私はよく訪問看護師から「寝てますか?」と聞かれ「あまり寝てません」と言ってきた。
まったく寝ないか、透析中か夜中に2,3時間寝る生活は、2回目の脳出血後で10年位。
あまり寝なくても日中は眠くならないので、訪問看護師は「ショートスリーパーなのかしら」とおっしゃった。
少なくともお肌には大変まずいと思っていた。

 

 ショートスリーパーの定義
夜間の睡眠時間が毎晩平均6時間未満であるにもかかわらず、日中の眠気など健康上の異常がない人のことをショートスリーパー(短時間睡眠者)といいます。 多くは小児期、若年期から睡眠時間が短く、その体質は生涯続くとされています。


どうも定義とは違う自分のショートスリーパーで、脳出血が原因っぽい。
ところが最近夜も昼も寝て半日以上寝てたりする。
「最近寝すぎなんです」「8時間位なら寝すぎとは言いません、ふつうです」と訪問看護師。
そうだよなあ。でも目覚める時、ちっともさわやかじゃなく、「ここはどこ?」(私は誰?はキケンだが。。)と、睡眠導入剤を飲んで起きた時とか、てんかん発作で意識がなくなって目覚めるときに似てた。

でもようやく普通に寝起きできている。
傍から見れば1日中寝てばかりで、何もしたくない、やる気のない人であった。。。
そんな状態が半月して、字が読みたくなって、頭が「起きた」。
以前と比べるとやる気はなくて、ショートスリーパーが懐かしいロングスリーパーな自分。。。        

先日宮崎県は台風で長く大雨が降りました。

夫の弟さんのご家族は宮崎県にいらっしゃるのですが、そのとき弟さんのお嬢さんは東京にいらして宮崎に戻ろうとしたところ飛行機が飛ばず我が家で1泊してくれたんです。
我が家は、以前いた三毛猫と電動車イスに乗った私が、壁や家具でキズをつくり、人様にとても見せられない状況です。。。

夫の実家は、年末年始には結婚したら家族と一緒に実家に行っておりました。
因みに夫には弟さんと妹さんがいらして、私は弟さんの小さいお子様を見ています。お兄さんと妹さん。 でも2回目の脳出血後は寝たきりで夫の実家へ行っていません。

実は弟さんご夫婦は美男美女で、お子さんは誰が見てもかわいいお顔だったと記憶しています。
だから美人の妹さんがいらっしゃる楽しみ半分と、美人な方に会う緊張半分の気分でした。
私は子供のころ3年生位まで男の子ばかりと遊びすぎたせいか、いまだに美人に会うと何しゃべるか緊張するクセがあります。

でもいらした妹さんは、私は寝たきりで夕食を済ませ、にこやかに登場したショートカットの女性でした。
私は美人だしロングヘアだと思っていましたが、小中学でばっさり切り周りからもったいないと言われたそうですが。
私は好感が持てる、と私は本音もらしてしまった。

「4時間いったい何を話ってたの?」と夫は言った。
東京へは美大でデザイン科の方をを受ける予定で、模擬試験?、実際に自分の絵を描く機会があって、4人の絵が選ばれその一人になったそうだ、スマフォで見せてくれたその絵は、浮き上がるタコのデッサンに見えたが、一度見たら忘れない独創性があった。
すごい才能がありそうなのに、まだ足りないという考えも持っている。
4時間の筆談は疲れるのに、そんな感じをみじんも見せないお客様だった。

リハビリ後に診察時に医師に読んでもらったものです。
ーーーーー
今日は夏バテで、リハビリはできるかと思いました
麻痺の感覚はいつも以上に弱く感じて・・・
でも身体は人に触られるより、自分の方が痛みは
弱くなると知りました 痛かった足について  
自宅でも感じない身体触ってみます
自分で触られて自分で触る同時の感覚        
ーーーーー
PTの先生が私のふくらはぎ辺りを揉むとつっているみたいな痛みがあった。
先生が「自分で触ってみて」と言った。
不思議だが自分で触ると痛みは弱まっていた。
キズ口を誰かに消毒してもらっているとき、「痛いから自分でやる!」というとは痛みは自分で起こしていることがわかる。
そうではなく自分で触ると徐々に痛みはひきつつあってなんだろうと思った。
先生が「面白いでしょ?」と言い、聞くと誰かに触られるだけでなく、自分も触り、同時感覚でちょっとわかるらしい。 ふくらはぎを揉むことは痛いのは違うことを、同時感覚で自分でちょっと自分の感覚の間違いがわかって、痛みは消えつつ感じたのだろうか。

この日のリハビリは、先生による支え立ち十数回と先生の説明を聞いたと思う。
リハビリの翌日はまた全身痛くお昼過ぎまで起きられなかった。
 

以前アメーバブログで見ました。
脳梗塞や脳出血で命拾いし、胃ろうで療養病院で生活を送っている方の存在を知りショックだった。

脳梗塞や脳出血の患者をたくさん助け、その後患者の中には胃ろうで療養病院で生活を送っている方を知り、そういう患者の医師になった人がいる。 正義感?責任感?ある医師だと思った。
助けてよかったのかと思ったのだろうか。
でも助けた患者がどういう人生を辿ることになるかわからない。
脳梗塞や脳出血の患者を助けることは尊いことで、今このブログを書く自分は、2度の脳出血後でいろいろ障害が残っても、感謝しかない。
病気はあるよりない方がいい、楽しみはどこにあるかわからない、これ両方失うより私は両方もらいたい。


胃ろうで生活を送るとは?
よくわからない。

幸せは、どう見られるのでなく、本人が嬉しいかどうかにかかっていると思うが。
不幸せは簡単に見つかって、本当の幸せは見つけづらいと思っている。 


私は2回目の脳出血後、目を覚ますと寝たきりで胃ろうで、退院できるかわからないと言われていたと夫から聞いた。
寝たきりで耳が聞こえず話せない自分は、脳が壊れていると感じつつも、透析中に耳がうるさいと言っては透析スタッフを困らせ、午前中に泣き続けたときには人差し指を口にあて「シー、静かに」と看護師から注意された。
 
私は療養病院に転院する予定もあった気がするが、ある日2人の医師が飲むテストに現れ、最初むせて飲めなかった結局は水が飲めたこともあるのだろうか。 透析患者の飲水への執着心から飲めた気もする。
透析のある病院へ転院して、胃ろうが抜けてリハビリ後に退院した。

たとえ脳が治っても脳出血の可能性はあると思う。
自分はその確率は高そうで、最後は療養病院かもと思っている。

夏バテでも体力はなかったが、妙にPTの先生に質問したくなった。
私って力ないから楽に立つ方法はないですか?
単にやる気がないだけに聞こえそうだが、そうではなく、こうすればいい、と知りたくなった。
今まで寝たきりでたちたい患者は少なそうで、先生も立つ可能性を探しているかもしれない、立つ方法を聞くなんて禁句だろうと思ってた。

でもこの日は夏バテで疲れていて、楽な立ち方をしたいとぽろっと言ってしまった。
すると先生は即答で力を使わなければいいんですよっとおっしゃった。
私は立てないが、立つ過程には、腰を立たせたり、猫背を治すなど、力は少しで身体を矯正がまず必要だとわかった。

実は前回寝返りのリハビリで筋肉痛がひどかったので、リハビリは寝返りではなく立ち上がりをお願いした。
本来のリハビリは立ち上がりだけど、寝返りができず眠れないのでリハビリをお願いしたが、筋肉痛が強烈でちょっと不安?
私は2~3時間睡眠だが、時に爆睡するのでナポレオンとは言えません。


ある人からリハビリの先生ってカッコいい?と聞かれ、カッコいい方かなあと言い、写真も見せる予定だったが、リハビリ室は撮影はだめだった。
代わりに有名人に似てる、と言おうと思ったが、私には蓮舫さんに見える。 蓮舫さんはアイドルだったと聞くし、でも目鼻立ちは良くても女性である。
ちょっと似てるのは松岡修造さん。先生の声は聞いたことはないが、PTの方はスポーツが好きでわりと熱い人がいる気がした。

ちなみにリハビリでお世話になっているPTの先生は、認知神経リハビリテーション学会で発表して賞をとられている。

 

透析に行くには、1Fの受付の前を通る。
受付の女性と目が合えば、その女性が若いと、手を振ったりしていた。

ある日、別の職場に変わるということで、私に手紙をくれた受付の女性がいらした。
私は耳が聞こえず話せず、話されていることがわからず、車椅子にぶら下げているひらがな50音ボードに指差しで「もう会えないの?」と質問すると少し涙が出ていたようだった。
頂いた手紙では、元気をもらったとある。
私も同じ心境だったのに。
そう言えなかったのは残念だったけど、私を見て思ってくれたことを手紙に書いてくれたことを大変感謝しております。


私は2回目の脳出血になる前には自分の表情について何か言われたことはありません。
2回目の脳出血になって、女性から笑顔を褒めていただくようになりました。
当初は話せず電動車イスでよく笑うから?と思っていました。

1回目の脳出血直後の私は、表情はなく、笑って鏡で見ると卑屈で笑いとは程遠い表情でした。
知っている人に会っても、その人は伏し目がちでこっちを見てくれない。「あ~、さみしい」
自宅で表情筋を手で動かし、お笑い番組ばかり観て自分が笑ったなと思ったら口角の上がり具合を鏡をチェック。少しずつ笑った表情に近づけました。

2回目の脳出血後の現在は、見る人が見ればわかる「バカ笑い顔」で、口をいつも閉じておりません。。。
でもいいのです。バカっぽい笑い顔でも。私の顔を見て笑ってくれる人がいると思える嬉しさが、現在の笑みにはあると思っています。

リハビリの後は訪問看護師が来てくださるのだが、最近は寝てばかりだったので、「今日も疲れてる?」と言われた。
でもいつもの眠気はなく私は「リハビリがんばってないから?ハハハ・・」

そしたら翌日の朝方に、全身が強烈に痛くなって食事もとれなくなった。
寝返りって全身運動みたいと思っていたが、この筋肉痛はそれを証明していると思った。
強烈な痛みは1日だけで、その後横になるときだけ出る痛みは1週間続いてしまった。
大人しくしていれば良かったのかもしれないが、できない寝返りをしょっちゅうやってしまった。

寝たきりでの筋肉痛は、気休めに寝返っても痛みなんか取れない。
まず思ったのは、透析日まで痛みが残ったらまずいことだった。
暇な透析中はちょっと気になることがあると拡大に感じてしまう特徴がある。
でも明日透析の夕方に痛みは落ち着いてきて本当に良かった。

リハビリ後の診察では、「寝返りのリハビリ、右側に転がすのができても左側には麻痺が重い右足が一緒に転がってくれなかったけど、肩甲骨の存在がわかって右腕が動きがわかりそうです。」と話した。

重度の右片麻痺があると、右腕は寝返りしながら身体と一緒に回転せず、背中にペタっと張り付く。
そこで先生は寝返り時に右腕を前方に出すと、右側の肩甲骨の存在がわかった。
肩甲骨は右腕とつながっているから、今までの単に右側に感じる物体から右腕は分離したと思った。

重度の右片麻痺があるので、左側に寝返りは難しい。
顎を引いて、右足が左足を乗り越えて、右腕は前方にあって、これらを同時に動かす。
右側肩甲骨がわかったら、右腕そのものの動きを見たい。


 

2001年に脳出血になったが、認知神経リハビリテーションを2002年に始めた。
2006年にリハビリ制限が始まり、リハビリ制限がないときは、週2回あることもあって、リハビリの多さがが装具が要らなくなったのではと思っている。でも血圧は降圧剤を飲んでもあったりして、2回目の脳出血後が起きてしまい、今は寝たきりで装具の要らない歩行ができなくなり残念だ。

脳出血後の装具は一度付けたら一生必要なイメージだが、自分にはそのイメージがない。
ある日突然装具が取れる訳ではなかったが、重度の右片麻痺で、段階を経て装具が不要になった経験がある。
やったことは、認知神経リハビリテーションを続けていた影響があると思うが、自分の足にある装具と離別する勇気がなかなか難しかったのが私の装具を取る場合だったと思う。

装具不要になる段階とは、まず足裏にガラスの破片を踏む感覚(脳による装具を拒絶する意志みたいなものと感じた)が起き、その後装具をつけると足が痛み取ると治まることが続き、最終的には手で装具を持つことで超ゆっくり歩き始めて装具を持たずに歩けた。数か月位かかっていると思う。
ちなみに私は足でガラスの破片を踏んだ経験はなく、あくまでイメージ上のことだった。

装具を手で持って歩くなんて笑ってしまうが、当時の私は真面目に手で装具を持って歩くと安心だった時期があったのである。

先月からの、サイドレールにつかまってもできなかった寝返り。
今日はやっとできました。
股関節を強く曲げると、コロンと簡単に腰は回転します。 

体を動かすためのポイントがあって、これは自分だけじゃわからないと思いました。

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私のリハビリはサイドレールにつかまってもできなかった寝返りに挑戦することだった。
寝たきりの自分の身体は、ベッド上に仰向けになって何もできなかった。
ところがリハビリで、サイドレールの代わりに先生の手につかまると、腰が回転して寝返りができた。
自分の身体に驚いたのは寝返りができるときの行動の素早さで、考える自分より行動が勝っていたこと。

「え?」とびっくりしたけど、鉄棒で逆上がりがふいにできたときに似ているような。
このときは、やり方を聞いて、出来る人の動きを見たり、自分がやったらどんな感じがするか頭で考える。
今回リハビリでは、出来る人の動きは見ていないが、鏡で自分のリハビリの様子を見たり先生が動きのポイントを、耳が聞こえない私に文字で説明している。最後は鏡は見ずにできた。
鏡がないと、感覚に集中するので、本当の感覚をわかりやすくするようだ。

前回同様、今回もリハビリ後は眠かった・・・
今回は眠すぎて夕食は抜いてしまった。
寝たきりで唯一の運動を堪能をした気分です。。。

 


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透析をすると、尿が出ず体に貯まった水分を透析で除水する。

 

私は2回目の脳出血後から寝たきりで、水分塩分摂取が極端に減り、体に貯まる水が減り、透析2日ないときも体重増は1kg程度。
まさに体重の増え方だけみたら透析優等生だろう。透析での除水は体重の3~5パーセントが理想といわれる。
脳出血前や1回目の脳出血後は、2日透析がないと2kg以上体重を増やして透析で除水を行っていた。ちなみに自分の体重は35kgもない。

ある透析の医師は患者に塩分で喉が渇くんですよねと話していて、いや、でも自分はないものねだりで喉越しを感じたいために飲んでしまうことはよくあるだろうと思っていた。
私のたくさんの水分摂取は、4時間の透析でたくさん除水を行い、よくないと思いつつやめられなかったのである。

そういうわけで,自分は寝たきりでも喉は相変わらず渇き、2回目の脳出血後入院中にジュースを飲んでいた。  入院中に透析患者がジュースを飲んでいた?もう10年前のことで時効でしょうか?

ところが退院すると、飲む欲求が弱まった気がする。

自然の摂理みたいな、透析をすると人間の塩分の味覚はこう変わる、と身体が身体にわからせてくれた気がする。

なぜ体重増加が減った理由ははっきりしない。
多量に服用していた降圧剤を2回目の脳出血後は現在は、1種類で血圧が高ければ飲む妊婦さんが使用できる弱い降圧剤アルドメッド。
1回目の脳出血後に認知神経リハビリテーションを行い、本などをみると脳出血後に変わってしまった考え方を修正するリハビリがあり、このリハビリの可能性もありそうな気もする。

透析をはじめて、しょっちゅう必要があると思えない喉の渇きは、なくしたいと思っていた。
今は喉が渇くときと喉が渇かないときの区別がつき楽である。