先週リハビリの日は、シャント再手術の日と重なったためお休みになってしまった。

◆ 座っているとき、お尻が座面からの感覚は点から面へ変化した

シャントは抜糸はまだなので、現在の寝返りのリハビリはシャントの傷を見ていただき(右手、二の腕の胴体側)、リハビリは左寝返りの寝た時と座った時のお尻の感覚の確認だった。

最初自分のお尻が2つのボールに感じ、座面からは2つの点しか感じず不安定だと思った。
ボールが4つなら安定すると思った。
寝てお尻の下に、絨毯の大小をはさみ、お尻で接しているのは面だとわかったようだ。
座ってお尻を感じると、よくよく考えるとわからないが、点もボールも結合してびっくりした。確実にあったことは、不安定さが消えたことだった。



◆ アームレストにつかまって腕の中で立ち上がろうとせず、前屈みになる

長い間、私は立ち上がるのにアームレストをつかまってしまい、前屈みになる(お尻が浮く)よう指摘されてきた。

今回も指摘されたが、おや?と思った。
日常生活で車イスに乗り、しょっちゅうアームレストを握っては上半身をアームレストに引き寄せていた。
ベッドでは、入院中はサイドレールは4つあったので、左足でサイドレールを蹴って身体を上に移動したり、左手でサイドレールを握って身体を引き寄せる。
現在はサイドレールは左右に1つずつで、足で蹴るサイドレールはないので、車イス同様、動きたいときは左手で(サイドレールに)つかまることになる。

でも・・・
左手でつかまることは、リハビリ的によくない気がした。
立ったり歩くのに、現在手はバランスをとるくらいで、左手が全面的に登場するのは控えないとリハビリには弊害になるのではと思った。

シャント手術後に手術が原因で夜中に右手が緊張する理由がわからないと思った。
手術後に鎮痛剤はほとんど飲まないため、右手を緊張させたものは・・・?

手術前日の透析で、シャントは止まっていたため、左腕の表在化への穿刺をお願いしていた。
この表在化も返血血管の穿刺同様難しく、表在化は実際穿刺することで現在は穿刺できない穿刺場所が判明したりしている。
穿刺できない場所は血流が取れないため刺し直していただくが、痛みがわりと残り、明日シャント手術だし痛みが弱くなってほしいと思っていた。

でも痛みは手術当日はさらく強まり、手術の痛みより勝っていた。
手術中はいつ麻酔が切れて痛むかわからないので緊張の連続だ。
だが手術されている右手より、左手の方が痛く、その痛みが強まる心配はなかったせいか、手術中に時々うとうと眠りかけていた。

術後にもあった痛みは左手の方が強かった。
夜中腹痛時に右手を緊張させたみたいに、睡眠中は身体のどこかで痛みがあると、麻痺の強い右手が緊張して察知してしまうのだろうか。
この緊張をさせないためには?
透析の主治医との相談が必要だが、痛みを抑える鎮痛剤などにたよることでマヒの右手に緊張を起こさないことはできないだろうか。

祝日、腹痛で2週間空いた後の今回のリハビリは、何か難しかった気がした。

リハビリ前に三上さんに気になることを聞かれ、ずっと思っていたことでもあったが、それをリハビリにお願いした。
先日風邪ですごい久々に透析中に血圧が下がって気分が悪くなり、透析スタッフの方がすぐさま私を右に寝返りさせてくれ、気分は悪いが体勢は気持ちがよかった。
そのとき寝返りができれば自分で気持ちよくなれるのにという印象が残っていた。

寝返りができるようにするための課題は、三上さんが私を2種類寝返りをして違いを質問されても、私は何も答えることができなかった。
答えることができなかったたが、写真で2種類の寝返りは、上に覆いかぶさる足が浮いているか下にあるもう片方の足に接するか、であった。
それでも「そうか」とはならず、実際、かなり自分の足の感覚は鈍いと思えた。


立つときの方が、地面から受ける感覚があり、わかりやすいかもしれないらしい。
正解の身体の動きと自分の身体に感じるものが一致していなかったので、一致させるようにこのときは記憶が必要だった。

寝返りができるためには、身体の一部の動きだけではなく、身体全体の動きを考えなければならないという。

三上さんは、寝返りで腰とお尻の動かす足の動きを、ステージに座り足を地面につけない状態をイメージされていたように思ったが、まだ理解できていない。

動かなくなった身体を模型や人体解剖図鑑を見るなどして、想像よりリアルに動く身体を頭の中で作り出したものが、片麻痺から行ってきたリハビリ療法におけるイメージだと思っていたが・・・難しい。
以前行ったことのあるイメージはものに例えることがあった。
このときは、イメージは何か感性にたよっている気がしていた。
砂の山のイメージ


 

今年撮影した自分の右腕がぎゅっと曲がったちょっと異常と思えたもの。
あまりよくない変化
気になって、肘がよく曲がる右腕を、意識して伸ばすようなことをしている。

幸い、曲がった右腕を伸ばすのに、左手はあまり力はいらず、左手の指3本くらいで右腕をもって伸ばしている。

不思議なのは、曲がった右腕は、意識的に動かして伸ばしたときわりとすぐ曲がってしまい、気が付いたときに曲がってないときがあるが、そういうときはもう曲がってしまう事がない感じで右腕はじっとしている。


右腕には意志があるみたいに、ベッドで座って太ももの上にモバイルPCをのせているとき、右腕は無意識に曲がるのをやめるみたいに思える。
右腕が曲げるのやめるとき、大抵自分がPCに夢中になっているときである。
PC画面からカーソルが行方不明になり、PC作業を中断する。
最初はしょちゅうカーソルが行方不明になる理由がわからなかったが、自分の右腕が曲げをやめると、右腕は勝手に下ろされ、重さのある右手のひらは、ちょうどカーソルを上下左右に動かすキーボードの上に置いていた。 無意識に右手でカーソルキーに触っていた。
右手のひらの置き場所をコントロールしたいが、それはできない・・・


この右側の動きについて、以前PCに夢中になっているときは、右腕は緊張して持ち上がっているから、PCに夢中になっていたら右手を見なさいと言われ、それを実行したら、右腕は持ち上がらなくなったことを思い出した。

緊張して意志に関係なく持ち上がった右腕は、そうであることを、右腕をしょっちゅう目で確認したり触ったりすることで認識すると、脳は意識される身体の部位にへんなところがあれば修正してくれるものなのだろうか。

脳出血後、自分はとかくmustな思考だったと思う。
片麻痺であれば、移動するには念頭にあるのは転ばないようにしなければならない、現在であれば、話せないからこれから会う人に話すはずのことは予め文字にして置かなければならないなど。
この思考に感じるのは、どことなく規則にはまった融通性のなさではないかと思う。

脳出血後で残った障害がある身体での生活では、できることは制限されて、自分の思考も制約されていないか。

考えたり想像することは、そう言えば自由である。

現在のリハビリで、考え方を変えたら身体は軽くなったりしている。
リハビリの進展を左右するのは、ひょっとすると考え方の柔軟性もある気がしている。

股関節を意識しはじめると、足を地面につけるだけではなく、地面につける足首から先の格好もコントロールできるようになるのだろうか
リハビリでまず立位すると、青木さんは軽いとおっしゃった。

最近股関節に意識が向きかけているので、地面に足裏だけを意識してつけることはできないので、よい立位の傾向のようだ。

次に歩行を行い、一応両足は出せていたが、途中から左足の靴が脱げそうになり、歩行に集中できなくなった。

「なぜ歩行中に靴が脱げそうになるのか」

それは前々回のリハビリで三上さんが、高いところにあるものを取ろうとしている自分の足をイメージできるかとおっしゃったのを思い出した。
そのときは取ろうとしている手に意識が集中してしまいそうだと思ったが、自分のリハビリでは、足はまっすぐにつま先で立つことが正確にイメージできることだった。
今回のリハビリでは、まっすぐ下ろせない左足は、小指側の足の側面を地面につけて、くねっと曲がって足を下ろし、歩行時には、履いている靴は徐々に脱げてしまった。

座って鏡を見て、小指側の足の側面を地面につけないよう、親指側を地面につけられたので、その状態を覚えて歩行したら、靴は脱げず、左足はくねっと曲がらずまっすぐ下ろせてみたいだ。
でも左足の歩行に集中するあまりに(?)、右足は最後には不安定で地面についている気がしなくなってしまった。
 

以前から、麻痺の重い右腕はよく曲がると思っていた。
でもたまたま見たこのafterの写真は、当たり前のように右腕は曲がっていてまずい気がしている。(今年4月)
右腕の動きが現在のリハビリによくない影響があるかも。
右腕の曲がりは、当たり前ではない動きで、注意が必要だと思った。


before              after

 


 


 

先週のリハビリでの歩行は、今まではかなり安定していたものだったらしい。

今日も歩行練習で、右足の股関節がしっかりしないと、歩行にぐらつきを感じて前に進まなくなるのである。

先週はいつまでも歩けそうに感じたのは、歩行前に行ったマットでのリハビリの効果があったのではないかと思った。
右足の立膝は、股関節を意識するのが難しく、立たせようとしてもせいぜい一瞬だけだった。
先週は股関節を意識してその動きをコントロールできたせいだと思うが、右足の立膝は楽だったのだと思う。
これができるようになった後の歩行は、左足の股関節はわりと意識して動かせていたことを考えると、両足で股関節をコントロールできて歩行しやすい環境にあったのではないか。
 

リハビリ前夜はなぜか眠れず、朝方2時間寝て、朝食をとりリハビリを受けた。
眠れず朝方数時間寝た後は、大抵頭はすっきりしないまま1日が終わることが多かった。

ところがよくわからないが、この日は頭すっきりしすぎてるからか、麻痺の重い右足で立膝はいつもと違う頭の動きだった。 「むずかしいだろう」⇒「できるかも」と頭の転換が容易だった。 麻痺が重症だったりすると、本当の感覚がわかりにくく、今回も三上さんに「さがしましょう」と言われたのは、立膝の麻痺の重い右足のつま先がマットについている感覚だった。

最初は、マットについた右足の感覚はわからず、過敏症のような感覚が足首からあった。
三上さんが立膝を左右に動かし続けてくださるので、それと似た動きをマットについたつま先はあると思い、その動きを感じながら、頭の中でつま先を動かす映像みたいなものを思う。
マットについたつま先が、左右に重さを受けているらしいと感じはじめ、足首にあった感覚は消えて、右足のつま先はマットについた感覚があるとわかった。



リハビリから帰宅後

朝方2時間寝た状態でリハビリ後は3時間熟睡、夫に起こされ、ひどく喉がかわいてアイスティを飲んだら訪問入浴時間になった。  訪問入浴は、シャワー入浴と違い湯舟に漬かることができるので、私はいつも気持ちがよくぼーっとしていた。 でも3時間熟睡後の入浴は、眠くならなかった。 これは朝風呂という感じなのだろうかと思った。


リハビリ後のある変化

自分の身体の数か所で筋肉の動きがあったと感じたことがあった。
それに気づいたのは、リハビリを終えた後の夕食中で、私は口にたくさん食べ物を運んで噛むことができないのだが、口腔内にいつもの量の食事を運んでも口腔内にはスペースがあると感じたことだった。 そのときイメージしたのは、リスがほほいっぱいに食べ物を食べこむ姿だった。
 夕食は餃子だった。
 いつも餃子は半分切って食べていた。 まるごと1個の餃子は口に入るのだが、
 口の中を移動できず噛めずにいた。 試しにまるごと1個の餃子を口に入れると、
 難なく噛めていた。
歯磨でぶくぶくができない、訪問歯科でのリハビリで1度も頬をふくらませることができない、そして口に食べ物を保持できずにこぼれないようにいつも上を向いて食事をしている。
これらを解決するのは、頬の筋肉が動くことなのではと思った。


突然見えたやる気みたいなもの

この日のリハビリでは、立位と歩行練習があり、自分の足には骨太な感覚があって、倒れてもどうということはない気分だった。
歩行練習の足の振り出しは異様に遅いと感じた。



立って歩く筋肉を使う感覚を感じて、ほとんど動きのない頬の筋肉の存在は、身体全体の筋肉の動きとしてバランスが悪そうに感じた。
そう思ったのは、理科室で見かけた、ガイコツと気持ち悪い筋肉で覆われた人間の模型を思い出したこと。
ガイコツは、関節には空洞はありそうでも、筋肉は頭から足まで骨にからまるようにびっしりつながっていると記憶している。

頬と関係なさそうな足の筋肉をいつもより動かしたら、動かない頬の筋肉は、たまたまかもしれないが、つながりある筋肉は関係し合って、少し動いたのではないか。





今回リハビリを見学された男性がいらっしゃった。(沖縄ご出身)
お名前を伺うと、ホワイトボードに、すばやくきれいな字で書いてくださった。
笑顔が自然で、見学されている緊張感はまったくなかった・・・
リハビリにお手伝いいただき、どうもありがとうございました!
 

前回のリハビリで、確かに立膝は、今までちょっと緊張してやらないとわりと膝はまっすぐになってしまったが、今は気づくと立膝に本をのせて読んでいて変化を感じる。

でも関節間同士の位置関係のおかしさに気付けない。
特に私の右足は、極端に外向きで治したい。
車イスでは、股は大きく開いてしまうし、常に自分の足はガニ股だと思う。

気付くのは、それまでとは違うとか、違和感を感じること?

右足は重度の麻痺で、異変に気付いてくれるのかどうか。

正しい?位置関係にあるときの感覚をしっかり覚えたら、位置関係のおかしさに気付きやすくなるのかな。