先週は透析中に血圧が頻繫に下がり、リハビリに出かける直前にも下がり嘔吐して、リハビリはお休みせざるを得ませんでした。
透析は機械で体重をコントロールしていて、透析終了後はいつも同じ体重ですが、食事が増えても変わらず除水してしまいます。
そうなると、透析中に頻繫に血圧が下がったりして、食べすぎの原因が考えられたりします。
今回の私の体調がまさにそうで、普段透析前の体重は週末透析が2日ないときも1kg増程度だったのが、平日透析1日空いただけで1.5以上増の体重でおかしかったのです。
筋肉が増え除水を減らす=透析終了後の体重を増やす必要があるとわかりました。。。現在の血圧は落ち着いているようです。
今日は寝返りのようなリハビリでした。
肩の動きで、腕が動いているか背中が動いているかを感じたのですが、どうも肩の動き方で足が動く気がしました。麻痺の重い右側の足の方が顕著に感じました。
脳神経の先生であることで気にされてくださったのでしょうか。
今回の嘔吐があって意識はあったのか聞かれました。
私は嘔吐の原因は透析であると思っていたので大病なんてあり得なかったと思いました。
でも嘔吐はめずらしかったけど、いつからのことだろうと思いました。
記憶が確かなら1回目の脳出血で病院へ搬送されるときだ、と気づいてブルーになりました・・・
脳出血を2回経験しているっていうことは、脳に少しの異変が嘔吐に結びついたりするのか。
食欲はあるし考えすぎとは思うが、嘔吐のあとにすっきりしないのです。
感覚が弱すぎてまず気に掛けない感覚。
私は昔から心配性でもあるのでやっかいです。。。
座り直しがまた多くなった直接的な原因は最近の体調の悪さっぽい?
最近の食欲があることか体調が悪いと言えるかどうか。
毎日疲れていてやる気がないだけ。。。
今朝も座り直しが頻繫にあり、よく考えたら、座り直ししてもらった状態をキープする方法を自分はわかっていないし、いくら座り直ししていただいても、咀嚼は座っている状態を破壊している感覚がした。
う~ん。
咀嚼しても座り直しの必要がないときがあるのになんでだろう。
よくわからないが、今朝は自分の身体は骨や筋肉でできているはずなのに流動的感じたし、座るような支える仕組みがないと感じた。
コロナの検査が必要か透析で相談してみては?と訪問看護師さんに言われちょっと驚いた。
私は先週から透析ではドライウェイトがきつくなりだし。透析中に血圧が下がったり、除水は400g位やめたり、自宅で血圧が下がって嘔吐などあったせいか、今週はずっとつかれていると思っていた。
訪問看護師さんから熱がなくても陽性になることもあると伺い、透析の医師や透析スタッフに確認した内容は以下のようであった。
- コロナの倦怠感は普通のものより強いらしい
- 熱が37.5度が続き、咳が出るなどなければ様子をみる
- 上記症状があり、画像検査が必要あれば行い、感染センターを紹介し、検査になる
- 中国のデータで、透析患者は炎症を悪化させる物質が少なく重症化しにくい
最近お世話になっている、変更のあった新しいヘルパーさん。
もう8年以上お世話になっているヘルパーさん曰く、新しいヘルパーさんは、声が低いから聞こえるかもしれないと伺っていた。
確かに新しいヘルパーさんは、時々はっきり話されているように思っていた。
でも話されている内容はわからず、おそらく声の質が違うと感じていたようだった。
今日は、新しいヘルパーさんは、先週私が取材を受けて今日放送されると伝えていたことを話しはじめた。(実際番組タイトルは放送されるが、私は放送されるのは6月位に変更のようだ)
今から思うと、筆談せずに、話されてわかる内容とはちょっと考えにくいと思った。
可能性がありそうなのは、ヘルパーさんは、私が聞き取りできる声で、私が連想できる文に必要なキーワードのみ話してくれたのではないか。
今ま でいつもそうだったが、言葉を理解したとき、どんな言葉を聞いたのかを忘れ、わかった感覚だけが残るのが多いのは困ったことである。
今日はヘルパーさんの「大丈夫?」などという声をたくさん聴いた。
筆談ではない、音声ある生身の言葉である。
聴き続けて、音ある言葉が自分の心に染み渡るようだった。
最近胃が不調で腰痛もある。一種のストレスじゃないかと思う。
自分の場合、腎不全1つ考えると、食事のコントロールがある程度できていれば、体調は楽で、リハビリに集中できる。こどもの頃から制限食を経験したせいだろうか、食べる良し悪しは身体で勝手に判断している。
痛ければ泣くような出来損ないの人間の自分でも、食べられるものからチョイスして、それで満足できる味覚が出来上がっているのは、こどもの病気であったおかげで、食のストレスから解放されているところがある気がしている。
でも食にストレスがなくても。痛みや悩みがあると、リハビリにおける痛みに打ち勝てない自分がいるなと思った。
足裏は痛くて感じるのを勝手に避けようとしてしまう。
今行っているリハビリ療法は、痛みに似た不快感を、本当に自分は不快感を感じているのか、言わば自分の感覚に自問自答するみたいなことをおこなったことがある。
つまるところ、脳が脳出血で引き起こした痛みは麻痺の身体にいっぱいあり、ちょっとさわっただけで痛みに感じたりするが、その痛み方は尋常でない痛さだったりするので、明らかに脳は自分に間違った感覚を教えていると判断できるから、尋常でない痛み(不快感、電気っぽいしびれ、など)をよく感じて本来脳から伝わる感覚を探すことだと思うが。。。
リハビリ最後に、足裏のほぼおさまる長方形の絨毯をふんで、平均台に乗るイメージで立ち上がった。
それまで地面の感覚がうすかった麻痺の強い右足裏には、べっとり吸い付く感覚があった。
先週辺りから時々腰痛がある。
療養生活中の、4年前位にも腰痛は一時期あった。
その時はちょこちょこ腰痛はあって、偶然だが、寝相がいいと腰痛になるなんていう「ためしてガッテン」番組を観ていた。 妙に疲れた昨日
私は寝返りができないから、寝始めたときと朝目覚めたときの格好はほぼ同じになる。
とても寝相はいい。
でも腰など確実に圧迫している身体の部位はあってよくない。
私は夜中によく目が覚めてもぞもぞ身体を動かしている。
全身運動とも言われる寝返り。
最近座り直しが多く感じ、腰痛が気になりだした。
座り直しも全身運動なんだろうか?
よくわからないが、麻痺の身体に腰痛という痛みを感じている。
痛みはうれしくはないが、わからなった痛みがわかったの ならいいことなのでは?
脳が作った痛みを、痛くないように、身体の防御機能?か何かで、カモフラージュするためにも麻痺はあると思ったりする。
リハビリでは月1回診察がある。
いつも診察待ち時間に先生に伝えたいことをPCで打っている。
20200307
今日は考えてはいけない考え方でリハビリをしました。
特定の関節の動きは使っているけど、それだけを考えてはいけないというものです。
たぶんこの考え方は、複数の関節を同時に感じていたので動いていた時の足の記憶を思い出しているみたいでした。
今日は尖足の治療も加味していた気がしました。
足首先のリハビリでどこが地面についているかを答えました。
痛いこともあったのですが、つま先立ちしない感覚に戻すような動きが見えたリハビリでした。
診察後、夫が言うには、頭で考えているように、うまく体を動かせないから、リハビリを続けていきましょう、みたいな話だったそうです。
20200208
最近は立ち上がりは、ただ立つだけでなく、自分が動きたい方向に、付け根の動きを利用する難しいことを行っています。
単純に考えれば、歩き出す方向は、踏み出す足が決めると思うのですが、私は歩けないので、歩き出す方向の足にまず体重移動を行うのですね。 むずかしい・・・
でも足にうまく体重が乗れば、自分で足を動かしやすいのかな、という気もします。
20200110
あけましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願い致します。
年の初めのリハビリでしたが、今日は妙に中身が濃かった気がしました。
お尻と足の体重移動のタイミングで、これに膝の曲げが加わると立ててしまうというものでした。
でも寝たきりの私が聞いてもチンプンカンプンだったと思います。
リハビリで脳に考えさせていただいた蓄積があるから理解できることだと思っています。
201912
先月は、立つ歩くには、股関節を意識してコントロールできると足の動きが楽になるとわかりました。
今日は月初めで、気になることは?と聞かれ、寝返りをしたいと言ってしまいました・・・ベッドのサイドレールにつかまっても楽に寝返ることができないのはなぜだろうと思っていたんです。
<のんきに書いていたら診察で呼ばれ、ここから先は先生に読んでいただいておりません。。。 夫からは、シャントトラブルでオペの予定があるとお伝えしました。>
今日行った寝返りのリハビリで、腰やお尻を動かすのに足の動きが必要で、それにはまだ理解不足なのですが、足がつかないステージで座り腰やお尻を動かすイメージ?(因みに自分はブランコをイメージしようとしたができず・・・)することでできないかというお話しがありました。
寝返りには身体一部分をみていてはできず身体全体を考慮しなければならないそうです。
201910
8月から表情をつくるとか唇を意識で動かすリハビリも行っていました。先月報告し忘れておりました・・・
現在は、シャワー入浴で着替えるとき素足でヘルパーさんと立位すると立てない気がすると伝えたことから、素足でも立位ができるようにしていただき、靴を履いた立位がだいぶ楽になっています。
201909
ここでお世話になりはじめたのは、昨年9月でした。
それまで訪問リハビリを1年位続け、やる気が足りなかったのか?、あまり変化はみられませんでしたが、今は違って一番違うのは脳に何か働きかけていると感じます。
聞こえない耳が、一時的に聞こえたのはその証と思っていて、やっぱり自分が聞こえないのは、認知聴覚障害だと身をもって理解できたこはすごく意味ある経験でした。
一時的な聞こえは、自分が普通に聞こえていたときと同じでまた聞きたいのですが。。。
今のリハビリは自分の感覚を考えたり、自分の身体が動くとどう感じるか教えてくださるのでおもしろいです。
これからもよろしくお願いします。
今回おこなったリハビリでは、すごいことを教わったのではないかという気がしている。
現在自分は脳障害(脳出血)が原因で、リハビリを目指していると思っていた。
そのために、動かないところは、ここを動かしたり感じたり、「考えて」きた。
三上さんは、「関節のこと考えていない?」などとおっしゃり、
私は、「考えてはいけないのでしょうか?」と質問すると、
三上さんは、「それも1つ(の考え)」「動けた時を思い出して」などとおっしゃる。
思うに、三上さんは、ひとつの関節だけでなく、複数の関節を同時に動かす考え方が必要だとおっしゃっていて、それを可能にするのは、自分が動けていたときの、身体の感覚の記憶を思い出すことではないかと。
とはいっても、その記憶は、昨日の食事を思い出す記憶とは毛色の違う記憶である。
においや触れた感触などの記憶は、動きの感覚の記憶に近い(気がする)。
今回は足の裏の感覚を確認していて、イマイチ「わかった」をいえる状態ではなかった。
三上さんのお話を伺って、「股関節の感覚がする」「膝関節の感覚がする」という外野の声のボリュームを落とし、声のない、静かに感覚を感じると、最終的に残った感覚が自分の本当に感じるべき感覚だったようだが・・・
今回教わったリハビリでの考え方は、身体の動きのごく一部を考えても考えたことにはならないと思ったことだった。
筋肉は全部つながっているし、脳ともつながっている。
私は隔週で歯科衛生士さんから、3ケ月で1回歯科先生から、歯のケアを受けていた。
ケアなんて、ふつうほとんど痛みはないものだろう。
でも私はずっと痛かった。
自分の口の中の感覚は、2回目の脳出血後には舌のしびれがあった。
今それはなくなったが、相変わらず熱い食べ物飲み物はダメ(強烈な猫舌)である。
またクッキーはよく噛んで唾液と混ぜてドロドロにしないと飲みこめないのは、口の中に少しでも硬いものが入ってくると、完全な異物と判断されるように口内の粘膜を刺激してしまい、柔らかくないと食べ物とは思えなかった。
だから、ケアで用いる針のようのものでプラークや歯石をカリカリ除去したり、フロスで歯間の汚れを除去するのは痛い。
マヒのある私にしかない痛みだろうし仕方ないと思ってきた。
でも訪問歯科で、先生からだけケアを受けられないか相談してみたくなった。
ケアの回数がグーンと減ったら大分楽に感じられたからである。
先生は、
「じゃあまず1ヶ月歯科衛生士のケアをなくして、その後磨いた結果を見てみましょう。大丈夫?」
とおっしゃった。
内心、本当にちゃんと自分で不器用な左手で磨けるか少々自信がない。。。
不器用な手が突然器用に動くわけはないため、できるだけ食後に磨いてみようと思っている。
◆リハビリで習ったものは、日常では難しそうと思わずに工夫して使おうとすることが大事?
リハビリは日常生活で生かせていますか?という質問に「いえ・・・」と答えてしまった。
大反省である。
◆向かい合わせに置かれたイスで、一方に座っているイスからもう片方のイスに向かって立ち上がり、歩いて座る
歩いている時、右脚をどう感じていましたか?質問され、「歩いている左足によって(マヒの強い)右足は動かず引きずられていました・・・」と答えた。
三上さんはえ?っと不思議そうな顔して、私の左足を、マリオブラザーズ風にジャンプしてやって見せてくれた。
私の左足はそのように動いていないし、左足が歩けていたのは、右足が支えてくれただったのかと気づいた。
立ち上がり・歩くが多い最近のリハビリは、自宅で活用できないだろうと思っていた。
- ベッドから車イスへの移乗は、抱っこされることが多いが、まず日常最も移乗回数が多い夫にお願いして、地面に足をつけ、方向付け立ち上がり、
- 軸足である右脚を意識して、向かい合わせに置かれたイス

に座るため歩く - 慣れたら、シャワー入浴の着替えで、向かい合わせのイス(車イスとシャワーキャリー)でヘルパーさんにお願いしたい。
脳出血後、1回目と2回目とで、寝たきりでなかったのが寝たきりになる。
そのことひとつ取っても、自分は大分変わったのだろうと思う、
できないことが増えて、自分はいつも狭い空間にいて、狭い考え方で生きているのだろうか。
ある意味仕方のないことかもしれない。
でも狭い空間にいて、自分で逃げることができない状態にいると思った時、自分の中には今まで持ったことがない大きな覚悟みたいなものができてしまった気がした。
結果、今までの出来事は妙に小さく見えたり、もう一人の自分いて安心を感じるのか・・・。
寝たきりであるなしが、精神構造を変えたりするのだろうか。
