ドイツのリープフラウミルヒLiebfraumilchについては、ソムリエ協会2008年度版教本244頁に説明されています。これはQbAにしか適用されないと講義で説明してきましたが、ある受講生から、ファルケンベルクValckenbergのMADONNA Kabinettを最近飲んだが、ラベルに小さくLiebfraumilchと書かれてあったと発言がありました。
このKabinettラベルを確かめたところ、ラベルの上の方に小さく”Oldest, Historical Producer of Liebfraumilch”(リープフラウミルヒの最も古い歴史的な生産者)と書かれてありますが、これでこのKabinettがLiebfraumilchと呼ばれるということにはなりません。ちなみに、MADONNA QbAのラベルには、はっきり大きくLiebfraumilchと書かれています。
規則も変わることがありますので、念のためValckenbergに直接メールで聞いたところ、社長のヴィルヘルム・シュタイフェンザントWilhelm Steifensand氏から折り返し大変親切な下記のような回答をもらい、結論は、LiebfraumilchはQbAにしか使えないというものでした。
Rheinhessenの南東の端にヴォルムスWormsというローマ時代からぶどう畑が存在し、その後宗教的にも交易的にも有名な町があります。この町に中世後期からLiebfrauenkirche(聖母教会)がありその畑から造られるワインが有名でした。
フランス革命後のフランス政府が1789年にライン川左岸を占領して、1808年にこの聖母教会のぶどう畑も含めカトリック教会の所有物を没収して競売にかけました。1786年オランダから移住してワイン商を営んでいたPeter Josef Valckenberg氏がこの聖母教会の大部分の畑を購入し、ワインの販売輸出に注力し、1900年頃にはロンドンでシャトー・マルゴーと同値で売られるほど人気がありました。
1808年から1909年にかけてLiebfraumilchワインの名前が有名になり、他の多くのワイン生産者がこの名前を便乗して使い出しました。これらの生産者のワインと、オリジナルのValckenbergのLiebfraumilchを区別するために、Valckenbergは1908年にMADONNAというブランド名を付けました。これがドイツでワインにブランド名がつけられた最初です。Madonnaとは、Valckenbergが畑を競売で購入した後にそれまで行方不明になっていた聖母像(Madonna)を見つけたことから名づけたものです。
1971年ドイツワイン法で、LiebfraumilchはRheinhessen、Nahe、Pfalz、Rheingauでも生産可能となりましたが、オリジナルの畑は、Wormser Liebfrauenstift Kirchenstuckと名づけられました。この法律で、果汁中の糖分量が規定されLiebfraumilchはQbAに限られ Kabinettなどには不可能になりました。
第一次大戦後、ValckenbergはKabinett、Spätlese、AusleseなどにもMADONNAというブランド名をつけることに決めましたが、LiebfraumilchはMADONNA QbAのみで、MADONNAのPrädikatクラスには使うことができません。