訪問看護師3人のうちの1人が退職され、新しい看護師の質問がいろいろあって、私は寝返りができないから眠れないという話になりました。
「このベットは大きいですよね?」
と言われて、はじめて自分は10年以上も大人サイズのベットだから寝にくいと思っていたと気づきました・・・
私は身長140cmで、175cmの夫は余裕で寝られる大きいベッドだったなんて・・・片腕でサイドレールにつかまり左右にゴロゴロ寝返りは難しかったんです。
リハビリ前に、ベッドを換えたい旨を話し、寝返りしやすいマットがよいが、私は寝返りができない。今日のリハビリは、寝返りに決まった。
リハビリ後の診察で話したことである。
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寝返りは難しい。
膝を曲げて腰を回転すると、太ももがつる痛みがでるとは・・・
透析後に出るつりに似ていて、この痛みは何なのか、自宅でも痛みが出ない方法を探そうと思います。 寝返りは全身運動ですね。
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リハビリ後、私は寝てばかりで、何度目が覚めても、疲れ取れてないじゃん!の繰り返し。
でもこういう 疲れは気持ちよく好きである。
最近、脳出血になって20年以上、不鮮明な昔の記憶は仕方がないことと思ってたら、そうではなかった。
自分の記憶は自分だけのもので、目次だけみたいな記憶はそれぞれに物語や情景が残っていた。
1回目の脳出血後に偶然出逢った認知神経リハビリテーションによって、失語症回復には、リハビリ後にやったことを思い出して書くことが有効だったらしい。
失語症のときはメチャクチャな助詞で文を書いたりして自己表現に満足していなかった。
2回目の脳出血後で、聞こえず話せなくなったが、自己表現力に変化は感じていないので本当に感謝している。
失語症回復では思い出そうと記憶をたくさん見つけようとしたけど、動かない身体は動かす方法を忘れているという表現はよく耳にする。
先日リハビリで「覚えてますね」と言われたことがあった。
現在、寝たきりなのに無謀と思われそうだが立ち上がりのリハビリに挑戦している。
遠い目標に腎移植がある。車椅子では下肢からの血液が移植腎へうまくいかない失敗例があると聞いたから。
私の足は非常に硬い。
完全に立つ、というか、つま先立ちでバランスを利用して立とうとしている。
先生に支えてもらわないとだめだが、自分では説明できない身体の動きがあると思った。
「覚えてますね」とは、身体が勝手に覚えていたものだった。
その動きはたぶん回復の動きで、身体にある記憶によるものなのか?
私の今年のお正月のおみくじは「吉」だった。
自ら動かない方がいいというつまらない内容だと思っていた。
でもリハビリでいえば、新しいことを探すより、記憶されていた動きがあったら、それを感じてみる(味わう)のもいいかもと思った。
今日はおもしろかったです。
自分の足は棒にしか感じなかったのに
膝の感覚がわかりました。
いつも診察待ち時間はたっぷりあって、話せない私はノートパソコンにその日のリハビリの感想を書いて、診察時に先生に読んでもらっています。
ところが今回は雨が降っているせいか、診察待ちの人は自分を入れて3人・・・10人以上もいたりするのに・・・ほとんど感想は書けず診察に呼ばれてしまいました。
以下が書く予定だったものです。
立ち上がりにはつま先立ち足ですが、前回足が痛かったのに今回痛くないが、腰や膝などがつながっていなくてバラバラに動いていると感じました。
そこで三上さんは、座って膝から下の足を持って前後に動かすと、その後立ち上がると確かに膝は地面に着いたつま先とつながっていると 感じました。
今日は立つ意味がちょっとわかった気がしました
腰を意識的に持ち上がらないと、体はバランスよく立って
くれませんでした
最近、脳出血になって20年以上経ちますが
記憶をはっきり思い出すようになりました
最近入院が多く、病院に住んでいる?食事とかもおいしいほういいな、と思い始めている。
..私は寝たきりで、入院するとお手洗いにも行けず、ベッドで寝たままです。
寝たままでは体はさらに弱まっていきます。
だから治療目的で寝たきり患者を受け入れた場合は、数週間以上入院する場合、リハビリメニューが生活に組み込まれるようです。
治療が済んでも、リハビリを行ずに寝たきりの体にトラブルが考えられるのでリハビリを必要とすると思いますが、病気予防みたいなリハビリをしないと入院すらできない、、、迷惑な患者です。。。
「リハビリ好きなの?」
とリハビリ療法士に聞かれたことがあります。
もちろんです。
私がやっていただくリハビリは、手足のストレッチと、支えてもらいながら行うベッドに座ること。 自分で動かせない身体も、人に動かされると爽快で、ストレッチのときなど自分はまず動かせない動きだと自分の足を同調に動かす気分でいると、本当に自分の足が動いた気分を満喫できます。
「座るリハビリって、座れるようになってしまうことがあるの?」
とリハビリ療法士に聞いたことがあります。
理由は、座っている時間は、3分だったり30分だったりしましたが、話せない自分は筆談でいくらでも時間はつぶせて、筆談中は座っていることを忘れてると思ったので楽にできるリハビリになるかも、と感じたんです。
リハビリ療法士は、座れるようになる人もいると思うが、中島さんほど重いと難しいかも・・・「ですよね」となったが、今の入院中のリハビリはいかに退院までに体力を落とさずにサポートしていただいているんですよね。リハビリ療法士さん、ありがとうございます!
透析中に、透析スタッフが患者の顔色を見て除水を一時止め透析だけ行うことがある。
そういえばちょっと疲れた気も・・となってドライウェイトがあってないとか最近寝不足気味など問題がわかったりする。
昨年秋と現在、感染症でシャント閉塞、新しく作ったシャントが使えるまでカテーテル透析だった。カテーテル透析、怖いが首の太い血管に麻酔で管を挿入、でも痛かった覚えはなく、透析は穿刺不要で止血もいらない。
カテーテル透析がほんとに関係しているとはわからない。
透析中めったに具合悪くならなかったのに、昨年と今年、カテーテル透析中に不快で困ったことになった。
血圧など問題はなく泣けて、透析スタッフにご迷惑をおかけした。
ところが現在の透析室では、不快が起こるとすぐ、透析スタッフが頭を上げましょうと言 った。
なんでアタマ?と思ったらすぐに不安は消滅した。
この間も透析で不快が起こり、頭上げてくれますか、と言ってみたらまた楽になった。
すごいな~と思った。
右腕で使っていたシャントが止まったが、最近キズができ抗生剤を1週間飲んでも完治せず感染症だろうということで、右腕のシャントをはずし、左腕にシャントを作ることになった。
左腕は透析で20年以上使って返血洋の血管がほとんどないが、シャントを作ることで皮膚近くの静脈血管を太くさせてくれるとよいのだが。。。
今回術中、麻痺の痛みには麻酔は効かないとわかっていたがなんでだろうと思った。
麻痺の痛みを感じているときは、自分は痛みとは違う不快感を感じていると思った。
麻痺の右手を持ってくださると術中、痛みは消えるが、ちょっと腕を持つ位置を変えると麻酔が効かない痛みになる。やっかいな患者なのである。
最初、右麻痺手で透析を始めたのは2回目脳出血後だが、原因不明の麻酔が効かない手術が続いた。
術中、麻痺の右手をもってくださる医師や手術スタッフの方が、私のしかめっ面や泣き顔?を見て痛くない麻痺手の位置を探し当ててくれて今は術中、麻酔のないようなことはなくなった。
両手の手術はお陰様で成功だった。
でもシャントを作ってもらった左手のひらは、感覚は鈍く痛く冷たい。
シャント術後の影響だが、ホットタオルで様子をみている。右腕で使っていたシャントが止まったが、最近キズができ抗生剤を1週間飲んでも完治せず感染症だろうということで、右腕のシャントをはずし、左腕にシャントを作ることになった。
左腕は透析で20年以上使って返血洋の血管がほとんどないが、シャントを作ることで皮膚近くの静脈血管を太くさせてくれるとよいのだが。。。
今回術中、麻痺の痛みには麻酔は効かないとわかっていたがなんでだろうと思った。
麻痺の痛みを感じているときは、自分は痛みとは違う不快感を感じていると思った。
麻痺の右手を持ってくださると術中、痛みは消えるが、ちょっと腕を持つ位置を変えると麻酔が効かない痛みになる。やっかいな患者なのである。
最初、右麻痺手で透析を始めたのは2回目脳出血後だが、原因不明の麻酔が効かない手術が続いた。
術中、麻痺の右手をもってくださる医師や手術スタッフの方が、私のしかめっ面や泣き顔?を見て痛くない麻痺手の位置を探し当ててくれて今は術中、麻酔のないようなことはなくなった。
両手の手術はお陰様で成功だった。
でもシャントを作ってもらった左手のひらは、感覚は鈍く痛く冷たい。
シャント術後の影響だが、ホットタオルで様子をみている。
そう自分で思っています。
先月ブログにも書きました夕食のときだけあった痛みは、耐えがたいものでしたが、痛みではありませんでした。
1回目の脳出血のとき、大久保病院で中里瑠美子さんから認知神経リハビリテーションの指導を受けました。
そのとき時々痛みはあり、でも同じ療法で痛みが出ない患者もいると聞いていました。
なんでだろと思いましたが、中里さんはリハビリを治療ととらえているとおっしゃっていたから、ちょっと納得しました。。。1回目脳出血で重度右片麻痺、2回目脳出血で両麻痺・嚥下障害・・・私は重症だから痛いんだろう。
痛みとは違う、痛みっぽい感覚を表現しようとしたら・・・
恐らく痛いかゆいという感覚表現ではなくて、もどかしさ不安みたいな不安定な自分の心がしっくりくる気がします。
痛みっぽい感覚は不快ははなはだしいものですが、それをどんなものかみてみようとすると不快が減った事実がありました。
私は未だに痛みは透析関連の病気のせいと思う。
今月は夕食になると足が激痛、痛すぎて食事どころではない。
使っていない足は、寝たきりも10年で足の骨はガタがきて痛みだしたとしても、透析で話す理由がない。
痛すぎて自分の痛みがどうなっているか、わかっていなかった。
子供のように泣くしかなかった。
ある日痛みを感じ取れるときがあり、ここぞと足を動かし痛みの変化を探した。
痛みは足を動かても変化はなく、痛みは一定だった。
座り直しをしてもらうと食事中の痛みは減り、座り直しをしてもらわないで食事を続けると痛みは徐々に大き くなった。
実はこの夕食中の痛みはものすごく大きいが、時々電池が切れたようにプツンと消える。
痛みはもともとなかったようになる。
腹痛などは、痛みに波があって痛くなったり痛くなくなったりする。
痛くなくなったときは、痛みが弱まり痛みの余韻を感じている気がする。
これとは一線を画す、今回の痛みは、脳出血になったときからしか感じていない。
如何して痛みの違いに気づかないのか。
痛い夕食があってから、左足がぶつかる位置がわかった。
私の痛みは、何かわからない感覚が多い気がする。
