは、小学生のときうちに遊びに来たこともある松葉杖を使っていた女の子でした。
全く足が動かないわけではないけど、両足は振り子のようでした。
女優のような美人な女の子で、ここでは書けないけど、フルネームで覚えていました。

私は片マヒのとき小学生の教材の会社でパート勤務(事務)をしていて、そこでの飲み会の夢で、私のような透析患者と結婚したいかが話題になりました。
既婚で年配の方はそれ相応意見があっても、未婚の方は黙っていました。
その場に夫がいて話しはじめたところで目が覚めました。
私は長く生きられないと夫に言って、夫は自分はいつ交通事故に遭うかわからないと言ったのを覚えています。

夢はみてるかもしれないけど、きれいさっぱり忘れていると思っていたのに、表皮の痛みがあってからよく覚えているんです。
表皮の痛みは、1時間おきくらいに時計を見ては「まだ夜中だ」と寝た気はしないのに、夢はみていました。

昨夜の夢は3本立てでした。

自分に似合わないバーで誰かを待っている夢、

大学の研究室のデスクにいるようだけど、気持ちの悪い男性が目の前でこっちを見ている、好きな教授のデスクはすごく離れている、その教授は教授ではなく血管外来受信時の医師だったという夢、

映像はなくて右手が動かないと感じる夢で、20年位右手は動いてないのになぜ今?

夢って不可解なことが多いけど、右手が夢に出てきたのははじめてだと感じました。