―1979年・1980年のピノノワール・ブラインドテイスティング結果―
ピノ・ノワールのブラインドテイスティングが2回行われ、1979年にゴー・ミヨ誌がパリで、1980年にジョセフ・ドルーアンがボーヌで主催しています。
2月8日付け「ワシントン&オレゴンワイン」でちょっと触れていますが、「オレゴンのジ・アイリー・ヴィンヤーズThe Eyrie Vineyardsのピノ・ノワールがこのブラインドテイスティングで2位になったのがきっかけでオレゴンのピノ・ノワールが世界の注目を浴びるようになり、さらにドルーアンがオレゴンに進出した。」などという話が色々な本やウェブサイトで書かれていますが、それらの内容の食い違いがあります。
例えば、
(1)ある教本には、「1979年のテイスティングでEyrie Vineyadsのピノ・ノワール1975が2位になってオレゴン州が世界的に認められるようになった」とあり、
(2)ある雑誌に載った著名な人の記事では、「1979年テイスティングでは、ドルーアンのワインがトップ、オレゴンのピノ・ノワールが3位になった。1980年テイスティングでは、ドルーアン・シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ1961が1位、オレゴンのピ・ノワールが2位になった。」とあります。
(3)あるEyrie Vineyardsの記述では、「同社のワインは、1979年テイスティングでベスト10に入り、1980年の時は2位に入った」と説明されています。
(4)また、あるサイトでは、「Eyrie Vineyardsは1979年1位、1980年2位になった。1980年にドルーアンはシャンボール・ミュジニが1位になった。」といった具合です。
そこで、真実を調べるべく、ドルーアン・オレゴン、アイリー・ヴィンヤーズに直接メールしましたがno replyですので、フランスのドルーアンの日本で会ったことのあるロベール・ドルーアン氏に直接メールしたところ大変親切な回答をもらい真実がはっきりしました。同氏は、1980年にテイスティングをアレンジし、この結果でオレゴンにドルーアン進出を決めた人です。
即ち、1979年ではEyrie Vineyardsのピノ・ノワール1975が10位でした。1位はオーストラリアのTyrrell’sピノ・ノワール1976で、ドルーアンは入っていません。
1980年では、ドルーアンのシャンボール・ミュジニ1969が1位、Eyrie Vineyards1975が2位でした。
何故、これだけのことが色々違った話になるのか不思議な気がします。
このテイスティング結果の順位表は、後日トピックスに掲載しますのでご覧下さい。