朝から下の息子(高3)の模試のため学校まで送ったのでその足でこの映画を見てきました。

上映中にずっと小さな音でガイダンスみたいなのがどこかで聞こえていたのが気になったんで今調べてみたら

「UDCast」

という音声・字幕ガイドというものがこの映画から導入されたと記事にあります。

でもスクリーンの変化は起きないです。

個人がアプリをダウンロードしてアプリで字幕を見たり、音声ガイドを聞くようです。

音声ガイドは当然必要ない人には聞こえてほしくないわけで、使うならイヤホンを使えということなんでしょうけどその人そのまんま流してたんだと思います。

私一番後ろの席だったんですが、駄々洩れ状態で気が散るわ!

字幕に関してはスマホが明るくなるから周りが迷惑するんだろうなぁ…って。

目の高さまで持っていって映画のスクリーンと一緒に見るのって辛くない?

あってもいいんだけど、迷惑にならない程度にして欲しいです。


映画の方ですが、

非常に全体的に重たいテーマが多いんですね、この監督さん。

シナリオから全部自分で作っているものがほとんどなんですね。(知らんかった)

だからなのか視点を変えてテーマを変えても結局似たような感じになってる気がしました。


登場人物は少ないんですけど、

登場人物それぞれの背景みたいなものを作りこんでしまっているので長くなってくるとそれぞれの人物の境遇とか立場がどんどん入ってきてごちゃごちゃしてきて、結局被告はどういう人間だったのかわかんなくなってしまいました。

裁判が終わって法廷を出る前に被告人が主人公の重盛の手をとって

「ありがとうございました。」って言うんですけど

何に対して感謝しているのかが私にはよくわかりませんでした。

判決に満足したってこと?

自分が罪人として消えることができることが嬉しいってこと?

ストーリーとしては主人公の重盛という弁護士が別の弁護士が担当していた裁判の被告人の供述が二転三転することで手に負えなくなりヘルプに入ったものの、被告人の供述とその事件の背景の深さに翻弄されて真相がよくわからないまましかるべき処置で裁判終了だけどこんなんでいいの?って主人公がもやってするお話。

実は…
実は…
っていう色んな人物の事実や関係が明確になってくると被告人が嘘の上塗りしてるのは見ていてはっきり読み取れるんですけど、嘘をつく理由だけがはっきりわからなくてずっと困惑して見てました。最初サイコパスみたいな人間なのかと思ったんですけど、彼のエピソードで人間らしさを感じるところもあってやっぱちょっと違うかなって…。
エキセントリックな感じもなかったしなぁ。

きっと演者もこの作品はとても難しかったと思います、どの役もね。

見る人によって何が一番印象に残るかが違う難しい作品だと思います。

こういうのを道徳で流して学校で論議したら面白いんじゃない?

何を論点にするのかなぁ?