今週が最終回のドラマがほとんどでしたが、翔クン主演の「家族ゲーム」も水曜日で最終回でしたね。
最終回は視聴率がとてもよかったようで、反響も大きかったようです。
皆さん家族や自分に対して考えさせられる部分があったんでしょうね。
原作は本間洋平さんという方の小説のようで、すでにドラマや映画化もされているようですが、私はこの作品を知りませんでした。
なのでどんな展開になるのか全くわからないまま、見てたんですが途中まで翔クン演じる吉本荒野という家庭教師が善人なのか悪人なのかそれが気になって仕方なかったです。
家族を崩壊させたいのか?
それとも家族を助けてやりたいのか?
どちらにもとれる不可解な行動に「結局どうしたいの?」という疑問ばかりが湧いてきました。
元教え子の命を救ってやれなかったことや、学校の教師に限界を感じて家庭教師という立場で家族を更生させて同じような人間を作らないようにしようとする意図はわかりましたが、それにしてもちょっとやり方がめちゃくちゃですね。
まぁそこは小説だから・・・なんでもありだけどね。
現実こんな家庭教師は存在しないでしょうなw
だってめんどくさいもんw
ここまでやって恨まれちゃったらさw
でもリアリティがあって引き込まれていたのも事実です。
学校でのいじめ問題、家庭を顧みない夫の存在、親の期待に応えようと頑張る息子、逆にそんな兄の存在に対して劣等感を抱く弟、一見幸せそうに見えて実は幸せを感じてない母親。
意外とこれがありふれた家庭なのかもしれないな とも感じました。
案外平凡で幸せそうな家庭は全員「演者」なのかもしれませんね。
ドラマの中では「絆」とか「再生」という言葉が使われていましたが、これって平凡で問題がない家庭には使わない言葉なんですよね。
絆を深めるタイミングは、ピンチになったとき。
でもドラマのように家族が崩壊寸前で立ち止まり、ちゃんと人が変われて絆が生まれる確証はありません。
たやすいことではないですよね、お互いを理解するって…。
一度「リセット」、プライドも体裁も捨てて、本音で話せる?
ドラマの中では
「人に流されて、考えることを放棄してはいないか?」
学校の教育や現代社会のあり方について説明しだした家庭教師が途中でこんな言葉を吐いてました。
確かに学校教育や今の社会に流されてます、考えることを放棄して流された方が楽な生き方できるから。
でも家族という存在が自分の支えであり、家庭が自分が自分でいられる場所であれば、問題はない気がするのですがどうでしょう?
流されることも私はひとつの生きる手段だと思ってます、でもそれは自分で考えた上での行動でなければやはり自分を見失い、家族も見失うかもしれませんね。
偉そうに語りましたが、家族ってひとりでどうこうできるもんじゃないし、正解がないから難しいですね。
とても考えさせられるドラマでした。