今日は訪問看護師さんによる排便日だったが、全て終わって「排便感覚がある・・」と言ってしまった。
看護師さんは「肛門には何もなかったわよ」とおっしゃったし、自分も残便感覚がある状態だったわけではなかった。


お腹痛くはなくて、最も似ているのか便意感・・・落ち着かなくて、その日予定だった訪問歯科はお休みすることにした。

この感覚本当に気持ち悪い・・・
時間が経つにつれて、便意とは違う感覚じゃないかという気がしてきた。
夜になってまだ便意なんて、少食だし有り得ない。まれにたくさん食べることはあるが。

便意ではないと感じたのは、何かを出したかったわけではなく不快で、それが何なのかないだけと思ったことだった。


昨日透析中、いつもならパソコンで時間をつぶすが、2時間半寝て、目が覚めると血圧は106、最近の血圧は130~160と不安定だった。
目が覚めてもだるいし、以前よくあった発作的に寝てしまう居眠り病(脳出血の後遺症)の目覚め方と似ていると思った。


今後困るであろうと感じているのが、気持ち悪さが取れないこと・・・
現在私はこの感覚が何なのかわかっていないらしい・・・
本当の感覚がどんなものかわかったら、今の間違って感じている感覚は消えるはずなのに。








 

今日は透析が楽しみだった。
透析スタッフがマスクつけたまま言っていることがわかるかもしれない。

先週金曜日に熟睡して、土曜日にきこえに異変を感じ3日間寝ずに過ごした。
日曜日に言葉がきこえだして、寝なくても血圧は上がらないからいいかと思った。

でも月曜日の朝方に、なんかつかれてうとうとしたとき、それまで様々な音が交錯しているような、ちょっとうるさい?空間は、ぱったり消えていた。
そして透析スタッフの言葉はきこえなかった。


先週金曜日に、熟睡後に目が覚めて看護師さんと筆談で伝えようとしたのに、私は文字が1つも思い浮かばなかったことを思った。
看護師さんと話したい意思があるのに、思い通りにいかない。片マヒで失語症のときに、話したくても思い通りにいかなかった。この2つは似ていると思った。

私のきこえは失語症と関係がある気がする。


人の言葉がなぜ突然認識できたのか。
普通に使っていた文字を突然認識できなくなったのか。

 

TYでは夫がよく観る競馬関係だった。つまらないものを見ていた。
ふと、あるおじさんの言葉が、わかっていると思った。
競馬情報で字幕のあるところがあるが、見ていたのは字幕なしを見ていた。

女性の方は「嘘なのに本当のようででも嘘という本当な話」のような言葉を10回以上話していた。
「TV、くどかったよね。。。」とパソコンで打つと、夫がびっくりした。
夫は「聞こえる?」と言ったが、口の形を見ずにきいていた。

ただ音楽は。有線の歌謡曲を聴いてみると、2つ聞いただけですが歌が小さかった。
バックの演奏も盛り上がるときははっきりするのに、そうでもないときは聞こえないようなのである。

TVから聞こえるものが、検査入院前と違っている

野球番組のアナウンサー「がーしょ。がーしょ」ばかり言っている。
お笑い番組では聞こえている声は(エコーみたいに)徐々にちいさくなっていた。
TV全体的に「どろっ」「ぼじゃ」など汚いものを想像してしまう言葉ばかり。

入院中には胃カメラと大腸検査を受けたが、この耳の聞かせ方が変わっちゃったのだろうか。
昨日ほぼ1日寝てしまったことがいいと思えたい。
 

前回のブログでは間違ったことを書いていた。
リハビリで動きが出ることはまずなく、動きの仕組みとか感覚をわかることだったのだ。
それをわかって自分ができることはイメージだ。
本当の動きの仕組みや感覚を理解した上で行うイメージと、理解しないで行うイメージは全く別物だと思っている。
後者は想像っぽい?
前者は本物の動きを想定して行っているイメージだし、実際に動ける身体は脳でリハーサル後に動いていると聞いたことがある。

リハビリ後に行う、理解した動きのイメージ。
もしかしたら動ける人が、動く間に脳で行っているリハーサルに近いことをイメージはできたりするんじゃないかと思った。
 

三上さんがマットに座り、2パターンの上を向く違いは、腰が後ろにさがって上半身が倒れるものと、つけねを谷折りに曲げて上半身は少し前に出たもの、、、だったが、自分は何がわからないのか、がわからなかった。
三上さんは、何かに気づくために身体の動きを見せてくださっている気はした。

その後自分もマットに座り同じように身体を動かしていただいた。
ところが、前回つけねを軸に上半身を動かして取れた痛みが、はっきりとある。
「変だな。」

このとき気づかなかったが、痛みの場所が違い、
前回は”足の付け根付近”で、今回は”まさに足の付け根”であった。
リハビリで、曖昧だった感覚が、徐々に焦点がしぼりこまれるように必要な感覚がわかりはじめるのか。

三上さんが、お尻と足の裏は何か感じる?、と質問された。
私は足を感じようとしていたら、足の付け根の痛みが弱まり出した。
お尻を確認すると、(三上さんが私のお尻を動かすことで感じて気付いたと思うが)お尻が前後に動くことで上半身を前後に動かしていることがわかった。



◆肝心なところだと思うのに・・・

リハビリを終えてまとめの説明いただいたのに、私はそれを思い出せない・・・
それは自分ができるようになって、こんなことができる、あんなこともできるんじゃないかと発想したいのにできないのはなぜだろう。


◆座り直しの回数が減っている自分が思っている理由

以前はなかった感覚とは言えないが、今は背もたれに背中や腰がつく感覚がある。
私は背中がかゆくなった経験はなかったが、先日、孫の手が欲しくなるほど無性にかゆくなった。

最近おや?と思っただけで、些細なことでどうでもいいことかもしれない。

自分に聞こえる音はやっぱりあって、そういう音を増やすには、「これは聴こえている」と認めていく必要性を感じた。
自分はたぶん、「これは聴こえている」と認めていないものは、聴こえていない音だと思う。


昨日、親がホワイトボードイレーザーを床に落とし、はっきりその音を聴いた。
そのことが、聴こえないなら、床に落ちたホワイトボードイレーザーは、床にぶつかっても何も聴こえないし、落とされたものを無音の環境で見ているはずなのに、なにか自分の考えと違う気がした。
聴こえない環境は、自分で勝手に作り上げた法則みたいなものでもあるのかもしれない。

脳出血で耳が聴こえなくなるとは、リハビリ療法士さんがおっしゃったように、恐らく自分は聴こえているが意味が分からない状態にあるのだと思う。

脳の気づくことが、勘違いや間違いを治して、聴こえも分からなったことがわかって回復するように思う。お気楽な感じだが。

前回、上を向かなければ食べれず座り直しが多い現状について考えた。

座って上を向くだけでは座り直しが必要にはならない。



今回は三上さんが座って顔を上を向く場合と下を向く場合を見て、違いを探した。
下を向くときは腰が後ろに下がりすぐわかり、上を向くときの説明はできなかった。

今までも、リハビリで違いは?、という質問はよくあった。
大抵答えられないときは、自分は頭の回転が悪いためだろうと思ってきた。
でもそれは、脳が了解していない部分で、気づくためのヒントが必要だったと思っている。

追記;20190603
ヒントをもらいながら気づく過程が自分のリハビリでは有効になっているのか・・・
ということは、リハビリで違いに答えられないとき=脳がその違いがあるとは脳が了解していにとき、脳が勘違いみたいなものを起こしている状態が、脳出血によって脳に引き起こした病態と言えるのだろうか。



私は座って上を向き、そのとき三上さんが正しい身体の動きを加えた。

上を向けば、背骨が反るのかなと思っていたら違い、痛みや硬さを感じた。
三上さんは、「上を向くときの動きを軸で考えて」とおっしゃって、時間がかかったが、上を向くときは、足の付け根を動かしているとわかった。
座って上を向き足の付け根を動かすと、痛みや硬さはなくなっていた。



不眠ではないが、寝付けにくい痛み。。。

水曜日から、お尻と両足全部が痛く、楽な方法が見つかっていない。
不眠ではないので、血圧は上がっていない。
床ずれは、傷跡になって、ほぼ治っていると訪問看護師さんはおっしゃっており、両足の痛みの影響ではなさそうである。
まだはっきりしないが、食事中に座り直しが不要なときが数回あった。

私は天井を見る(真上を見る)ことで食べたり飲むことができる。(2回目の脳出血からこうなってしまった)
顔を上に向けないと、口の中のものがこぼれてしまうからだ。

車イス上での食事は、座り直しが多く、何時間も車イスでPCを使っても座り直しがほとんどないのは、上を見ながらの食事は普通の人でも座りが浅くなることはあり得ることか、青木さんに質問した。

実際青木さんがイスに座り上を向いて食べるいろいろな恰好をしてくれた。
頭を上に向けるだけや、背骨を曲げて背中を後ろに倒す位では、座りは浅くならない。
のけぞる感じで腰が動いてようやく青木さんのお尻は少し前に動き、座りが浅くなった。
食事中は、背中が背もたれについている意識があれば、腰まで動かなさそうだ。

自宅で腰と背骨がしばらく痛かった。
夕食でさっそく背もたれに背中をつけることはできたが、ラッパ飲みはいけなかった・・・
疲れでストローが使えないときよくする飲み方で、リハビリ療法士はよいとは言わない。
見た目誤嚥しそうで、自分自身も緊張しながら飲むので、背中の注意が抜けていた。
私はへんな癖や障害が盛り沢山で、どれから治そうか、困ったものである。

追記20190526;
ラッパ飲みの前に、背もたれに背中をギュウギュう押しつけてみた、
その感覚の余韻を感じながらラッパ飲みをした。
するとゴクゴク食道?の動きが背もたれから跳ね返ってくるようだった。
というかそのことが自分の意識の中心になったみたいで、座りが浅くなる動きはなかった。




今回は、リハビリ開始前の私の質問についてで終了してしまった。
でも青木さんに言われて気付いたが、前回は猫背がわかるとと座り直しが減るといった内容でもあり、今回は猫背とは逆の上半身の動きで座りが浅くなる場合を考えていた。


 

やっぱりできた立位から座る方法
前回できてしまった立位から座ることは、今回もできたのは、難しくもなくできて当然だったからだと思う。
立つと逆のことをすれば座れる」と言われてわかるものだったのだろうか。
今のリハビリは、患者が考える場面が多いのは、自分で気づいて、記憶に強く定着させようとしているのではないだろうか。

別の方法で、座り直しを減らせるかも
今回のリハビリの確認。
上半身を、前屈み、まっすぐ、後ろへ倒し。
これを自分の身体を見ずに身体で感じられるか。正解は鏡に映った自分を見て確認。
どうしてもまっすぐな上半身は、気持ち前屈みに感じる。
自分は猫背なのかと言ったら、三上さんは重要なポイントだとおっしゃって、猫背とそうでないときの前屈みとまっすぐの状態を見せてくださり、背骨はどこが曲がっているか探すよう指示した。

最初身体だけが、前屈みとまっすぐの区別がつき、「自分がわかっていない」状態だった。
自分でもまっすぐと前屈みの区別がついたが、猫背がどうして区別しにくくしていたのかなど、はっきりしない部分があった。

今回、リハビリでまっすぐに感じられなかったのは、車イス上での座り直しが必要な状態に似ていた。
自分で自分が猫背で姿勢が悪いとわかれば姿勢が楽にしたくなって、自分で姿勢の悪い恰好を作らなくなるのではと思った。