体調、気力はリハビリに影響しますね。
当たり前ですが、大腸検査を受ける5日前くらいから、生気を失いはじめたというか、とにかく眠り続けたくて、透析4時間はあっという間に終わりました。
その間は、車イスに乗る安心感は感じられず、フットレスト上の足裏の感覚はありませんでした。

今朝は退院3日目で体調が戻ったのか、もう足裏の感覚はあり、車イスに乗ることは怖くありませんでした。


単に大腸検査を受けると食事はいつも以上に制限されるので、やる気もなくなるからよく寝た気はします。

ただ今回の検査前の異常な眠気その後足裏のはやい感覚回復、昨年検査後具合が悪くなって丸1日熟睡その後一時的にあった聞こえ。
TVから入った言葉を耳で聞いた(2019.6)
聞こえることを感じることと思ったとき、昨年と今年は似たような現象が起きた気がしたんです。
眠りによる感覚の回復。

どうして自分はブログで「座り直し」のことをよく書いてしまうのかな?
ふつう、「座り直し」と聞いて「へ?」となるし、一旦座ったのに座り直すってどういうことかと思われる気がしました。

でも私の場合、2回目の脳出血で車イスに座ることができなくなったんです。(一旦座ってもずりお落ちてしまう)
車イスに座っていたものの、自分を車イスに乗せることは大変なことだったんです。
寝たきりで座る格好ができない患者だったので、ゴムベルトや、クッションを挟んだりして、車イスに固定されていた私。
ゴムベルトがゆるいと、私の身体はその太もも付近にあるベルトをすり抜けて、たったの1回ですが、座面ではなくフットレストに座ってしまったことがあります。
これが自分が経験した車イスからのずり落ちです。

怖かった記憶はないのですが、介護者が、患者をフットレストから座面へ持ち上げるわけですからやっかいです。
私はリハビリを受けたおかけで、現在ゴムベルトやクッションがなくても車イスに乗っています。 
でも車イスから落ちそうで座り直しを介護者にお願いする、今の状態がずっとあって、これを何とかしてなくしたいと思ってきたのです。
 

「座り直ししましょうか」
久々にヘルパーさんが、朝食中に座り直ししてくれたんです。

確かに足はしょっちゅうフットレストから落ちてるし、傍から見たら寝そべっているようにみえたのかしら。
座り直しが必要なときは、危機的で車イスから落ちそうで、そもそも食事ができる状態じゃないんです。

「怖い感じがしないのに座り直しをしてもらった」

私は座り直しをしてもらわなかったら車イスから落ちたの?
あり得ない気がする。。。

自分自身の車イスに乗っている感じが変わったような気がする。

今まで車イスに乗ることは、どこなくびくびくしていたと思ったのです。
 

ちょっとわからなくなってきた。

朝食中にヘルパーさんによる座り直しはなくなっている。
これは大変いいことなのなが、尖足がフットレストにつく感覚が全くない。
今まで尖足がフットレストにつく感覚がなかったら、のけぞってしまい、全身硬直し、座るというより車イスにいて寝ようという格好になったために座り直しが必要だった。
そういう状態は今までなく、不安で、左の尖足をフットレストにつけたいし、右足は放散反応風にフットレストにつこうとはしていない。

左右の足に感情あるなし。
この状態、両足は歩こうとしてませんよね。
それ以前に寝たきりであるわけだが・・・
寝たきりで立って歩こうとしたら、足に感情を持たせる?
 

今日は、朝食前に車イスに座るとすぐにもぞもぞし出し、本来座り直しが必要に思えた。

尖足くん 「ぎゃ~、いやだ~」
私 「え˝?」

これから朝食を始めようというときに、尖足がじっとせず暴れ出した。

放散反応で足がまっすぐ前に出るのはまずい。
とにかく、膝をまげて、足をまっすぐにさせないようにした。

足が落ち着きはじめ、膝を曲げるだけで、座り直しは必要だったのか、違う気もすると思った。

顔を上に向けると、いつも座り直しになっていた。
今は身体は何を感じているのか、顔を上に向け咀嚼体勢で感じた。
非常に弱い感覚(恐らく体調が悪かったりしたら消えてしまいそうな感覚)で、尖足の足裏がフットレストについていた。
この感覚があると、フットレスト上で尖足が滑り落ちる瞬間がわかって、フットレストに足を置き直そうとすることができたのかもしれない。

今回も透析に出かける前の朝食時の座り直しは、出かける前の確認の意味のような1回だった。
でも朝食を味わった気はせず、疲れた。

今朝は1回、ヘルパーさんは座り直しをしてくれた。
座り直しは必要はなさそうだったが、出かける前に確認の意味で座り直しをしてくれたみたいだ。

今朝は座り直しがいらない朝食だった。
こんなことは今まで何度もあり、驚くことではない。
座り直しがいらない朝食とは、いつも朝食を終えてだいぶ経って気付くだけだった。
今日の場合は、朝食途中で「あれ、楽に座ってるな」と思ったのだ。
「でも前てよ。いつも無意識に上手く座り。気付いたらいきなり座り直しが始まるのか。」

やはり。
フットレストの上の足が滑り墜ち出した。

座りは良さそうなのに座り直しが必要になるなんて、勿体ない。
滑る足に気をかけながら、足が滑ったらフットレストの上に置く、を繰り返し、朝食をした。

滑る足に気をかけながら朝食をするのは、今までもできて、座り直しは必要なかったのでは、と思いたくなる。
でもそれができなかったのは、今回座り良さを感じていたか否かではないかと感じる。

手前味噌っぽいが、前回ブログに描いた、感じたくない尖足を毎日感じた。
やっていたのは、フットレストから滑って墜ちる左足を、しつこくフットレストに置く、だけである。


痛いような、不快感の感覚を感じて、本当の感覚を探して、とリハビリで言われたことがあった。
それを真似したリハビリだと思っている。
でもこのリハビリで今回の感覚の変化があった気がしても、しばらく続けないと、本当にそうとは言えないし。

尖足の感覚を感じたくはないのだが、フットレストから落ちる尖足の感覚を感じないと、このリハビリはできないし。
自分の尖足への歩み寄りがいるのかな。

 

PAPER BLOG ・・・ヘルパーさんに読んでいただいているもの。(ものすごく不定期である)プリントアウトして、チラシのようにテーブルに置き、ヘルパーさんがお手すきの時に読んで頂こうとしたが、私がのそのそと遅い食事のときなどは、ヘルパーさんはすぐ仕事を終えてしまうので、ブログを読み終えて、感想を書いて読ませてくださるときもあるのである。。。


Vol.52  「座り直しが必要な訳」

「座り直しがいらないことがあるのになぜなんでしょうかね」
最近座り直しが多くて、ヘルパーさんが疑問に思ったことでした。
私もそういえばそうだな、と思いました。
座り直しが必要なときとないとき、理由があるはずのに、ちゃんと考えてこなかったなと思いました。 座り直しの必要ないときが時々あるのは、恐らく身体のバランスがたまたまよかった気がするんですが・・・

当然ですが、座り直しが必要なときは、仰向けに近い状態になって、もはや座っていられないときで、姿勢も崩れています。
私のように寝たきりで、寝ている状態から上体を起こせないとき、頭を上げてベッド上で食事をすると、決まって身体は滑って仰向けに近い状態になるんです。 車イスで食事をするときとよく似ています。
私は噛んだり飲みこむときには、上を向かないとできないんです。。。非常に困っていることなんですが・・・現状、口に食べ物を入れて、口から出さない方法見つかっていません。

ベッド上でも車イス上でも、上を向いてしまうと、姿勢は仰向けに近くなり、座った体勢は難しくなるようなんです。
今考えているのは、座る姿勢に、足に参加してもらえないかということなんですが、無理でしょうかねえ。
ベッド上なら足裏をつける箱のようなものを置く、車イス上なら足裏をフットレストに置く、ことなんですが・・・
車イス上の方法、自分で言っておきながら難しそうです。。。
でももしこれができたら、尖足を使ってフットレストを感じることになって、感じることができればその場所を動かない尖足のおかげで、食事で上を向いても、仰向けにしづらくなるのではないかと。

うまく行くかまったくわからないのですが、座るには、お尻付近の意識に加えて、足裏がどこかにくっついている感覚があったら、身体のバランス的にどうだろうと思っているので、やってみます!
 

最近の座り直しはかなりひどい。
車イスは、座るためのものなのに、一生懸命身体は横になろうとしているのか、足は棒のようにまっすぐに伸びて、車イスから落ちそうで少々こわいと感じることもある。

こんなことはいままでしょっちゅうあり、
「リハビリで教わったことを身体は忘れてこうなったのだろう」
「身体が疲れていてこうなったのだろう(シャワー入浴のヘルパーさんも立位をしてくださるときに感じることが結構多い)」
などと思ってきた。

片麻痺のとき、「これっ認知神経リハビリテーションっぽい?」と思い続けていたことがあった。
全身の感覚がシャッフルされてしまうような、今までできたことがさっぱりできなって落ち込む。
でも気がつくと、「感覚シャッフル」が起こる前に戻るか、身体が前より楽だったりした。
自分の座り直しの治療、紆余曲折しているのかな。

今は通院リハビリはお休みで、訪問看護師さんが排便対応後にあまった数分で診てくれた「感覚重視リハビリ」(計10回)は終了している。 「感覚重視リハビリ」は思いのほかおもしろくて、レポートは毎回書いた。

座り直しはひどいが、その原因はわからなくても、自分の感覚を感じて考えたい。

自分にずっと感じている、痛くないけど、固定させて動くのを拒む、好きになれない尖足の感覚。
「感覚重視リハビリ」の最中に、左の尖足が、ものすごく大きな感覚を出した。
痛みじゃない、単に尖足の場所を強調しただけの感覚?
思ったのは、尖足の発したこんなにわかりやすい感覚があって、他にもありそう?、だった。

この一週間、食欲は落ちマイナス思考が先行してまずいと思っていた。
月曜日。
透析でPCを使うためベッドで座ろうとしたら、ぐにゃっと自分の上半身の姿勢は激しく崩れた。
何度治そうとしても同じで、よく考えたら自分の姿勢がどう変なのかまるでわかっていない。
だからどう直してほしいか、透析スタッフの方にお願いできない。
結局、透析4時間寝てテレビを観たり、字幕のあるテレビで助かりました。

水曜日。
透析中に血圧は170台になり、除水を200g増やした。自覚症状なし。
これは以前似たことがあった気も・・・自宅では血圧は正常で透析中に上がる血圧。

木曜日。
シャワー入浴中に、月曜日そっくりな姿勢の崩れを感じた。
でも鏡で上半身の格好を見て直せたようだ。
自分は重度の右片麻痺だったし、頭では右半身に崩れやすさを感じていた。
透析中にPC使用しているときに姿勢が崩れていると気付くのは決まって右であった。
でも鏡の中の自分は、左に崩れた自分でびっくりした。
そして今の透析中にPCを使っている自分。
右に1度も姿勢は崩れていない。まぐれ?
でも右足は妙に重く、右の腰はストッパーのように上半身を支えているように感じなくもない。

リハビリ後の感覚みたいである。
身体の異変について書こうとしていたら、自分がリハビリされていたみたい。
不思議である。

自分で行えるリハビリは、やはり医療従事者に手伝っていただけるものとは随分違うと思った。
現在、新型コロナウイルスの影響で、通販リハビリが中止になり、訪問看護師さんはいつもおしゃべりしていた時間をリハビリをしてくれたり、リハビリ後の質問に答えてくださる。
時計をみていなかったが、リハビリの時間は5~10分間だろうか。
とても有意義な時間だと思っている。

リハビリ後、レポートを書く。
やっぱりリハビリをやっていただいたことで、やらなかったら起きなかった感覚は確実にある。
だからそのことは自分で持っているだけではもったいない気がして、書きたくなる。
先週のリハビリでは、予想外の感覚が起きていた。

いつものリハビリ
足の動かす順番
①  左つま先→足首
②  左 ひざ→股関節
③  右つま先→足首
④  右 ひざ→股関節



20200528 Yuko Nakashima

動かされた足を一緒に感じることで、自分の有り得ない足が頭にみえた


■私の頭、前回のリハビリからちょっと混乱しているようです

「いつもとつま先・足首は左から右へ動かされるのに・・・。左つま先→右足首→左足首→右足首?!」
リハビリ後に三浦さんに確認したが、「いつもと同じよ」。
そうだよなあ、自分でもおかしいと感じるのに、足首から先の感覚は、めちゃくちゃな感覚でした。。。

ひざの曲げ伸ばし。
足を持ち上げられると、足はパンパンに腫れていました。
この腫れた足、どう考えても曲がらないだろうな・・・
思わず自分の目で自分の足を見ました。
腫れてはいなかったのですが、感覚的に風船のような自分の足が曲がっていました。




補足;今回の私が不思議に思えるリハビリの結果

この現象は、恐らく以前にリハビリ療法士さんから伺った説明か、認知神経リハビリテーションに関する「脳のなかの身体」という本でいわれていることかもしれないと思いました。

目で確認しなくても、目を閉じて自分の指が「ここにある」、と脳では詳細にわかっているものである。

でも両麻痺の私の頭では、目を閉じると、消える自分の身体の部分が多いんです。
左手は、ある程度感覚も動きもあります。
でも右手は感覚も動きはほんのわずかで、目を閉じると、右手は消えてしまいます。
2回目の脳出血で入院中は、両足は全く動かなくて、股関節から先が消えていました。
退院後に、中里さんのリハビリをはじめてから両足は動き出して、そのとき確認しているわけではないのですが、現在は両足が股関節から先が消えてはいません。
自分の頭に見える足首から先とかひざを曲げる感覚は、私の感覚としては尋常じゃないんです。

でも頭に見える自分の足が病的なものであるらしいと感じさせるとは・・・
訪問看護師さんのリハビリって、タダモノじゃない気がします。。。