アメーバブログのアカウントは2018年に作っていて、gooブログをアメーバブログへ引っ越し(インポート)したのは2020年11月でした。 理由は10年程書いたgooブログにあるリハビリだけの内容にしたいと思っただけです。
正確には?引っ越しではなく、gooブログのリハビリブログをアメーバブログにコピーして、アメーバブログでも書き始めたという・・・ひま人です。

でもgooブログではブログをカテゴリーでまとめてますが、アメーバブログではそれに似たテーマというものでまとめているようだったのですが・・・

アメーバブログにインポートされたgooブログはたった一つのカテゴリー(テーマ)、「ブログ」にまにまとめられ、カテゴリー(テーマ)の作り直しになりゲッソリしました。。。
10年近く書き続けたブログのインポートは、「お引越し成功記事件数  1011 件」だったので。

のんびり作ったアメーバブログのテーマです。
ちっとも上手じゃない。

 

このアメーバブログは認知神経リハビリテーション偏りなリハビリブログです。

 
 
 

1回目脳出血のとき、中里瑠美子さんのリハビリを終えるとリハビリレポートを書いていました。

レポートを書くにはリハビリを思い出しますが、そうすると痛くもかゆくもない、携帯のバイブレーションの振動のような感覚を身体の奥に感じていました。

 

あるとき二の腕にふれるリハビリを行っていたと思うのですが、二の腕はどう感じていたっけ、と思い出していたときのことです。

 

ふいに私の二の腕野中にはモーターのようなものがあって動きだしたと感じたんです。

 

 

私は2011年から下手なgooブログを書いてます。

でもリハビリを日記風に書こうとしたところ、いつの間にか何でもありのブログを10年近く書き続けてしまいました。

せっかき認知神経リハビリテーションという新奇なリハビリを受けたのに、自分がどう記録したのかわからなくなってしまった・・・

 

そこで一旦gooブログからアメーバブログに引越し、リハビリのみのブログにしました。

 

プロフィールとして、少し自分の受けたリハビリと、それによると思われる変化を書きました。

 

なにげなく思い出してプロフィールを書くうち、自分の麻痺の右手が、pcをタイプする左手の動きを邪魔すると感じました。

麻痺の右手は、普段左手の邪魔をせずし~んとおとなしいものです。

それが頻繫に右手が左手の上に落ちるので、その度に右手を動かない位置へ移動します。

 

でも考えてみたら、右手は左手を邪魔しているわけではなく、右腕は緊張がとけて左手の上に落ちたようです。

くたっとなって私の右手は楽じゃない?と思えました。

 

そのときプロフィールには、右手のリハビリを思い出して書いてます。

だからといってそのことで右手はリラックスできたかわかりません。

 

 

 

 

聞こえはいいのだが、現象という言葉はむずかしい?
以前、起床時に自分の足が浮いていると感じたのは現象かと思ったら、実は単に足がベッドに着いているのに着いていないと自分の足が思っただけであった。。。

自分の感覚は確かにおかしい。
おかしいんだけど、それに気づけるのは、その感覚の持ち主?
こう思っていたけど実は違っていたと修正することが、自分でできるリハビリ、なのかなあ?

前回のブログに書いたのは、重度麻痺の右足は布団がかかっていて見えないと痛みを感じ、布団を取って右足があると見ると痛みは消えるという現象でした。

普通ならこんなことはありえず、脳出血で感覚らしきものはあっても、痛みに似た不快な感覚がたくさんあります。
脳出血で麻痺だから仕方ないと考えるか、いやそうではなく脳は改変できるらしいと考えるリハビリテーションがあります。

私は理科はおもしろいと思ったけどリハビリテーションの知識はありません。
脳出血で認知神経リハビリテーションという魅力な考え方があると知っても、自分の身体を治すために知識を蓄えようとしていない。

いったい自分の身体をどうやって治したいのか。

このリハビリに葛藤みたいなものがあるのは、脳出血はある条件があれば、理論的に回復すると知ったからです。

自分ができることといえば、自分の身体を直視することだろうか。

透析中、この文を看護師さんに読んでもらって布団を取っていただいた。


右足が麻痺っぽい痛みで、入院中のリハビリの可能性も

普段動かしていない右足を速く動かすとよくなります

ふとんをとってもらえますか

自分の足が見えると治ることがあります



自分の麻痺の強い右足は楽になった。
自分の足が見えないと不安になるからだろうか。

昨年9月から5か月程入院、退院したら食欲が止まらない。
血液データの尿素窒素の値は、健康なら20位で、透析患者なら80以下がいいとされている。
尿素窒素とは、透析患者の場合、食べた結果血液中のタンパク質が分解されてできた毒素とみて、自分の尿素窒素は100以上だったりする。
この状態が続いていいわけがないので、先生に尿素窒素が高いままだと悪影響はないか質問した。

先生は(透析患者では)高い尿素窒素が悪さはしないだろうとおっしゃって(透析患者の尿素窒素はなぜこんなに高くても生きられるのかと思うほど高いのだが)、私の場合透析効率はいいので大丈夫だとおっしゃった。
以前に聞いたことで、透析は血を洗うが、60㎏の透析患者が体全部の血を1回きれいにするとき、30㎏の透析患者が体全部の血を2回きれいにすることになる、という比喩みたいな話があった。
自分はしっかり食事制限をしたわけでもなく、単に自分は小学低学年レベルの身長(140㎝)で血全体量は体の大きい人より少ないことを指していたと思う。

まだ食べられるとほっとしたが、感じるのは、食べたくなるのは唾液の多さだ。
唾液が増えると、のどの渇きが気になっていないようだ。 甘いものをよく食べ塩分が少ない食事で満足している。

月2回ある血液検査でいただく検査データには、そのときのドライウェイトが載っている。
昨年のドライウェイトの推移をみたら、夏にちょっと減って、入院した秋から翌年にさらに減り、入院中の空腹感は、退院によって体調のよさもあって爆発、減った体重を上げるため自分の身体が起こした異常な食欲だったのか、と思った。

今まで入院していた病院を退院、いつも透析で通院していた病院へ転院した。
今まで入院していた病院で行っていた飲み込みのリハビリの続きを行うためである。

STの方はとてもやる気があって私の食事するところをみてくれた。
「危ない。気管支に入っているみたい。」とおっしゃった。
今まで入院していた病院でと同じ食べ方だし変だなと思った。

「私って飲み込みできてます?」
と聞いてみた。すると。
「飲み込みはできています。」

「じゃあなんで、私は飲み込みができないって言われるの?」
と聞くと、
「飲み込みが気管支を時々通る音がするから。
原因はいっぱいあって、脳卒中とか寝たきりになったり。(自分はこれ?)」


たん、出せる?とよく聞かれて、大抵器用なことはできなくなってるから、確認せず「できません」と答えてしまった。でもたんがからんでるから吸引したが、だ液しかなかったらしい。
たんの出るかぜをひくと、朝起き立ては濃厚なものが出る。
私のたんのようなからみは、朝起き立てはまず出ない。

何だか飲み込みが難しくないような、基礎体力がないとまるでできないようなという呆然にある感がある。

私は入院中で、食事はきざみとろみ食、これを上半身を傾斜・仰向けで、忙しい看護師さんに食べさていただいているのが飲み込みリハビリです。
自分の飲み込みのへんなところはこんなところです。
 


  • 噛むことができていないようだ。

  • 突然、咀嚼が停止する。

  • 舌先に食べ物がのると、食道へ送れないことが多い。

  • トロミと手作り風コーンスープ(これも少しトロミが入っているのかな)は、どちらもトロッと似ているが私の口に入れると、形ある水とただの水との物質の違いを感じる。トロミは私には食べ物である。

  • きざみ食は普通のおかず(肉・魚・野菜など)を刻んだり少量の水とミキサーにかけたものである。これもペーストっぽいものばかりに見えて、口に入ると、野菜などはもともと持っている水が多いせいか、ペーストというよりジュレっぽい。飲み込みにくく、そういうときはごはんに混ぜると飲み込みやすくなる。

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私は自分は飲み込みが悪いと言いながら、飲み込みってどういうことだろうとわからなくなりました。。。「飲み」はなんか飲むんだろうと液体が食道を通過するのをイメージしました。
でも「込み」? なにをやっていること指しているのだろう。
思い込みなんて言葉があるけど・・・「密」な感じ? そう思ったとき、水の固まりが食道を通過しているのをイメージしました。

水の飲み方には口に入ったら即食道という方法があるけど、口に入ったら一旦口の中にいてその後食道へ移動する方法もあり、こっちの方が多そう。
これは実際自分でおいしいと感じるコーンスープを口に含んでいたら、唾液と一緒にコーンスープをゴクリッと飲んだんです。
今まで飲んだ方法と違う気がしたし、このほうが楽な飲み方っぽい。
これが飲み込みで定着できたらいいなあ。

入院して初対面の人にジェスチャーで「私は聞こえません」と耳元で渦を巻いた。
すると私の耳に口を近づけて話してくださるが、聞こえない=耳元での音が大きくなる。

私の耳はチャイムとか男性の大きなくしゃみが聞こえたり、聞こえなくもない。
自分がいつも聞こえいる雑音の中に、たぶん人が遠くでしゃべっていることもすんなりわかり、自分で聞こえる状態は悶々とせず風通しがよくなる気がする。

でも雑音のボリュームが大きく頭がおかしくありそうだった脳出血直後に比べると、現在は穏やかな雑音を感じている。

実際に「認知運動療法」という世界の冊子があった。現在、認知運動療法から認知神経リハビリテーションに改名された


自分の書いた文

この冊子に執筆依頼のあった中里瑠美子さんに私はリハビリを診てもらっていた。
編集者と会話途中、中里さんは患者にリハビリレポートを書いて㏋で情報公開していると話したところ、編集者は何か言いたいことがあるかしれない、と私の文が載ることになった。

この古い冊子を気になったのは、入院中受けているotのリハビリ療法士さんからびっくりするお話を聞き、中里さんもotだし、何か共感するところがあるかも、と渡した。
びっくりするお話とは、難病で寝たきりだった妹さんが、成人には社会人になり、リハビリは不要になったというもの。
特に妹さんが記憶がないとよく泣いていた時期があったそうだったが、誰も助けてくれない、otさんのサポートがあったと思った。
そういうotの仕事をまじかに見て、otを自分の仕事にしようとしたのではないか。

冊子は、リハビリ室に置いてくださるそうだ。
otのリハビリ療法士さんは、患者の書いたものは読んだことがなく、やる気が出るとおっしゃっていた。



この冊子は駆け出しの作家の作品などのPR本と聞いた